第20話 優斗の想い

「紫苑ちゃん! 元気? ……じゃなくって。初めまして! お隣の藍野花子です。紫苑ちゃんのお母さんと、幼馴染なのよ、私」


 どう考えても初対面とは思えない馴れ馴れしさだが、これが花子の性格なのだろう。

 一瞬ポーッとしてしまった紫苑だが、ハッと我に返り、頭を下げる。


「は、初めまして、星名紫苑です。よろしく、お願いします」

 紫苑の挨拶に、花子はニコニコとうなずく。


「花子、こっちでお茶しない? 優斗君、テレビでもなんでも自由に観てちょうだい」


 紅里はそう声をかけると、台所からお茶菓子とコーヒーを持ってきた。

 それをダイニングテーブルと、テレビの前のちゃぶ台にそれぞれ置くと、ダイニングテーブルに花子と向かい合って座り、マシンガントークをし出した。


 残された紫苑と優斗は、ロボットのようにぎこちなく首を回し、視線を合わせた。


(……藍野さん、知ってました?)

(うん。知ってた)

(何で言ってくれないんですか⁉)

(タイミングが……)

(ふざけてますよね⁉)


 隣人だったことを黙っていた優斗を、紫苑が思いっきり睨むと、彼はササっと紫苑に近づき、耳打ちする。


「ごめん。隣だってことは知ってたけど、母さんには、俺とは初めて会ったってことにしてくれない? いろいろ都合が悪い」

(何が都合が悪いだよ! 偉そうに!)


 だがふと冷静になる。

 こちらとて公園で会っていたのが男子だとバレるのは、それこそ都合が悪い。

 ここは手を取り合おうではないか。


「分かりました。口裏を合わせておきましょう」


 紫苑は静かにうなずくと、優斗の袖を引っ張ってテレビの前のソファーの端に座らせた。

 机にはお菓子とコーヒーが載っている。

「食べてください。あたしは一定の距離を保っておきます」

「あ、ああ」


 紫苑は優斗にそう言い残すと、自分も彼が座っているソファーの反対側の端っこに座り、ひじ掛けに肘を置いて優斗に背を向けるようにしてクッキーをつまんだ。

(美味い)



「そういえば、優斗君はどこの高校?」


 紅里が話の流れで、そんなことを口にした。


「あ、銀杏高校です」


 優斗がダイニングテーブルを振り返りそう言うと、紅里は目を丸くした。


「え、紫苑は金木犀高校っていう通信に通ってるんだけど……もしかして、学校、隣?」


 すると、花子も意外そうな顔をする。


「そういえば優斗の学校の隣に、通信制の高校があるって聞いたことあるけど……本当に隣だったのね」


 紫苑は、優斗と目を合わせた。

(……どうしよう)


 気まずい。ものすごく気まずい。

 

 だが、紫苑たちの空気を、母親たちは気が付かなかったようだ。


「優斗に手伝えることがあったら、ガンガン使っていいからね、紫苑ちゃん」

「あ、はい……? ありがとう、ございます?」


 花子が身を乗り出すようにしてそう言ったので、紫苑は首を傾げながら感謝の言葉を口にした。

 紫苑は冷や汗をかきながら、精一杯の笑みを作る。


 早くこの時間が終わってほしい。


 それを願ってやまない、紫苑だった。




◇◇◇◇




 優斗は、中学生になるのに合わせて、三ヶ原区から十色市へ引っ越してきた。

 両親が離婚し、十色市に花子の実家があったためだ。

 そしてそれから約一年後の三年前、星名紅里と星名紫苑が実家である、優斗の隣の家に引っ越してきたのは、母親の花子から聞いていたため、知っていた。


 紫苑が左耳に怪我を負った事故で、優斗のせいではないにしろ、優斗を助けるために怪我をしたことから、花子と優斗は紅里に謝りに行った。

 まだ双方三ヶ原区にいるときだ。



 花子は紅里と幼馴染だったので、彼女の夫がどんなふうに亡くなったかも知っていた。


 人を助けるために、事故に遭った。そしてそのまま、亡くなった。


 紅里はもちろん、「優斗君は悪くないからね」と何度も念を押してくれたが、夫のみならず、娘まで事故で失いかけた紅里は、ずいぶんと気が動転しているようだった。


 そこで、紫苑が優斗と事故の記憶だけがそのまま抜け落ちていることを知った。


 ほどなくして花子が離婚し、後ろ髪を引かれる思いで引っ越した。



 一日も、紫苑のことを忘れたことはなかった。

 また会いたい、でも彼女は自分のことを覚えていない。


 そんなやるせない日々に光が差したのは、紅里が紫苑とともに引っ越してきたと挨拶に来たときだ。

 紅里も仕事で忙しいらしく、それ以外の情報は入ってこなかったが、紫苑が中学校に来ていなかったため、不登校になってしまったことだけは分かった。


 だがお隣さんである以上、ばったり遭遇することもあるかもしれないので、優斗は花子とこう約束した。



 会っても、同じ中学出身以外の接点はなかったように接すること。

 小学校が同じだったこと、優斗の過去に紫苑が関係していたことを明かさないこと。

 初対面のように振舞うこと。


 紫苑にとってもつらい記憶は思い出さない方が幸せだ。

 それが紅里の母親としての願いでもあるはずだ。花子はそう言った。

 

 たとえその記憶の中に優斗がいたとしても。



 でも、優斗は公園にいる紫苑を見つけてしまった。そうしたらどうしても、どうしても声をかけずにはいられなかった。

 事故の原因となった自分が紫苑と一緒にいても、誰も喜ばないというのに。


 でも紫苑は恩人であり、初恋の女の子だから。



 紫苑に声をかけてたまに会っていることを、花子には話せないでいた。


 ある日、今までそれぞれの生活で手一杯で、お隣さんながら会話もしていなかった。紅里は、花子と優斗を家に呼んでくれた。


 情けをかけたつもりだったのか、花子は「あんたも一目、会いたいでしょ」と引っ張って連れていかれた。余計なお世話だ。



 だが、家にいた紫苑は、いつもの地味系ファッションとは違い、華やかなワンピースを着ていた。

 それが予想以上に可愛らしく、硬直してしまったことに、気が付かれていないだろうか。


 母親の花子に、紫苑に声をかけていたとバレたら、会うのを止められるかもしれない。花子は紫苑が怪我をしたことを本当に気にしていて、優斗にはあくばで隣人として紫苑に接して欲しいと考えているからだ。母親の考えが頭にちらついて、紫苑に向かって「都合が悪い」という言葉を使ってしまった自分に、強い嫌悪感を抱く。



 優斗は、小学生のころの、正義感が強く、人一倍優しい紫苑を好きになった。

 でも、今の紫苑はそれより少しだけ、卑屈で繊細だ。

 それでもいつも悲壮感が漂わない。彼女の強さだろう。それに、強い尊敬を抱く。

 そして、それと同じくらいの恋心も。



 だが、優斗は紫苑に怪我を負わせた。


 どれほど傲慢になれば、彼女に好きだと言えるのだろう。





□□□□





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