第30話 全面戦争5


 推定死者数八万人。

 それは後に惨憺たる血のクリスマスレッド▪️デイと称される一日。


 12月25日、秋葉原。時刻は午前8時丁度。

 その日は穏やかな降雪から始まった。


「うわー、雪降ってるね」


 気の抜けた調子で話すのはミノリ。

 秋葉原駅前電子口北。数々の人が行き交うその中で本日のメンバーを待っていた。


「メンバーを小分けにして作戦を行うとの事ですが……。私たちの班はこれだけなんですね」


 そう言ったのはアリス。右手に持つスマートフォンに来た通知を眺めながら誰に言うでもなく呟く。

 彼女の言うようにミノリをリーダーとしたその班のメンバーは余りにも少なかった。


「そだね、私達二人と少年。それから応援で二名だけだからね」

 

 計五人。それがネズミから言い渡されたメンバーの人数であった。

 というのも彼女らの班はフラメルの意思と真っ向から対面する班ではなく、何かあった際の遊撃部隊としての役割を担っていたためだ。

 それにしてもこの規模の抗争で五人というのは少なすぎるのだが。


「おー、二人とももう来てたんだ」


 そう言って合流するのはアラシヤマ。

 あの日から変わってしまった軽い口調で二人と合流する。


「こんな規模の抗争なんて、ワクワクするね」


 そう言ってケタケタと不謹慎に笑うアラシヤマ。その姿にはアリスを救ってくれたその時の面影はどこにもない。

 それがアリスには寂しく思え、少しだけ目を伏せる。


「少年にとってはいい復讐の機会だもんねー。楽しみ?」


 朗らかに問いかけるミノリに満足気に頷く。


「ああ、とっても楽しみだよ」


 アラシヤマは凍てつくような無機質な声色で応えた。



 アラシヤマ達が合流したのと同時刻。

 テンチョーはおよそ三万人を率いて待機していた。

 とはいえ纏まって動くわけではなく、一般人の中に紛れ込みそれぞれが無線とメッセージで連絡を取り合う。


「『こちら、第一班。対象と思われる者を発見。白のワンボックスカーに乗車』 」


 その言葉を聞いたテンチョーは、ひとつ頷きすぐに返す。


「了解。第三班と第七班は第一班の元へ迎え。第一班は適時情報を報告せよ」


 テンチョーの役割は総指揮。今回戦闘員として出ている、約三十万の泡沫持ちの指揮。

 そして、ネズミからの指示に合わせて残り十数万のサポート系の泡沫持ちの能力発動指示。


「『こちら第一班!対象がワンボックスカーより再度出現。さっ、更に何人もの人間がそこから出てきています!車のサイズから考えられない人数が出てきています!拘束されている人間も何人もいます!』」


 焦ったようなその声に一つ思案するテンチョー。

 そして、ネズミからの連絡がないのを確認して言葉を返す。


「落ち着け、距離を取って静観しろ。まだ手を出すな」


 如何様に異常なことが起きようとも、テンチョーはネズミからの指示がないと動けなかった。

 何故なら彼らが動くとなると確実にこの街は混乱する。それを防ぐためにサポート系の泡沫持ち達が総出で思考誘導や感覚の誤認を施す予定であったのだ。


「『こちら第三班、現在一班と合流。……っ!?拘束されている人間達が次々と殺されています!』」


 無線越しでは何が起こっているのか検討もつかない。それほどまでに突飛な内容が飛んでくる。


 ワゴンから次々人が出てくるのまでは、理解できる。

 おそらくそういった泡沫持ちがいるのだろう。

 だが、それを次々の殺すのは何故だ。

 奴らは何のためにそんなことを行っているのか。


 その時、手元のスマートフォンに通知が届く。


「っ!?サポート系全員!事前の手筈どおりに泡沫を展開しろ!戦闘系は泡沫を確認後目標を潰せ!」


 それは、開幕の合図であった。

 テンチョーの合図とともに秋葉原全域が泡沫に包まるれる。

 そして、それに合わせてギルド側の持つ無線機以外の通信機器が遮断された。


 まず戦況が動いたのは第一班、そしてそれと合流をした第三班。

 泡沫が広がると同時にそれを察したフラメルの意思は今までにない勢いで車から人を吐き出した。

 その数、凡そ三千。

 溢れ出るように次から次へと車から出てくる。


「な、なんなんだよコイツらは!?」


 その異様な光景に三班の誰かが叫ぶが、誰も答えない。いや、答えられなかった。

 何も彼らは次々と出てくるその数に驚いていたのではない。

 その出てきた人間たちの異常性に驚いていたのだ。

 というのも、次から次に出てくるのはどれも異形の化け物ばかり。全て辛うじて人型を保っているが、四つん這いで地を這う者や肩甲骨が剥き出しに肥大化して翼のようになっているもの等、とてもじゃないがまともな人間ではない。


