金の王太子、銀の王太子、クズの王太子
おしどり将軍
開幕
開校記念の祝賀パーティが開かれていた。
王立学校の大広間では煌びやかなシャンデリアが、色とりどりのイブニングドレスに着飾った淑女たちとタキシードに身を包んだ紳士たちを照らす。学生たちも教師たちも、そして生徒の両親たちも、皆談笑したり踊りを踊ったりと思い思いにパーティを楽しんでいた。
パーティもたけなわの頃、突如として壇上にカップルが登壇した。
今日の主役というべき、王太子ベルナルド・メッツァ、そして、その隣にいるのは…… あろうことか、彼の婚約者ロミーナ・アバーテ公爵令嬢ではなく、ブリジッタ・ソルダーノ男爵令嬢だった。
静まり返った周囲を見回して、非常に満足げな表情を浮かべるベルナルド。そして、そばに寄り添って勝ち誇った笑みを漏らすブリジッタ。会場の人たちはそのおかしな取り合わせをどう解釈していいのか分からず、ただ、彼らの動向に注目していた。
「ロミーナ、ロミーナはいるか」
ベルナルドがそう叫ぶと、サアーッと人がカーテンのように奥へ引き下がり、一人の金髪の少女が姿を現した。キョトンとした顔をした彼女はつい先ほどまで、親友とのおしゃべりに夢中で、何も状況を把握していなかったのだ。
しかし、その金髪の少女ロミーナ・アバーテは異変を瞬時に察知した。壇上にいる婚約者のそばに、自分を睨みつけている一人の女性の姿がある。
「なんでしょう。王太子殿下」
「お前は彼女のことを知っているな」
ベルナルド王太子は男爵令嬢ブリジッタを抱き寄せた。
「誰……だったかしら」
「とぼけるなよ。彼女はな、お前のせいで学校生活がめちゃくちゃにされてしまったんだ」
ロミーナは自分を睨んでいた女性が、男爵令嬢ブリジッタ・ソルダーノだとようやく思い出した。
(そういえば、あの子、ベルナルドにしつこくつきまとっていたっけ、とにかく面倒臭いから関わらないようにしていたけど)
「私には全く身に覚えがございませんが」
「いいか、お前はな、ブリジッタをな…… な、なんだっけ?」
ベルナルドにすかさず耳打ちするブリジッタ。
「おう、そうそう、つまりだな。彼女の陰口や変な噂を流したり、勉強道具を隠したり、机にいたずら書きを書いたりとか、それから…… いろいろだ。彼女がこの学校に居られなくするために、あの手この手で嫌がらせをしたことはもうわかっているんだぞ」
(人に話をする時は、もう少し頭の中で整理してからにして欲しいものだけど…… それに話すこと全てを把握していないし)
「それは初耳です。ですが、もし嫌がらせをするなら、私はそんな幼稚な真似は致しません。もう少し、こう、エレガントかつ、効果的な嫌がらせを……」
周囲の凍りついた雰囲気が少し緩み、吹き出す人たちもいた。
ベルナルドは顔を真っ赤にして怒る。
「うるさい、黙れ。お前のその取り澄ましたような顔が一番嫌いなんだ。今までずっと我慢していたが、もう限界だ。お前との婚約を破棄してやる。それと、ブリジッタをいじめた罪。贖ってもらおうか」
再び静まり返る会場。一斉にロミーナの方に注目が集まった。
(あああ、言っちゃったよ。こんなに有力貴族たちが集まっている場で、なんという取り返しのつかない発言を…… 絶対事前に根回ししてないやつだわこれ、お父さん激怒するだろうなあ。パオロ王もきっと困るに違いない。もしかして、これ私が尻拭いしないといけないやつ…… 困るなあ)
ロミーナは困った顔をして、ひとつ咳払いをするとこう言った。
「このような公に準じる場所で、しかも、有力貴族の方々まで列席されている中、王太子たる殿下の発言はとても重く、冗談では済まされませんよ。これから、どうするおつもりなのですか?」
「は、俺を誰だと思っているんだ。王の唯一の子息であり、後継者たるこの俺に逆らうなどとは、愚かにも程があるわ」
(さらにドン引き発言追加しないでよ。周囲の目がそんなに気にならないの。あなたのライフはとっくにゼロよ、ゼロ!)
