第11話「マイスイートハート」ってだれのこと?

「そのオルコット男爵家の見てくれ残念レディが、ここでなにをしているわけ?」


 レディの一人が言ったけれど、わたしのニックネームがどんどん増えていく。


「弔問よ」


 簡潔かつ堂々と応じた。


 ほんとうのことだから、ムダに胸を張って言える。



「弔問? なんの縁で? 胡散臭いな。兄貴が死んで借金を揉み消してもらおうとでという算段か? それで、様子を見に来たとか?」


 強面が推測をぶってきたけれど、ほんとうにそうならろくでなしの叔父は救いようのないバカよ。


「借金はなくならんぞ。せっかく来たんだ。色気は期待出来んが、雑用なら出来るだろう? とりあえず、この屋敷を掃除しろ。ちゃんと住めるようにピッカピカにするんだ」

「イヤよ。わたしは、弔問客よ。それなりに敬意を払ってちょうだい」


 自分でも驚いた。


 強面に向ってエラそうな態度をとってしまったのである。


「なんだと? こちらが紳士的に振る舞ってやっているのにつけあがりやがって」

「いいじゃない、あなた。体で教えてやったら? そこのゴミ虫同様にね」

「そうよそうよ。生意気な女は、調教が必要よ」


 レディ二人が強面を唆し始めた。そして、強面はすっかりその気になった。


 彼は、指を鳴らしながらこちらに向って来た。


「ちょちょちょちょっと、か弱いレディに暴力をふるうつもり? 紳士がきいて呆れるわ」


 後退りしたくても、左足がいうことをきいてくれそうにない。


 それにしてもデカいわね。ほんとうに棺の中の死人と兄弟なの?


 信じられないわ。


 と、そんなどうでもいいことを考えている間に、強面がすぐ目の前までやって来た。太短い腕が伸びてきて、わたしの腕をつかもうとする。


「おれの妻に触れるな」

「イタタタタタッ」


 その瞬間、強面の太短い腕がねじり上げられた。


 コリンである。どこからともなく現れた彼は、強面の腕をねじり上げている。


 エントランスの奥には、クレイグの姿も見える。


「何者だ?」

「隣人だ。コリン・アッシュフィールド公爵。おまえが無礼のかぎりを尽くしているレディは、おれの妻だ」

「は、はなせ。隣人がいったいなんの用だ」


 強面は懇願するけれど、コリンはますます彼の腕をねじり上げる。


「ひいいいいっ! い、痛い」

「弔問だ」


 そして、コリンもまたわたし同様すっきりきっぱりくっきり答えた。


「ちょ、弔問? どうして公爵が?」

「隣人だからだ。ご近所付き合いは大事だからな」


 ほんとうの公爵は、ひきこもりでみたいなものである。それが「隣人は大事」って、笑っちゃうわ。


「それに、故人の唯一の後継者の面倒をみる役目を仰せつかっている」

「なんだって?」


 故人の弟夫妻たち、それからその娘たちは一様に驚いた。


 かくいうわたしもである。


「マイスイートハート、故人に挨拶はすんだかい?」


 コリンは、強面の腕をねじり上げたまま尋ねた。しかし、だれに尋ねたのかわからなかった。だから、キョロキョロと彼が尋ねた相手をキョロキョロして捜してしまった。


「愛するミヨ。故人に挨拶がすんだのなら、そろそろお暇しようか?」


 コリンの美貌にはやさしい表情が浮かんでいる。そして、やさしい声音は、いい具合にテノールで耳に心地いい。

 それでやっと、彼がわたしに尋ねているのだと気がついた。


『マイスイートハート』


 その言葉が脳内をリフレインしている。

 ううっ、気味が悪すぎてうなじがザワザワする。


「え、ええ。コリン様、もうすませました」

「ならば、帰ろう」


 コリンは、強面の腕をねじり上げている方の腕を軽くひねった。


「ギャッ!」


 なんてこと。強面がふっ飛んでしまった。


 彼は尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げつつ、宙に弧を描いてからゴミだらけの床に落ちた。


「ムリをするんじゃない」


 強面の不運を気の毒に思っていると、コリンが近づいていてわたしの肩を抱いていた。


「ドクン」


 心臓が大きく飛び跳ねたのを感じる。


 心臓発作? この年齢で?


 心臓発作って、年齢に関係ないわよね。

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