第13話 護家鼠 2

 軽快な咳の音がした。

 それが本物の咳ではなく、作った咳である事は早々に察せられるであろうし、それ故にふざけたようなそれがこの空間で聞こえてくるのは酷く違和感を覚えるであろう。


 静まり返った廊下。蘭々と輝くシャンデリアの下、赤いカーペットのうえを裸足でヒタヒタと歩く男が独り。

 酷くやせ細った体躯に、190cmほどある身長を腰のあたりから前屈みに曲げている。

 その左手には大鎌を杖のようについており、ボロきれのようなロングコートを羽織っている。さながらその姿は……。


 辺りには悪夢を見ているよに蹲った警備やSP。


 そして、その男の進む先にいたのは高価な腕時計を控えめに主張させ、スーツを身にまとった男。



「ケホッ。ごめんなさい、ニイガキ先生。お命、頂きにまいりました……」


 軽い咳を振りまきながら大鎌を肩に担ぐ。


 痩せこけた顔は無表情で、これから命を奪おうとする者の表情ではなかった。


 そして、その男は思い出したように一言付け加える。


「……仕事なもんでね」


 死神が鎌を振りかざした。



 ◇

 

「さてさて、若人たちよ。今回の襲撃者についてお話をしようか」


 誰もいない廊下をのほほんと歩きながら話すテンチョー。そして、 得意げに話すテンチョーの後ろをアラシヤマとアリスが不安げに続き、最後尾にはつまらなそうなミノリの姿がある。

 

「今回やって来るのは、三人。一人は、『死神』と呼ばれる泡沫持ち。もう一人は『風切り』と呼ばれる泡沫持ち。そして最後は『魔女』と呼ばれている泡沫持ちだねぇ」


 一本、二本、三本と立てる指を増やしながら言うテンチョー。その後ろで恐る恐る、アリスが右手をあげた。


「おっ、なんだいアリスちゃん?」

「あ、あの。そんなに来るなら急がなきゃダメなんじゃ……」


 それはごもっともだ!とヘラヘラとテンチョーは笑う。

 その後ろで、顔をしかめてミノリが補足を入れた。


「もー、てんちょー。アリスちゃんにそんなこと言ってたら嫌われちゃうよー?安心してねー、アリスちゃん。あんなこと言ってるけどもう来てるわけじゃないから。さっきも言ってたでしょ?『今回やって来るのは』ってさ」


 そうそう、とミノリに続いて話を続けるテンチョー。

 そしてアリスの方に向けた一台のスマートフォン。その画面にあったのはメッセージアプリで送られた端的な文面だった。


『死神、風切、魔女の順番で来るはずだ』


「ほら、うちのボスだよ。こんな風にこれから来る敵について情報を送ってくるのさ。いやー、ここまでくると怖いよね。俺も最初はびっくりしてたんだけどもう慣れちゃってね」


  相も変わらずへらへら、と笑いながら歩みを進める。


「それじゃあ君たち三人にはこの先の死神を頼むよ。俺は残り二人をやる。いいね?」


 そう言って笑ったその表情は、どこか好戦的であり、狂気的であり独善的であった。


 そのまま歩みをとめ、後ろの扉を指さす。


「さあ、進め!若人よ!……なんてね」


 すっと、テンチョーの姿がその場から消えた。そこに残されたのは玄関へと続く扉のみ。まるで最初からいなかったかのように姿がなかった。


「ほらね?テンチョーは怖いでしょ?久しぶりに暴れられるからって妙にテンションが高かったね」


 ケタケタと笑って言葉を続ける。


「珍しくやる気満々で滾ってたからねー。お相手が可哀想だよ」


 いまいちピンと来ていない様子の2人が首を傾げるも、それを気にした様子もなくひとつ背伸びをした。


「うーんっと。とりあえず、やろうか?」

「「はい!!」」

「はは、そんなに気合い入れなくても大丈夫だよ。ほとんど私がやるから」


 そういって扉に手をかけるミノリも、いつになく滾っていた。


 ◇


 扉を開けたその先にあった光景は悲惨なものだった。

 死ぬ寸前にも見える警備員たちと、床に尻をついた新垣議員の姿。


 そして、それに近づく正に死神と言った風貌の男。

 男が、大鎌を振り上げた。


『私を見なさい、私に魅せられなさい』



 それは、ある種の合図でもあった。

 前回のヴラドとの戦闘後、ミノリとアラシヤマ、そしてアリスは度重なる訓練を重ねていた。

 最も前回は相手が強すぎただけであり、本来はアラシヤマ達に合わせた訓練など必要が無いため彼らの為の訓練と言った方が正しくはあるのだが。

 

