第22話

 綿密な打ち合わせと準備の末に盛大に執り行われる婚約祝賀舞踏会。まさにその最中である。


 今日はリリアナとミリーは左右対になって王女フィリーネの近侍を務める。近衛を兼ねた侍女なので、ミリーも今日は女姿である。ミリーは王女付き内廷局員であり、護衛からお使い、近侍、はてはちょっとしたスパイ的な何やらまでも、とにかく主君に言いつけられたことは何でもやる。今日は女でと言われたら女姿である。エリートも大変だ。

 今日のミリーとリリアナはお揃いのドレスを身にまとい、仲良しの侍女二人組といった風貌である。シルクオーガンジーと繊細なシフォンの重ね仕立てのドレスは柔らかい印象で、動くたびに花びらのように揺れる。スクエアネックの控えめな胸元、パフスリーブと細身のウエストリボンで近侍らしい控えめな意匠でありながら仕立ての良さが見る側にも心地よい、清潔感のある装いである。

 今日は警備体制も万全に整っているし、会はまったく安全のうちに進行している。いざ有事となれば身を挺して王女を守る役目の二人だが、いまはいたって平和な時間が流れている。

 王女が動くごとにトレーンを整えて向きを直して広げる。何度かやっているうちに面白くなってきて、リリアナは緊張感の中にも満ち足りた気持ちで王女フィリーネの背中を見る。


 光を集め、輝きを放つ生ける宝石のような存在感。

 そのたたずまいはまさしく神話の絵巻から現れた女神のよう。

 アイボリーホワイトを基調に、陽光を封じ込めたようなサンストーン・ピンクの繊細な刺繍が流れるような蔓草模様を描く。主な生地は月繭シルク、バヤルスタン王国中西部にある地方都市の特産品である。揺れるたびに淡い虹彩の光沢が走る。裏地には薄く金糸を織り込んだオーガンジーが差し込まれ、角度によって金の霞が揺れるよう。

 胸元には雫型のクリスタルビジューが散りばめられ、刺繍にはローズゴールドの糸が使われ、細部にまで柔らかくも高貴さを感じさせる。


 ルミナシア・セレスティアを主花に、気高さと華やかさを感じさせる会場内の装花。相方のアイボリーピンクのピオニーはバヤルスタン王国東北山間部の地域限定で栽培される品種。 オールドローズのサンストーン・ピンク色が王女の衣装と一体感を演出し、会場全体の主役が誰なのかを示している。脇を固めるのはスターフラワー、デルフィニウム、アストランティア。


 祝祭の合間に、王女フィリーネが小さく嘆息する。隣の王太子が滑らかに気づかいを見せた。

「フィリーネ、疲れたかい?」

「とっくに疲れているわ。今朝何時に起きたか知ってる?」

「ああ、いますぐ抱きしめたい」


 リリアナは未だに王太子を前にすると緊張する。国家権威の権化であり、学院生活間には、顔は知っているものの遠い世界の存在で、何重もの壁で隔てられた向こう側に住む御方、という印象なのだ。

 が、リリアナも何度か見てきたが、王太子はまったくフィリーネにぞっこんである。フィリーネと一緒にいる時の王太子はとにかく甘く、周りに遠慮することなくフィリーネを賛美する。

 伝統的価値観はともかく、愛し合う二人としてリリアナもほほえましく見守る。


「はあ…」

「フィリーネ、少し下がるかい?」


 王女フィリーネは嘆息しつつも、口角を下げない。多方からいつ撮影されているか分からないので、くしゃみもおちおちできない。


「こんなの、なくていいのに」


 リリアナはぎょっとして耳を澄ます。フィリーネはだいぶ疲れているのだろうか、と。


「フィリーネ、着飾った君を見るのも私はけっこう幸せなのだけれど。」

「いくらでも愛でて構わなくってよ。準備に手間がかかっていることを承知の上でね。」

「フィリーネ」


 王太子は爽やかにフィリーネに微笑みかけ、軽く頬にキスをした。その瞬間にどこからかカメラのものらしきフラッシュが光る。まったく気が抜けない。フィリーネもよくわかっていて、ちゃんと小さなリアクションをする。王太子の頬を人差し指でつつき、ちょっと首を傾げて見せた。

 またフラッシュ。


「あなたが背負うものなのね、これが」


 フィリーネの言葉にリリアナははっとした。

 たった一歩二歩の立ち位置の差で、これほどに違う立場。

 王族の責任と伝統。国を背負う覚悟を、王女は言っているのだ。


「フィリーネ、愛しているんだ。隣にいてくれるかい。」

「しょうがないじゃない、好きになっちゃったんだから。」


 王太子はデレやすい。そしてそれがすぐ顔に出る。未来の為政者のために十分に施された教育は、愛の言葉への耐性までは育ててくれなかった。前を向きながらこの衆人環視の中でにやついた顔をしているところをしっかり記録に残されてしまう。これは王女のいたずらか。


「私が王太子じゃなかったら、好きにならなかった?」

「そもそも私からは近づいていないわね。」

「私はなんて幸運なんだ。」

「でも今は全部放り出して逃げちゃいたい気分。」

「フィリーネ、やはり廃嫡を願い出ようか?」

「いやよ、そうしたらサンヴァルメリアに帰らなきゃいけなくなるじゃない。」



 リリアナがこの流れのやり取りを聞くのは、実は初めてではない。軽い挨拶のように、時々お決まりの台詞をかけあうのだ。

 ふたりは「全てさらけ出す仲」なのである。

 リリアナもしばらく付き合いが長くなってから聞いたことだが、二人の馴れ初めは周知のとおり学院での王太子の劇的なひとめぼれである。しばらく交際する間に互いへの信頼を感じ始めていた二人は、お互いに建前を捨てて本音で話し合うことにした。これは素直にすごいとリリアナも思っている。


 王太子妃、ひいては王妃として責務をこなせる「適切な女性」を探していた王太子。

 自国から出たいが、適当な爵位ではサンヴァルメリアに帰国して婿養子にさせられてしまうので、「適切な男性」を探していた王女。


 だが二人はお互いを見つけた。

 それは二人にとって人生における、恐らく最も素晴らしいできごとなのだった。


 ちなみに初対面に若干の演出があり、それがミリーの差し金であることまで、後になって王太子には打ち明けられている。それで王太子がどうしたかというと、怒るどころかミリーに賞与を上乗せして昇爵しようとしたがミリーが公爵子息だったので叶わず、王女付きにして昇級させた。「最愛の女性は信頼できる相手じゃないと任せられない」そうだ。




「ダンスの前に肩が凝っちゃう。」

「フィリーネの肩は華奢だからなあ。」

 王女のトレーンは、結局時間の関係もあり取り外しタイプではなく裏側のリボンを穴に通して丈を上げられるようなデザインが採用された。トレーンをダンス用に整えている間に、王太子が人目も気にせず王女の肩をもむ。王女はちょっと照れてみせたり、小さく笑ったり。トレーンを整えている侍女2人にも、カメラの圧がひしひしと感じられた。

 フラッシュ、フラッシュ、フラッシュ。

 映像でもずっと録画されて、全国に生配信されている。翌日の新聞には、仲睦まじい二人の写真が大きく掲載されるのが予想される。





 華やかなワルツの調べ。

 大輪の花が開いては、くるくると円を描きながら入り乱れる。

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