図書室の少女とギャルの百合

壊滅的な扇子

第1話 出会い

 教室の外では桜が咲き誇っていた。たまに観る分には綺麗だし、あの下で騒ぎたくなる気持ちもわかるけれど、毎日のようにみていると流石に飽きてくるから、私は目をそらして友達と適当に駄弁る。


 変わらない日常に飽きてるのかなって思う。いつもと同じ内容のお弁当に箸を伸ばして、玉子焼きを口に運んだ。お母さんには感謝しているけれど、たまには別のものを食べてみたい。


 友達との会話も、部活とか恋愛とか動画の話で全然代わり映えしない。このままなんとなく高校を卒業して大学に行くのかなって思うと、窓辺に差し込んだ光が鬱陶しく思えてきた。


「ごめん、そろそろ図書室行かないと」


 みんなの話が切れたタイミングで割り込んで、教室を出た。


 私は高校二年生で来年は受験だ。学校行事を楽しめるのも今年が最後だから、本当は文化委員になって文化祭の運営をやってみたかった。でも残念ながら委員決めのじゃんけんで負けてしまったのだ。そのせいで図書委員にされてしまった。


 図書室の扉を開いて貸出カウンターに入る。椅子に座って肘をついて、静かな室内をぼんやり眺めた。


 地味、もとい読書が好きそうな人が多い。まぁここって図書室だし。その事実を再認識するたびに、ひどい場違い感を覚える。私とは正反対って感じで、あんまり歓迎されている気がしない。


 今もおどおどした感じの男子が本を片手に肩をすくめていた。借りたいのだろう。けれど貸出カウンターには、派手な髪色のミディアムヘアな私しかない。身近なもので例えるのなら、秋の田んぼに実る稲穂のような色合いだった。ちなみにこれでも地毛だ。


 服装も、上はブレザーだからあんまりできることはないけど、スカートは結構短くしてる。一応校則の範囲内ではあるけれど、真面目な人からすれば怖いのかもしれない。私も読書を好む人たちの気持ちなんてよく分からないし。


「貸出ですか?」


 声をかけると後ろめたげな笑みを浮かべながら、カウンターまで歩いてきた。手渡されたのは女の子のアニメキャラが表紙に描かれた小説だった。こういうのラノベっていうんだっけ? 


 なぜか男子は顔を赤くしている。別に恥ずかしがらなくてもいいのに。何を好きでいようが他人に文句を言われる筋合いはない。ありのままでいればいいのだ。なんて、私が言えたことじゃないかもだけど。


 貸出の手続きを終えると、男子は忍者のような早歩きで図書室を出て行った。


「みんな大変なんだなぁ……」


 軽くシンパシーを覚えながら亜麻色の髪を右手で梳く。他に借りたい人もいなさそうだし、やることがなくなってしまった。スマホをいじれれば良いんだけど、先生に没収されたら面倒だし教室に置いたままだ。


 ここの校則って現代的じゃない。高校生なんだからスマホくらい自由にさせてくれればいいのに。


 そのせいで私は今、耐えがたい退屈を味わっている。


 けど愚痴っててもどうしようもない。ぼんやりと図書室を見渡してみると、自然と目線は廊下側の席に向いていた。眼鏡をかけた色白な女子が本を読んでいる。艶のある黒髪がとても綺麗な子だった。


 太陽よりも月の似合う子だ。月の輝く海辺で潮風を浴びているのが似合うと思う。


 ともかく彼女は、図書委員になってから毎日のようにみかける子だ。後ろ髪が腰にかかりそうなくらい長いのはともかく、前髪がレンズにかかっているのは流石に心配になる。ちゃんとみえているのだろうか?


 なんて余計な心配をしていると、名前も知らない女子は椅子を引いて立ち上がった。図書室の後ろの、書架が森のように並んでいる空間へと入っていく。そして読んでいた本を元の位置に戻して、また別の本に手を伸ばした。


 棚の一番上の本だった。そこではたと気づく。どうやら彼女は意外と背が低いらしい。背伸びをするも、まるで手が届いていないのだ。しびれを切らしたのだろう。髪を揺らしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。


 だがジャンプ力も足りないようで、やはり届かない。


 いつも読書をしていて、なんとなく大人びた印象だったから、かわいらしい仕草に驚く。月の輝く海辺はだめかもしれない。きっとかわいいぬいぐるみに囲まれているのがふさわしい。


 さっきの男子みたいに怯えさせてしまいそうだけど、放っておくのも悪い。カウンターから出て彼女の元へと歩いた。隣までやってきたけど、未だ私に気付いていないようだ。軽く息を切らせながらじっと書架を見上げている。