 その訓練に置いて、重きを置いていたのは主に三つ。 

 肉体訓練による個々の戦闘力の増強。

 瞬間的で適切な判断能力の強化。

 そして、三つめが連携強化であった。


 ミノリのルーティンである『私を見なさい、私に魅せられなさい』。

 それは、事前の取り決めとして戦闘開始のタイミングを知らせるものであった。

 その言葉と共に三人は散開し、それぞれ別の方向から死神へと向かう。


『いい?数は力だよ』


 そう言っていたのは訓練中のミノリ。

 だが、それと同時にこうも言っていた。


『そして、泡沫持ちには数が通じない相手もいる』


 例えば、それはヴラドであるし。テンチョーでもある。一定以上の力を持つ泡沫持ちには、時に数は力たりえない場合があるのだ。


 ミノリの泡沫により、動きを止めていた死神が振り返る。


「ケホッ、きま……したね。子ネズミ達よ」


 今にも折れそうな枯れ枝のような腕。そこからは想像もつかないような速度で、空を切り裂くように鎌を奮った。


「なにを……?」と、呟いたのはアリス。

 その直後、彼女は背後に気配を感じて右腕を振り抜く。だが、その腕は何にも当たることなく空を切った。


「ミノリさん!これ!」


 そう叫んだアリスの背後にいたのは半透明のナニカ。それは、黒々とした一対の翼を背に生やし、半透明の輪を頭上に浮かべた幼子。まさに、天使といった風貌であった。

 その赤子のような両手で抱えているのは長針しかない時計である。


 それを見て、高らかに宣言を始めるのは死神。

 大仰に両手を空に掲げ叫ぶように言う。

 

「ああ、貴女は選ばれてしまった!!神として、主として告知しよう!!」


 相手の行動が不明なため、誰も動けないまま告知されるのは死神の宣告。

 

「第一に死ぬのは、嗅覚。第二に死ぬのは味覚。第三に死ぬのは触覚。第四に死ぬのは視覚。第五に死ぬのは嗅覚!その5回の死を持って契約は結ばれる!時計の針が一回りする時!その契約に従い汝の魂は天へと刈り取られるであろう」


 高らかな宣告の後、思い出したかのように空咳を1つ。

 

 「さあ、あと1時間ですよ?」


 天使の持つ時計の針は進む。

 先ずは、アリスから嗅覚が消えた。


 その刹那、動き出したのはアラシヤマだった。

 拳を構え死神の死角から攻め入る。だが、それを見ることもなく軽やかに避ける死神。

 アラシヤマの攻撃を避けながら、おや?と、言葉を発する。


 「どうして貴方は宣告にかかってないのでしょうか?いや、かかってはいるが発動していない……?まだ発芽もしていないようですが」


 疑問を口に出しながらも、悠々と呟く死神。

 いくらアラシヤマが拳を繰り出そうとも当たる気配がない。

  

「知るか……よっ!」


 アヤシヤマの渾身の拳は頼りない腕で掴まれた。


 「『その手を離し硬直しなさい!』」


 その瞬間を見計らって飛んできたのはミノリの泡沫だった。

 死神は泡沫での相殺が間に合わず、一瞬体が硬直する。その隙にアラシヤマは死神の間合いから離脱した。


 「ああ、赤薔薇嬢。あなたのことは聞いておりますとも。そして、貴女の対処法も」


 まさに余裕綽々と言った様子でミノリの元へ歩みを進める死神。アラシヤマやアリスの事は目に入っていないかのようであった。


 「いやー、私も有名になったもんだねー。つい最近まで対処法なんて身内しか知らなかったのに。なになに?ドラキュラおじさんから聞いたの?」

 「コホッ。えぇ、えぇ。ヴラド公と直接的な接点は無いですがね。我らの業界では弱点というものは瞬時に知れ渡るものです」

 「業界ねぇ……。泡沫を悪用して暗殺や強盗等悪事を働くレッドリストの面々。ギルドとしても長年アンタ達を追ってるんだけどねー。今までは個々で動いてたはずなんだけどもしかして集団になってんの?確かおじさんそのレッドリストにも載ってたもんね?」

 「コホッ、コホッ。なんと!私のこともご存知でしたか。それはそれは光栄です……しかし、これから死ぬ者への手向けとしてはその情報は些か価値がありすぎるので、平にご容赦を」


 ミノリの数メートル前で足を止める死神。

 それに対して正面から迎え撃つミノリ。


 「別にいいよ、情報なんて。アンタを倒して知ればいい」


 その刹那、ミノリの身体に赤い薔薇が咲いた。


 

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