第25話 キメラ対キメラ(前編)

「うおっ…!?」


 地の底から響くような轟音に、テシェズは布団を跳ね退ける。青年は起き上がろうとしたが、揺れと眩暈のせいでその場に手をついた。


「ジッとしてて」とセルニチカ。揺れが収まると、少女は再び鍋を火にかけた。


「い、今の揺れは?」

「よくある事よ。街にいても、揺れを感じるでしょ?」


「地上じゃここまで激しくないよ。逃げなくて平気なの?」

「そうしたくても、コイツが嫌がるから無理よ」


 セルニチカはそう言いながら、ザサリナに向かって顎を突き出す。肝心のザサリナは椀を両手で持ち、朝食が出来るのを黙って待っていた。


「あの、体調はどうですか?」というルムーケの言葉に、「ちょっと気怠いけど、大分良くなったよ」とテシェズ。


「無理しないで、アンタだけ引き返してもいいのよ」とセルニチカ。


「お気遣いどうも。でも、もしまた幽霊共が出て来た時、俺なしで先に進めるの?」

「それは…」


「俺の身体なら大丈夫、貰ったお代分は働けるよ。魔物の類はダメだけど、幽霊なら任せてくれ」


「魔物なら、全部アタシが倒すから」と鍋から視線を離さずにザサリナ。言葉と同時に、「ぐう」とお腹が鳴った。


「ふざけるな、魔物は全部私が倒す」とフレジラ。こちらも同様に、言葉と一緒に「ぐう」とお腹が鳴る。


「アタシには最強の斧、シュシュバッバがあるんだよ(ぐう)」

「だから何だ。魔物を殺すのに、武器なんて必要ない(ぐう)」


「だったら、どっちがより沢山の魔物を倒せるか勝負しよう(ぐう)」

「良いだろう、私の力に慄くがいい(ぐう)」


「アンタ達、さっきからうるさいのよ!」とセルニチカ。


   ◇


 闇へと続く緩やかな坂を、パーティは下り続けた。


 あれ以来幽霊は一度も襲って来ないが、辺りは常に肌寒く、ジメジメとした空気の中に埃の臭いが漂っていた。


 ルムーケの語った戦闘の名残なのか、至る所で壁が崩れ、何かの飛沫がドス黒いシミを形作っていた。


 時折壁の隙間から食人植物の蔦が伸びて来て、闇の奥からは魔トカゲの群れが現れた。魔物達が姿を現すと、ザサリナとフレジラは素早く始末にかかった。


 ザサリナは食人植物の蔦をワザと片腕に絡ませると、斧でそれを切り落とし、距離を縮めて相手の本体を細切れにした。


 フレジラは天井に張り付く魔トカゲの酸攻撃を避けると、凄まじいジャンプ力で相手を蹴り落とし、猫のような鋭い八重歯でトドメを刺した。


「素敵なお姉さん方に、失礼な物言いだとは思うけど」パーティの後方にいたテシェズは、呆れたように言った。「化け物だね、アンタら」


 ザサリナとフレジラが中、「私は違うわよ!」とセルニチカは声を荒らげる。「他はそうかもだけど、私だけは可憐でマトモな少女だから」


(えっ、私は…?)ルムーケは思う。


 テシェズが驚くのも無理ないほど、パーティは順調に第3層を進んだ。


 ザサリナの斧は容易に魔物を切り裂き、フレジラの聴覚と嗅覚はあっさりと罠を見破った。気づいた時には、すでに第3層も終盤に差し掛かっていた。


「私達、ちょっと凄くない…?」小休止中に水を飲みながら、セルニチカは言った。「第3層まで潜れたら、中級パーティぐらいは名乗っても良いのよね?」


「それどころか…」とルムーケ。「第3層をスムーズに探索出来るなら、もう上澄みと言っても良いかもしれません」


「そうよね! やっぱり私達──」そこまで言って、セルニチカは急に顔を曇らせる。「ダメダメ。いつもこんな風に調子に乗って、良い所で引き返すんだから…」


「でも、今回はかなり良い」とザサリナ。「フレジラとテシェズもいるし、もっともっと先へ進めるかもしれない」


「当たり前だ」とフレジラ。「私がいれば百人力だ。ダンジョンのボスだって、私が仕留めてみせる」


(良いね、若いっていうのは)息巻く少女達を眺めながら、テシェズは思う。


   ◇


