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「おい。出たか。どうだ? 今日はいい天気だろ? あ?」

 窓の脇には、日に焼けて所々にほつれがあるカーテンが寄せられている。日の光は穏やかに、余裕のある暖かさで古い家屋の室内を満たされている。外からは、年寄りの話し声がする。

 昔はもっとにぎやかだった。グランドで子供が走り回っているのも、生け垣越しにちらちら見えたものだ。

 点滴を腕に刺したまま、薄い布団の上にパジャマで横たわる息子の姿に父親は視線を戻した。おむつのストックはまだ十分あった。息子の下半身からパジャマをずり下げ、おむつを外し、新しいものと取り替えた。息子の目はカッと見開かれている。その視線は、先のある一点を捕らえたまま、全く動かない。

「おい。外は天気がいいぞ」

 父親は息子に一日一度は必ず目を合わせ、呼びかけるようにしている。その決まりも今やきわめて義務的に彼の中では守られている。息子の見開かれた目に、父親は今日も特段な動きを見出すことはできなかった。かといって、もはやその事にいちいち肩を落とすことはなかった。

 立ち上がって壁に掛けてある町民カレンダーに顔を寄せ、目を凝らした。

「ああ、今日は高知からともさんが来る日か」

 そう思った矢先に、外からは車が砂利を踏む音が聞こえた。砂利の音がとまり、ボッとドアを閉める音が一度鳴る。次に小さくザッザッと十回程砂利の音が鳴る。

「こんにちはー、定神在宅医療機器の坂城でーす」

「ああこんにちは。今日も遠くからありがとね」

 父親は坂城を部屋に招き入れ、息子の元に案内する。坂城は大きな体の割には俊敏な動作で、点滴を動かし続けるための機器を手際よく取り替えていく。

「ともさんとはもう長いね」

 父親は窓の外に向かってあぐらをかいたまま語り掛ける。

「そうですね。私が初めて芦田さんのお宅に伺ったのは確か私は二年目だったはずですよ」

 カツカツと金属やプラスチックの部品が当たる音がする。坂城が部品を組み替えている。

「いつだったか。ともさん帰ろうとしたらよ。台風で国道が通行止めんなって、しょうがねえからうちに泊まってってもらったなんて時もあったな」

「ははははは。それは三年目の時ですね。あんときは本当助かりました。しかも、集落から出れなくて仕事行けなかったからしばらくゆっくりできましたよ」

「ミキちゃんも元気かい」

「ええ、おかげさまで」

「何度か一緒に来てくれたっけな。最初っからともさんは尻に敷かれてたぞ。俺はよ、この二人はきっと結婚するだろって思ってたんだよ」

「結婚しちゃいました、はははは」

 勢いづけたかのようミシッと床が音を立てる。父親はその音を聞くと少し寂しげに振り返る。坂城が立ち上がっていた。

「終わりました。次はまた二週間後に伺います」

「ありがとう。ゆっくりしてっていいんだよ」

「こちらこそ。ゆっくりしていきたいんですが、次の訪問先も結構遠い所にあるんで、失礼させて頂きますよ。それじゃ」

「ありがとう、またよろしく」

 父親は、ゆっくりと窓の外に向き直る。生け垣の外をぼんやりと眺めていた。ふと、そこを走って行く息子の姿を思い浮かべた。

「四年生か」

 思い描いた時の息子の背丈が、丁度生け垣と同じ高さだったのを思い出した。息子の方を振り向き「おい、どうだ?」と一声かけた。

 振り返り、体を起こそうとしたがやめて、窓の外に向き直った。

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