「大丈夫?」

「えっ……」


 彼女はびくりと震えた。眼鏡のレンズ越しに髪色を認識したのだろう。もう一度震えていた。まるで山の中でクマにでも出くわしたみたいに。悲しいけれど分かっていた。私はこの人の黒髪が好きだけれど、この人は私の髪が怖いのだ。


「ごめんね。驚かせちゃって。欲しい本ってこれで合ってる?」


 手に取った本を渡すと、彼女は小さく頷いた。


「は、はい……」


 前髪のかかった眼鏡越しの瞳には、明らかに怯えが浮かんでいる。


「取って欲しい本があったら遠慮なく教えてね」


 社交辞令を笑顔で伝えてカウンターに戻ろうとすると、呼び止められた。


「あ、あの」

「ん?」


 振り向けば彼女は顔を赤くしていた。何か気になることでもあったのだろうか。


 目をそらしたまま問いかけてくる。


「……私がジャンプしてるとこ、見ました?」


 気にするタイプらしい。


 意外ではないけど、まさか引き止めてまで聞いてくるとは思わなかった。


「みてたよ。ぴょんぴょん飛んでたよね。それで心配になったんだよ」


 答えると彼女はますます真っ赤になってしまった。色白だから、白紙に絵の具をこぼしたみたいに鮮やかだ。そこまで恥ずかしがることかな? でも思い返してみれば、ちょっとだけ面白かったかもしれない。


 そんな心の動きを察知したのだろうか。彼女は何かをこらえるように俯いてしまった。けれどすぐに顔を上げて、蚊の鳴くような声でつぶやくのだ。


「取ってくれてありがとうございました」と。


 意外な言葉に目を丸くする。彼女のようなタイプは、不良っぽい私と関わろうとしない。関わったとしても用事が終われば何も言わず立ち去ってゆく人が多いのだ。

 

 話すのは怖いはずなのに、勇気を出してお礼を伝えてくれた。ある意味で稀有な人材だ。私が会社の社長なら即採用していたことだろう。閉め切られて淀んだ部屋に、新鮮な風が吹いたような心地だった。


「名前なんて言うの?」

「えっ……。山田栞子しおりこですけど……」


 疑わしそうな目で、私と、その明るい髪をみつめた。「なんでそんなことを知りたいのだろう」とでも言いたげで、警戒心マックスの小動物みたいだった。動揺してるのか、名乗りだってフルネームだ。


 無理もない。私みたいな外見の人と関わったことないだろうし。


「私は佐藤紗菜。よろしくね、栞子さん」

「よろしく……? えっと、何をどうよろしくすれば……?」


 目を細めて首をかしげている。あぁ、言われてみれば。私が人と仲良くなる時は、いつだってなんとなくだった。栞子さんみたいに性格や趣味が離れた人と、意識的に仲良くなろうとしたことがない。


 これは私にとっても初めての経験だ。共通点がない相手とどう関わればいいのだろう? 新鮮な悩みの前で足を止めて、考え込む。そして思いつく。無いのなら生み出してしまえばいいのではないか。


 幸いにもここは図書室で、私は栞子さんの好きな物を知っている。


「小説は読まないんだけど、おすすめとかあったら教えて欲しいかな」


 栞子さんは意外そうに眉をあげていた。


「おすすめ……。ちなみに読まないというのは、どのれくらいのレベルで……」

「全く。本当に全くだよ。現代文の教科書でしか読んだことないんだ」

「それでよく図書委員になりましたね……?」


 大人びた落ち着いた声に、苦笑いする。


「本当にね」


 書架を整理するときも、たまに作者の名前が読めなくて困る。当て字みたいな読み方なのに、なぜか他の図書委員たちは当然のように分かっていた。みんな教養がありすぎる。


「佐藤さんの動機は一応分かりました」

「佐藤さんじゃなくて紗菜って呼んでくれると嬉しいな」

「……それは難しいです。私にとって名前呼びは富士山よりも高いハードルなので」

「そうなんだ?」

「そうなんです」


 固い声だった。異文化交流は難しい。仕方ないと諦めて書架を見渡す。


「じゃあ、どれをおすすめしてくれるの?」

「これなんてどうですか? 初心者にはぴったりだと思います」


 栞子さんが手渡してくれた小説の表紙には、クレヨンで、子供向けみたいな絵が描かれている。内容も子供向けなのかな? だったら読めないということはなさそうだ、たぶん。


「分かった。頑張って読んでくるね」


 笑顔で伝えると栞子さんは目をそらした。


 目線の先に貸出待ちの生徒がいたから、私は急いでカウンターに戻った。読書なんてしたことないし楽しみ方も分からない。でも栞子さんみたいに熱中している人もいる。


 きっと何かしらの魅力があるのだろう。私もそれを感じられればいいんだけど。

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