第10話 そのころ



 ヴラドとの戦いの事後、荒れたモール内では慌ただしく争いの事後処理が行われていた。

 ミノリとアラシヤマは担架に乗せられ、記憶操作の泡沫バブルを持った者たちが警察へと情報の改竄を行う。


 これほどの被害が出る任務は久しくなかったため、追加の処理班も呼び百数十人規模で右往左往しつつ対処にあたっていた。

 その惨状を見ながらつぶやくテンチョー。


「こっからどうなっちまうのかねえ」

 

 ネズミの命令でヴラドの痕跡が残っていないか探していたテンチョーだったが、ポケットに入れていたスマートフォンが鳴った為その場を離れた。

 

「はいはーい、こちらテンチョーです」

「『もしもし、ネズミだ』」

「ああ、ボス。例のあいつの痕跡ですが……」


 まだ見つかっていない、そう言おうとして口を閉じた。

 全知全能との噂もあるボスが電話をかけてきたのだ、意味もなく状況報告を聞くためだけに電話をかけたとは思えない。

 

「もしかして、分かったんですかい?」

「『ああ、そちらに関してはもう必要ない。大体わかったからな』」

「ひゅー、さっすがボス。ってか、これ私の仕事必要なかったですよね。もう私帰っていいんじゃないですか?」


何のためのこの数時間だ。とふてくされるテンチョーだったが、ネズミは軽く受け流した。

 

「『なに、必要なピースが今回は足りただけの事。俺とて全知ではない、現地調査も侮れないからな。それより、ヒラサカ アリスについてだ』」

「ああ、彼女の……」


 今回のアラシヤマの任務対象にして、であった少女。

 

 アリスのプロフィールはテンチョーは事前に共有を受けていた。

 

 平坂ひらさか有栖ありす 十五歳の少女。

 

 両親ともに仲が良く、一般的な家庭を持つ。しかしそれは十二歳までの事。

 にによって父親は会社をリストラ。

 そのまま再就職もできずに蒸発。

 それから二年間、娘のために母親は懸命に働くも事故に遭い死亡。

 残されたアリスは生活のためにとある組織を頼る。


 そして、その組織で泡沫バブルが発芽。


 そこから逃げ出して今に至る。


「第三者の手によって意図的にこちらに引き込まれた。作られた泡沫バブル持ち、でしたか。胸糞のわりぃ話ですね」

「『ああ、そうだ。そして本日三地点で同時にその作られた泡沫バブル持ちと接触を図った』」

「その結果が、ヒラサカ アリスにだけ食いついたと?」

「『その通り、奴らは特定の泡沫バブル持ちだけを集めている節がある』」


 なるほどねぇ、とテンチョーは懐から煙草を一本口に咥える。


「して、そのアリスちゃんをどうしろと?」

「『なに、お前のところで保護を頼みたいというだけさ。俺の情報によれば件の少女はアラシヤマの息子に惹かれてるはずだ。一緒に居られるってだけで飛びついてくるよ』」

「ったく、うちは一応夜の店なんですがね……」

「『オーナーの俺が許可出すから大丈夫だ。では任せたぞ』」

「そういう問題じゃ……って、通話切れてるし」


 ふう、と紫煙を吐き出すテンチョー。

 

「時代の変わり目かねぇ」


 テンチョーは煙に乗せて過去を思い出していた。

 彼が泡沫バブル持ちになったのは二十年前、そしてあの店を任されたのは十五年前だ。

 当時まだ十代半ばだったはテンチョーは、先代店長の教えや教育を受け育った。あの店はそんな彼にとって実家のようなものだった。


 そしてまた、若い世代があの店で育って――――


 「あ、あの!」


 後ろから聞こえてきた若い声。なんだ、と振り向くとそこには先程話題に上がっていたアリスが居た。


「おう、アリスちゃんだったか」


 女性に対しては基本人見知りしないテンチョーが、気さくに声をかけた。


「は、はい。あの……ありがとうございました!」


 何のお礼だろうか、と考えるがすぐに思い当たるテンチョー。短くなった煙草を地面にぐりぐりと押し当て火消しをしながら答える。


「お礼ならアラシヤマ……、あーっとあの場にいた少年と嬢ちゃんに言ってやりな」

「アラシヤマさん……」

「ああ、少年の方だな」


 よいしょ、と立ち上がり携帯灰皿へと吸殻をしまうテンチョー。

 そんなテンチョーをアリスは不安げな瞳で見つめていた。

 

「どうしたんだい?」

「いや、その、あ、アラシヤマさんはご無事でしたか?」

 

 なろほどねえ、と内心呟くテンチョー。

 ミノリの名前も出さずに心配するあたり、さながらアラシヤマは彼女にとっての白馬の王子か、と思った。

 

 当事者達が意識を取り戻していないため、何があったか詳しい話は聞けていないがこの雰囲気を見る限りそういうことだろう。


「だいじょーぶだよ、うちのドクターはすごいからねぇ」


 この様子じゃ本当に家に預かることになりそうだ。

 そんなことを考えながら顔が引きつるテンチョー。ネズミの言った通り、アリスはアラシヤマに対して特別な感情を抱いているようだった。

 

 現地に来ていない、なんならアリスと話しすらしていないはずのネズミがここまで状況を見抜いていたたことに、彼は改めて畏敬の念と少しばかりの恐怖を覚えた。


 「それより、これからの事だけど他の人に何か聞いてる?」

「い、いえ!私には行く宛ても無いのでどうしようかと」

「ああ、そうかい。一応、アラシヤマくんやミノリちゃんと一緒にうちに住めるように手筈はするけど……」

「お願いします!そこに住みたいです!」

「お、おう。も、もちろん大丈夫だよ」


 やはりネズミは恐ろしい。


 

 


 

 ◇


「それにしても派手にやられたネェ」


 誰もいない医務室。心臓の止まった二つの身体。

 その前にドクターは立っていた。


「あァーあ、アラシヤマクンは肋骨折れちゃってそれが刺さっちゃってるネ。ミノリちゃんも……」


 見知った二人の身体を弄ぶようにくちゃくちゃと身体を掻き回していた。切り開き、切り刻み、なにかの欲を満たすように。虚ろな目で。

 

「ふむ、こんなものカ」


 満足したのか不意に手を止めるドクター。


『君の全てを、ワタシが書き換えよう』


 さながら逆再生のように動き出す二人の身体。

 くっつき、戻り、体液が巡りだす。

 

 そしてその心臓は再び動き出す。

 

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