「逆らう気持ちは毛頭ありません。ただ、私は殿下を思う心がまだ残っている故、周囲の人たちが言わないでおいていることを、あえて申し上げているのです。ただでさえ低い殿下の名声をさらに下げるような、軽いご発言はもう控えた方がよろしいかと存じます」
王太子ベルナルドはさらに激しい怒りを見せてこう言った。
「出ていけ、すぐに。お前の顔なぞ見たくはない。直ちに下がれ」
「婚約破棄の件は承りましたが、私一人では処理を致しかねますので、しばらく時間をいただきたいと存じます」
毅然とした態度で一礼し、颯爽と去っていくロミーナ。そして、その後ろ姿へ向かって、ひたすら悪態をついている王太子。彼に注がれる周囲の視線は非常に冷たかった。
◇
「あのクソガキをぶっ殺してやる」
カルロ・アバーテ公爵。王弟にして、王位継承者第二位の男。そして、ロミーナ・アバーテ公爵令嬢の父。彼は王国軍の総司令官でもあり、比類なき猛将でも知られ周囲の国から最も恐れられている人物であった。さらに悪いことに、一人娘のロミーナには激甘で、そして、彼女のことになると見境なくなるという欠点があり、ロミーナの話を聞いて早速激怒していた。
(あああ、思った通りの反応だ。どうするのよこれ)
「お父様。そのような軽率な発言は慎んでください。誰が聞いているかわかりませんよ」
「構わん。このまま王国軍を率いて、革命を起こしてやる。兄は牢屋にぶち込んで、息子はさらし首だ」
「ですから、冷静になってくださいませ、お父様。そのような無分別な発言は公爵家に相応しくありません。私に恥をかかせるつもりですか」
「む…… あ、ああ」
娘に窘められ、父は少し勢いをなくした。
「おれは最初からあのバカ息子との縁談を反対していたんだ。それなのに、エリザベスが……」
恰幅の良いロミーナの母エリザベス・アバーテは夫のカルロ・アバーテを睨みつけた。
「何か文句でもあるのですか。間違いなくあの時点でベストの選択でした。まさか、あのようなバカに育つとは思いもしませんでしたから。それに、他にロミーナに見合う相手がいたとでもいうのですか?」
「だからおれは……」
(二人とも、分別ある大人なんだから、もう少し冷静に話し合ったらどうなのよ。そもそも、二人が決めた婚約なのに)
夫婦喧嘩に発展しそうな勢いだったので、ロミーナはすかさず二人の中に割って入った。
「今はそのような話をする時ではありません。王国の危機なのです。そろそろ、陛下がいらっしゃると思いますので、お二人とも冷静さを取り戻していただけませんか」
(おそらく陛下は報告を聞いて、すぐに駆けつけてくるだろう。なにしろ父のことを一番よく知っているのだから)
「陛下が…… まさか」
顔を見合わせる二人を前にして、冷静に紅茶を一口飲むロミーナ。すると、血相を変えた執事のセバスティアーノが、部屋をノックするや否や部屋に飛び込んできた。
「大変です。陛下が、陛下が突然いらっしゃいました」
「思ったより少し早かったかしら。まあいいでしょう。さあ、参りましょうか」
ロミーナは両親ににっこりと微笑みかけると席を立った。
◇
王パオロ・メッツァは威厳を持った佇まいで、馬車から降りてきた。家来を伴ってエントランスに入ってくる。公爵家の面々がお出迎えをして挨拶をする中、ロミーナをめざとく見つけて声を上げた。
「おお、ロミーナよ」
パオロ王は姪でもあるロミーナ公爵令嬢に近づくと、慈愛を込め彼女の両手を握った。心なしか目が潤んでいるようだ。
「陛下、心中はお察ししますが、この場での発言は無用と存じます。まず、人払いが肝心かと」
(ここで余計なことを言われると面倒だわ)
「分かった。お前たち、この場で待機しておれ」
パオロ王は家来たちにそう命じると、弟であるカルロ公爵に案内され、ロミーナとともに屋敷の奥にある応接室へと向かっていった。
◇
応接室内では王と公爵、そしてロミーナが向かい合って座っていた。
「申し訳ない。儂の息子がこのような不始末をしでかしてしまって」
