第19話 石像(後編)

 相も変わらず、石像はザサリナを追っていた。


 恐怖心を抱く暇もなく、ルムーケは瓦礫の陰に走り込む。敵は目と鼻の先だった。少女は息を整えると、物陰から顔を出してゴーレムの身体を観察する。


 異教徒達の崇拝対象であったろう石像は、よく見ると所々が欠損していた。鼻頭はどこかへ吹き飛び、両手の指は合わせて5本もない。右脇腹は大きく抉られ、左肩は凹んでいる。


 頭部や腕を付け直すことは出来ても、細い部分の修繕は出来ないらしい。それでもなお侵入者に立ち向かう様は、まるで魂のない腐乱死体のようだった。


(あれだけの損傷でも動けるって事は、コアはもっと別の所にある)


 ルムーケは冷静に考えると、さらに近づこうと立ち上がる。だがその時、ゴーレムの薙ぎ払った石柱の破片が、顔の真横を掠った。


 少女は「ひぃっ…!?」という悲鳴を上げ、驚きの余り透明魔法が解けた。


 石像は立ち止まると、声の上がった方を振り返る。ゴーレムの標的は、途端にザサリナからルムーケへと移り変わった。


「何やってるのよ!?」とセルニチカが火炎魔法で石像の足止めを試みる中、ルムーケは慌てて離れた物陰へと身を滑り込ませる。


(姿が見えたままだと、流石に近づいたら攻撃されるか…)


 少女は荒い息を何とか抑え込むと、自分の体に透明魔法を掛け直す。ザサリナがすぐさまゴーレムの足に斬りつけたお陰で、石像の関心はそちらに戻っていた。


 少女は深呼吸をすると、再び敵に向かって走り出す。コアが埋まっている場所には、何かしらの呪符が描き込まれている。


 普通ならそれを塗り固めて隠すが、石像の劣化具合から見て、呪符が露わになっていてもおかしくはない。


 ルムーケがコアを探して走り回っている間も、ザサリナは石像に向かって斧を振り、セルニチカは魔法を撃ち続けた。


 斧に削られたゴーレムの欠片が腕を擦り、火炎が髪先を焦がす。それでもルムーケは怯む事なく、石像から離れなかった。


(どこ、どこにある…!?)少女は血眼でコアを探す。


 コアが文字通りゴーレムの心臓である以上、前提として、すぐに分かる場所にある訳はなかった。


(ザサリナさんがやってみせたように、頭部や手足はすぐにダメージを受けるから無理だ。足の裏は論外。腹部、背中にもそれらしいものはない。そもそもゴーレムは最初に身体を作って、コアは最後の仕上げのはず。だったら、残る候補は…)


 ルムーケは意を決すると、石像の足元へと駆けて行く。


 少女は首尾よくゴーレムの股下に潜り込むと、素早くコアを探した。左股の付け根部分に、果たして呪符のような描き込みが微かに見えた。


(見つけた…!)ルムーケは股下から駆け出ると、石像と距離を取ってから透明魔法を解いた。


「ザサリナさん、コアを見つけました! 左股の付け根部分です!!!」


「そんな所に?」ザサリナは眉を顰める。


 ルムーケは「私が囮になります!」と叫ぶと、石像に向かって突進した。ゴーレムは少女を振り向くと、容赦なくそちらの方に腕を振り下ろす。


 その隙にザサリナは相手の足元へと潜り込むと、股を見上げた。


(うわっ、ホントにあった)


 少女は呪符の描き込みを見つけると、右手首のバンドに繋がった鎖を握り締める。腕を大きく振り回すと、鎖の先に繋がった斧が飛び、股の付け根を簡単に切り裂いた。


 左腿を根元から切り取られたゴーレムはバラバラになって崩れ落ち、頭や手足がそこら中に散らばる。異教徒達が崇めた石像はピクリとも動かず、二度と起き上がる事はなかった。