「くそっ!効かねぇぞこいつら!!」


 また別の誰かが叫ぶ。

 ある者は泡沫で石の礫をぶつけ、ある者は炎を浴びせるが全く効いた様子がない。

 いや、正確に言えば効いてはいるのだ。

 実際に相手の肉は焼けただれ、石が当たった部分は相応に抉れている。


 ただ、それを気にする様子もなく突っ込んでくると言うだけのこと。


 その姿に圧倒されたギルドの面々が一人、また一人と倒されていく。そして、それに怯んで手が緩んだ他のメンバーも倒されていくという悪循環。


 数の面では圧倒的に有利であるというのに、それを覆す程の異常性で圧倒される。


「お前らァ!伏せろ!」


 その声と共に飛んできたのは一つの手榴弾。

 投げ入れられて数秒後、異形の面々を飲み込んで爆発を起こす。


「はっはははははははは!いい爆発じゃねぇかコノヤロウ!お前らひよってんじゃねぇぞ!安心しろ!七班、班長。絶世の美女にして絶対の強者!爆弾魔ボマー様が来てやったぜ!」


 七班、現着。

 その圧倒的な力によって次々と敵を屠っていく。

 

 彼女の攻撃は至って単純シンプル。その身体から次々に産み出される手榴弾を無造作に投げつけるだけ。


「私の可愛い子供たち!どうしようもない世界をコワシなぁ!」

 

 七班の到着によって、戦況は再び顔色を変える。

 どうしようも無いほどの個によってギルドに傾いた。

 

 そして、同時刻。

 別所でも戦闘が始まろうとしていた。


「おや、おや?これはこれは!何時ぞやの赤薔薇嬢とヒラサカ アリスではありませんか」

「うわ、最悪……」


 それは、ミノリ率いる遊撃班。そのうちの二人。

 彼女らはネズミから直接の指示でとある施設内に潜入していた。


「なに?ヴラドちゃん、知り合いなの?」

「ええ、彼女とは色々ありましてね」

 

 その場所はラジオ会館。


 だが、その中身は泡沫により拡張された別空間。


 現在目の前にいる敵は二人。

 十二使徒ヴラド・ツェペシュ。同じく十二使徒のクレオパトラ。


 警戒を解かぬまま、ミノリはアリスへと声をかける。


「コイツ一人でいける?アリスちゃん」


 アリスは自信げに頷いた。


「ええ、あの時のお返しです。私が殺します。彼の為にも」


 淡々と氷のように言い放つ。

 そして、それを発した瞳には確かな熱意が宿っていた。


「なにやら穏やかじゃないですね?」

「『私は全てを恐れている。私は恐怖を飼っている』」


 氷のドレスを纏う。

 かつて全てに恐怖した少女は、その恐怖を克服しないままに飼い慣らすことに決めた。


「ほう、逃げ回っていた少女が大層なことで?暴走したとは風の噂で聞きましたが……」

「逃げ回ってました。もう戦わないと思ってました。ただ、あの人が傷ついているのに何もしない訳には行かなかった!あの人が変わってしまう前に手を差し伸べることが出来なかったから!せめてここからは逃げないって決めたんです!」


 アリスの発したそれは、覚悟であった。自身を鼓舞する為の詩でもあった。

 彼女を中心に世界が凍りつく。

 広がる冷気は空気中の水分をも凍らせ、凶悪なつららを産み出した。


 空気が乾燥する。


 アリスの唇が割れて真っ赤な血で染まる。


 それはさながら化粧のように、透き通るような白い肌に映える。

 

 氷の女王が、顕現した。

 


 

 


 

 

 

 

 

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