「兄よ。おれはお前を信じたからこそ、大切な愛娘を嫁がせることに決めたのだ。10数年の王妃教育も終え、完璧に育った我が娘があのような場で辱めを受けた。どうしてくれるのだ」
「すまん。カルロよ。この通りだ」
頭を下げるパオロ王を睨みつけるカルロ公爵。
もとより、一歳ちがいの兄弟。しかも、腕っぷしは弟の方が強かったので、兄王はカルロを常に恐れていた。パオロ王は温和で政治的手腕は評価が高かったが、対外的な武力での争いになるとカルロ公爵頼りだった。それゆえ、王はカルロ公爵には相当気を遣っていたのだ。
王太子との婚約もパオロ王が持ち掛けたもので、公爵家を敵に回したくないという目論見でのことだった。それがベルナルド王太子の軽はずみな行動や発言が全てをぶち壊してしまったのだ。
つまり、王国の危機とはこういうことだったのである。
「さっさとあのバカを処刑しろ。もし嫌だというのなら、力ずくでおれが王になったっていいんだぞ。何しろおれも正当な王家の血筋を受けているのだからな」
(また、父は無茶なことを……)
「そ、それだけはやめてくれ。頼む」
「じゃあ、ベルナルドのやつを廃嫡して……」
「そ、それもできん。あいつはバカじゃが儂の一人息子なのだ。あいつを廃嫡してしまったら、男系である王家の伝統が……」
「王家の伝統なぞ糞食らえだ。おれが次の王、そして、その次はロミーナを女王にするぞ。異論はないな」
(えっ、私、女王になる気なんてないんですけど)
「そ、そればかりは。そうだ、ベルナルドの王位継承者の権利を取り消しても良いが、その代わり、ロミーナとの婚約破棄も無かったことにしよう。ロミーナとの間に男児が生まれたら、その子を正当な王位継承者として迎えるというのはどうだ。その間、儂に何かあったらカルロ、お前が王になっても良い」
(いやいやいや。あのバカとよりを戻すなんて、それだけはないでしょう。それだけは)
「ベルナルド殿下と一生連れ添うのは難しいと思います。彼は私と結婚するのはお嫌でしょうし、私もそのことで大変心苦しく感じます。それに、そんなことをしたら、ブリジッタさんもお可哀想ですし、立場をなくしてしまいます」
「それは大丈夫だ。ソルダーノ男爵家ではもうあの女は男爵家の一員ではないと、こちらに申し出てきた。すでに男爵令嬢の立場にはない。ただの平民だ。もとより、王太子との結婚なぞできない身分だったのだ。それなのに儂の息子をたぶらかしおって」
(全部、ブリジッタのせいにするつもり? 相変わらず王家のやることはひどいわね)
「彼女は浅はかであるにしろ、今回の件、彼女の責任だけではないと思います。それを彼女だけに負わせるのは、あまりに酷いのではないでしょうか」
「では、どうすればいいのだ。これ以上はどう考えても、うまくいくような考えが浮かばん」
パオロ王とカルロ公爵が頭を抱えている。ロミーナは静かに目を閉じ、手繰るようにして思索をめぐらせていた。
(王族トップが二人揃って役立たずとは、いったいこの国はどうなっているのよ、全く。うーん、結局私が考えるしかないのか…… 何か、いい案が…… そうだ!)
「私に良い考えがあります」
「ロミーナ。本当か」
「さすがは我が娘だ」
「何も聞いていないうちからさすがはないでしょう、お父様」
少し父を窘めた後、ロミーナは語り出した。
「泉の伝説を知っていますか?」
「泉?」
パオロ王は首をかしげた。
「ああ、我が領地にあるやつか。今は封印されている」
カルロ公爵の方は泉の伝説を知っていたが、ロミーナの意図についてはよくわからないままだった。
「その泉の封印を解いてほしいのです。それから、ベルナルド殿下とブリジッタさんを連れてきてほしいのです。泉の橋の上に」
「だが、それで本当に解決するのか?」
「全てを解決してみせます。細かい打ち合わせはこれからお話しします」
「ほう。分かった。それくらいなら簡単だ」
カルロ公爵はうなずいた。
「儂はベルナルドによく言っておこう。男爵家にも通達をする」
パオロ王もロミーナに全てを託す決意をした。
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