 しばらくして、パーティは緩やかな坂の終端に行き着いた。


 そこは円形の広い空間で、壁際には柱と彫像が等間隔で並び、舞台のように迫り上がった中央部分の奥には、巨大な扉が控えていた。


「あの扉の先が、第4層だそうです」手帳を見ながら、ルムーケは言った。「ここはかつて、異教徒達の崇める祭壇だったとか」


「祭壇なら、第2層にもあったじゃない」とセルニチカ。


「神殿を拡張して要塞化する際に、ここへ新たに作ったそうです。天井に頭をつける巨大な像で、細部には宝石が散りばめられ、肌は黄金色に輝いていたとか」


「像…」とセルニチカは眉を顰める。「まさか、またゴーレム…?」


「でも、残骸も何もない」とザサリナ。


「帝国軍の連中が、1つ残らず持ち去ったからね」高い天井を見上げながら、テシェズは言った。


「この街のダンジョンの歴史なら、俺も少しは知ってる。異教徒達はこの先の第4層に、最後の防衛線を敷いた。帝国軍は連中の士気を挫くため、ここにあった神像を細切れにし、それを異教徒達に見せつけた。


 それに対して、異教徒達の指導者は言ったそうだ。『邪教の信徒達よ、呪われろ。いつの日かお前達の足元が震えて落ち、その全てを飲み尽くすだろう』って。でも結局、地面に飲み込まれたのは自分達の方だった」


「それで、神像の欠片はどうなったの?」とザサリナ。


「さあね。今頃は皇帝陛下様の浴室のタイルか、便器にでもなってるんじゃない?」


「ちょうど良いし、今日はここで休みましょ」セルニチカはそう言いながら、重量のあるリュックを下ろす。


 他のメンバーも荷物を下ろし始めた時、突如としてフレジラが背後の壁を振り返った。


 獣人の少女は耳をピンと立て、瞬きせずに壁の一点を見つめる。「えっ、何…?」とセルニチカが呟いた後で、今度はザサリナが言った。


「何か来る」


 直後、部屋全体を大きな揺れが襲った。「うわっ! また地震!?」とテシェズは地面に手をつく。


「いや、コレは…」とルムーケ。「地面ではなく、壁の向こうが揺れているような感じがします。何か、ハンマーのようなもので叩かれているような…」


「そうだ、壁の中を通って来ている」と耳を逆立てながらフレジラ。


 瞬く間に震動と轟音が大きくなり、根のような亀裂が壁に走る。勢いよく内側から壁が弾け飛び、揺れの正体が姿を現した。


「何、アレ…?」とザサリナは呟く。


 ザサリナが最初に見たのはモグラのような足で、ルムーケが最初に見たのはイノシシのような牙だった。


 ルムーケは蛇のようなマダラ模様の尻尾に気を取られ、テシェズはカラスのような黒い翼に見惚れていた。


「キメラか」ただ1人、冷静に魔物の全身を観察していたフレジラは言った。「奇遇だな、私もだ」


 礼拝堂の尖塔よりも背が高そうな怪物は、黒々とした翼を広げると、パーティに向かって飛び掛かった。


 少女達が慌てて避ける中、呆然と口を開けていたテシェズは逃げるのが遅れた。青年がハッとした時、怪物はもう目前だった。


(あっ、死んだかな)


 そう思った瞬間、テシェズは強い衝撃を受けて横に吹き飛ばされた。気づいた時には地面へ横になり、上にはフレジラが覆い被さっていた。


「あ、ありがとう…」と青年は呟く。


 遠くからは魔物の奇怪な鳴き声、ザサリナの斧が地面を叩く音、ダンジョン全体を震わすようなセルニチカの悲鳴とが聞こえて来た。


「えっと、どいてくれる? お姉さん達を助けに行かないと」

「お前に何が出来る」


「酷い言いようだな。俺にだって、囮になるくらいの事は出来るよ」

「ダメだ、どこへも行かせない」


「えっ、なんで…?」


「震えろ、厚顔無恥の異教徒め」フレジラはそう言いながら、鼻先を相手の顔へと近づける。


「神の忠実な僕たる聖職者を殺した罪の重さ、その身で思い知るが良い」

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