第9話ド派手少女たち

「見て、可愛らしい坊やよ」

「あら、ほんと。礼服なんか着ちゃって、可愛らしさ倍増ね」

「どこの坊や?」


 こちらに近づいてきた。


 イヤな感じよね。


 ヘンリーを見ると、あきらかに気分を害しているみたい。


 てっきり鼻の下でも伸ばすかと思いきや、意外だった。


 もっとも、あのこまっしゃくれたお嬢ちゃんたちなら、いろいろな意味で強烈すぎて鼻の下を伸ばしようもないでしょうけど。


 そのとき、エントランスにまた違う少女が現れた。


 その少女を見た瞬間、胸が痛んだ。


 レッドメイン男爵家は、照明すら惜しんでいるらしい。すくなくともエントランスには灯りらしきものは見当たらない。窓から陽光が射し込んでいる。その自然の光が彼女のボロボロの姿を浮かび上がらせ、それから目を離すことが出来ない。


 ヘンリーよりも少し年上かしら?


 もともとはきれいなロングの髪の毛は、どうしようもなくもつれまくっている。そして、もともとは可愛らしいであろう顔もまた頬がこけている。衣服は、破けたりほつれたりこすれたりしている。あきらかに栄養不良で、痩せこけていることがわかる。


 なにより、むきだしの両腕が痣だらけなのである。きっと、体のあちこちも痣があるに違いない。顔以外、見た目にわからないところに無数の痣があるはず。


 急激に怒りがわきおこってきたので、それを抑えるのに努力を要した。


 自分の体が震えていることに気がついた。


 あのは、まるでわたしだわ。


 自分を目の当たりにしているようでつらい。


 彼女は胸元に洗面用の盥を抱えていて、迷うことなく棺に近づいた。


 きっと故人の顔や首をどうにかするつもりなのね。


 容易に推測出来る。


「ノーラ」


 そのとき、ド派手少女たちの一人が彼女に気がついた。


「ゴミ虫が、人前に出てこないでよ」


 少女たちは方向転換をし、ノーラという少女の方に向かった。


「死んだ伯父さんの財産を隠しているんでしょう?」

「しぶといね。父さんたちも呆れているわ」

「折檻が足りないのよ。もっと痛めつけないと」


 なんてこと。


 唖然としてしまった。


 ド派手少女たちは、ノーラというの従姉妹かなにかに違いない。


 ノーラの痣は、少女たちやその親、ノーラからすれば叔父叔母たちの仕業なわけ?


 故人の財産欲しさに?


「だれか、ノーラをおさえつけなさいよ。わたしが殴ってやる」

「いやよ。わたしだって殴ったり蹴ったりしたいわ」

「わたしもよ」


 世も末だわ。


 ド派手少女たちの親の顔を見てみたい。


 当のノーラは、恐怖のあまりか洗面用の盥を落としてしまい、ブルブル震えている。


 ボロボロの衣服が盥の水でボトボトになっているのがここからでもわかる。


 見ていられないわ。


 あとでコリンに嫌味を言われるか、それとも叱られるかするでしょうけど、この状況を見て見ぬふりなんて出来っこない。


「イタタタ」


 勝手に体が動いたけれど、左足の鋭い痛みに悲鳴を上げそうになった。


「やめろっ!」


 そのとき、凛とした制止が耳に飛び込んできた。


 左足から顔を上げると、ノーラを守るようにして立ちはだかっている。


 ヘンリーが、である。



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