第22話 キメラ獣人(前編)

「えっ、獣人?」


 ルムーケはザサリナの言葉に振り返ると、相手の視線の先を恐る恐る追った。薄汚れた壁にもたれて座る少女の頭には、確かに猫のような耳が生えていた。


 ルムーケは息を呑む。よく見れば猫の耳の他に、山羊のような角も頭から生えている。(ただの獣人じゃない、キメラ獣人…!)


 泣き喚くセルニチカを傍に置いて、ルムーケはザサリナに耳打ちをした。


「ザサリナさん、キメラ獣人です。どうしてこんな所にいるのか分かりませんが、関わるのは危険です。今すぐここを離れましょう」


「キメラ獣人」ザサリナはそう呟きながら、目を丸くした。確かに大きな耳と角は生えているが、それ以外は普通の人間のように見えた。


「おい」と低い声で獣人は言った。「腹が減って動けない、何か食べる物はないか?」


「食べる物?」ザサリナはセルニチカのリュックへと視線を滑らせる。「干し肉と干し野菜、パンしかないけど良い?」


「美味そう」

「セルニチカ、リュックを降ろしてもいい?」


「わっ、私のリュックをどうするつもりよ…」とセルニチカ。


「そこの子にご飯をあげようと思って」


「そこの子…?」セルニチカは泣き腫らした目で、ザサリナとルムーケの視線の先を追った。


「じゅ、獣人!? な、なんでこんな所に? ていうか、まだ生き残りがいたの?」

「ただの獣人じゃなくて、キメラ獣人だって」


「キ、キメラ獣人!? 異教徒達が教団に抵抗する為に、人工的に作り上げた獣人の事!?」

「知らなかった。強そうだね」


 セルニチカは杖を両手で持つと、いつでも魔法が撃てるよう身構えた。


「そんなヤツに私達の食糧を渡す気なの!?」

「だって、お腹が空いてるって」


「絶っっっ対に嫌よ! 私達の食糧なのよ!?」

「お金には困ってないし、また買い揃えばいい」


「キメラ獣人を助けたことが教団にバレたら、私達消されるのよ! 信仰審理官に出会してすぐに、そんなバカな事が出来るわけないでしょ!」


「セルニチカさん、声が大きいです…」とルムーケ。


「うるさいうるさい、私を否定しないで! 私、間違ってないんだから! 次から次へと最悪な1日だわ! 神様はどこにいるのよ!?」


「セルニチカ、落ち着いて」とザサリナ。


「落ち着けるか、バカ! 私は頑張ってる、こんなに頑張ってるのに! バカみたいなアンタの目標に付き合って、バカみたいにアンタの為に魔法を覚えたのに、そのお返しがコレなの!?」

「ありがとう、セルニチカ。いつも感謝してる」


「そうよ、感謝しろ! アンタなんか、私がいなければとっくに死んでたのよ! ルムーケだってそうよ! 私がいなかったら、アンタは今でもギルドで仲間を探してたんだから!」


「そ、そうです。セルニチカさんのお陰です」とルムーケ。


「そうよ、そうなのよ! 私は頑張ってる、すごく頑張ってる! 私は偉い、偉い!!!」


「うん、セルニチカは偉い」とザサリナ。


「嘘吐き。アンタだって他のヤツらと一緒に、裏で私の事を『ではねチカ』ってバカにしてたんでしょ?」

「昔はね。でも、今は違う。心の底から、セルニチカの事を尊敬してる」


「もっと褒めろ」

「セルニチカは凄い。頭も良いし、魔法も使えるし、働き者」


「嘘吐き。私の泣き顔を、ブスだと思ってるくせに」

「思ってない、セルニチカはいつだって可愛いよ」


「ふん、アンタに言われたって嬉しくないわよ…」そう言いながらも、セルニチカの頬は微かに染まった。


「それじゃあ、食料を出してくれる?」というザサリナの言葉に、セルニチカはため息を吐きながらリュックを降ろす。


 出された食料を、獣人の少女は文字通り貪るように食べた。3人分の1週間の食料が、一瞬にして半分まで減らされた。


「ありがとう、美味かった」口の汚れを長い舌で舐め取りながら、獣人の少女は言った。「お前達は冒険者か?」


「うん」とザサリナ。


「そうか。それでは礼に、お前達のパーティに入ってやろう」


「嫌よ」とセルニチカは即答する。「教団には通報しないから、早く何処かへ行って」


「そう言われても、親切は返すものだと『お母さん』が言っていた」

「お返しなんて無用、神様に感謝する事ね」


「お前達は教団の敬虔な信者なのか?」

「当たり前でしょ、舐めんな!」


「じゃあ、どうして信仰審理官を恐れる? 敬虔な信者なら、信仰審理官など恐れないはずだ」


「そ、それは…」セルニチカは目を泳がせる。「別に、ただ威圧感があって…」


「私を連れて行けば、信仰審理官に会わずに済むぞ」

「は? どういう意味?」


「お前が話している信仰審理官とは、強そうな壮年の男と、弱そうな若い男の2人組だろ」

「えっ、何で知ってるの?」


「その2人なら匂いで分かる。私が傍にいれば、バレる前に逃げる事が出来る」


「す、凄い…」とルムーケ。「強そう」とザサリナ。


「食べ物をくれれば、報酬は何もいらない。戦闘も出来る、オーク程度なら一撃だ」


「入ってもらおう」とザサリナ。「私達が強くならないといけないのは当然だけど、パーティの人数が増えればそれだけダンジョン攻略が楽になる。それに、キメラ獣人って響きがもの凄くカッコいい」


 セルニチカは呆れた顔でザサリナを見つめる。だが後半の意見はともかく、前半の意見には一理あった。悔しいが、まだまだ自分達は未熟だ。


 少しでも早くダンジョンの深層に辿り着けるなら、手っ取り早く強力な仲間を迎え入れる方が良い。戦う為に生み出されたキメラ獣人なら、確実に戦力になる。


「ルムーケ、アンタはどう思う?」セルニチカはルムーケの耳元で尋ねる。「そうですね…」とルムーケ。


「私は、慎重になった方が良いと思います。キメラ獣人は製作工程上、何かに魂を縛り付けられている可能性が高いです。本人にその気が無くても、魂が暴走して手がつけられなくなるかも知れません。まずは、その点を調べた方が良いかと」


「なるほど、それが良いわね」とセルニチカは獣人の少女を振り返る。「分かったわ、パーティに入っても良い」


「よし、任せておけ」と獣人の少女。


「そういえば、名前はなんていうの?」とザサリナ。


「フレジラだ」

「へえ、綺麗な名前だね」


「ありがとう、私も気に入ってる」

「寝る所はあるの?」


「無いことは無い。正直な所、屋根があれば何処でも寝られる」

「それ、凄くわかる」


(信仰審理官の匂いが分かるって、どういうこと?)セルニチカはそう思いながら、ザサリナとフレジラの会話を訝しげに見つめた。


(もしかしてあの信仰審理官達の目的は、この獣人なんじゃ…?)

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