   ◇


「る、ルムーケは!?」


 セルニチカの叫び声にザサリナは辺りを見回す。石像のカケラや瓦礫が転がるばかりで、ルムーケの姿はどこにも見えなかった。


 ふと、「…ここです」という微かな声が聞こえてきた。ザサリナは斧と繋がったバンドを外すと、音を頼りに石をどかし始める。


 ついさっきまでゴーレムだった石と石の隙間に、挟まるようにしてルムーケはいた。少女の顔は、土埃で灰色になっていた。


「大丈夫?」というザサリナの問いに、「生きてはいます、両足の感覚がないですが…」とルムーケ。


 ザサリナが石をどけている間に、セルニチカは布団を敷いた。ザサリナは片腕でルムーケを抱き上げると、布団の上に寝かせた。


「アンタって本当に馬鹿力なのね…」と呆れたようにセルニチカ。


 ルムーケの両足は骨が折れているらしかった。セルニチカは両腕を捲ると、ヨギリアに習ったばかりの回復魔法を始めた。


 手始めに片足を掴んで魔力を流し込むと、途端に「いたっ! いたたたっ…!」とルムーケは身をよじる。


「骨を繋いでるんだから我慢しなさい」と額に汗を光らせながらセルニチカ。「ザサリナ、押さえてて」


 ザサリナの腕力はまるでオークのようで、ルムーケは観念すると、涙を流しながら痛みに耐えた。


 治療は何とか無事に終わり、ルムーケは布団の上で「ふう…」と安堵の息を吐いた。


 すぐ隣にはザサリナが座り、セルニチカの治療を受けていた。ルムーケが「痛いですか?」と尋ねると、「いや、別に」とザサリナ。


「吹き飛ばされた時は少し痛かったけど、今は何ともない。セルニチカの防御魔法のお陰だね」


「ふん」とザサリナの腕に魔力を送りながらセルニチカ。少女の顔は明らかに得意げだった。


「ホントに凄いよ、セルニチカは。まさか透明魔法まで使えるなんて」

「何言ってるの、アレはルムーケの力よ」


「ルムーケの?」ザサリナは布団に横たわる少女を見遣る。「それホント? ルムーケも凄い魔法使いだったの?」


「いや、そんな事!」と慌ててルムーケ。「私が使えるのはアレだけです。セルニチカさんの、足元にだって及びません」


「でも、私達はアンタのお陰で助かったのよ」とセルニチカ。「見かけによらないわね、あんな魔法を使えるなんて」


「すみません、隠してた訳じゃないんです。その、何て言ったら良いか…」


「言い辛いなら良いよ」とザサリナ。「あたし達はルムーケを信じてるし、事実、ルムーケはあたし達をまた助けてくれた。今はそれで十分」


「で、でも──」少女は上体を起こすと、勢いそのままに喋った。


「これだけお世話になってるお2人には、やっぱり私の素性を話すべきだって思うんです。上手く話せるかどうか分からないですが…」


 ザサリナとセルニチカは顔を見合わせる。「聞いてあげるわ」とセルニチカ。ルムーケは唾を飲み込むと、話し始めた。


「私の生まれ故郷は、他の村や街から孤立した閉鎖的な村です。村の子供達には生まれながらに使命があり、一定の年齢になると、その使命を果たせる力があるかどうかを見定める試験を受けます。


 試験はとても過酷で、当然のように死人が出ます。私も試験を受ける歳になり、村を出ました。合格するか死ぬまで、故郷には帰れません。けれど私は、試験に落ち続けました。理由は簡単で、全て私の力不足です。


 私は確かに透明魔法を使えますが、逆に言えばそれしかありません。どういう訳か他の魔法は使えないし、武器の扱いが上手い訳でもないし、トラウマのせいで魔物を殺せません。


 同じ時期に村を出た仲間達は皆、合格したか死んだそうです。家族からの手紙も、いつの間にか届かなくなりました。私はきっと、家族に忘れられたんだと思います。当然です、私は一族の恥だから…」


「このダンジョンに潜ってるのも試験?」とザサリナ。


「はい。このダンジョンの何処かにある、碑文を写し取るという試験です。これが最後のチャンスだって、試験官は言いました。もし失敗したら、私は…」


「ふうん」と、ザサリナの治療を終えたセルニチカは言った。「だからアレだけ必死になって、私達の仲間になろうとしたのね」


「はい。私は自分の為に、お2人の力を利用しようと──」

「そんなものでしょ。視点を変えれば私達だって、自分達の為にアンタを利用してる訳だし。パーティを組むってそういう事じゃないの?」


「そ、それだけじゃなくて! 私は口ではお2人を信用してるって言いながら、透明魔法が使えることを隠していて。私は以前、自分の透明魔法を悪用された事があって。それがショックで、心の何処かでお2人を疑っていて…」

「じゃあ使ったって事は、私達を信用したって証ね」


「で、でも──」


「そろそろ鬱陶しいわ、アンタは私達になんて言って欲しいのよ? 前も言った通り、利害が一致してればそれで十分。相手がダンジョンに潜る理由なんて興味ない。アンタが仲間になるって決まった時、私は正直嫌だった。


 だけど、アンタをパーティに入れるってザサリナの判断は正しかった。アンタは私達の役に立ってる。だったら、アンタが私達を役立てたって何の問題もない。それが道理ってものよ。これで満足?」


「え、ええと…」ルムーケは目を白黒させる。


「辛気臭い話だったわ、2度と私の前でしないで」とセルニチカは立ち上がる。「水を汲んでくるから、アンタ達バカ2人は安静にしてるのよ」


 ルムーケは小さく口を開けたまま、セルニチカの背中を見送った。ザサリナはセルニチカを指差しながら、ルムーケを振り返る。


「ね、ツンデラ」


 ルムーケは思わず吹き出すと、「ツンデラですね」と言って微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る