第18話


 続く昼餐会も和やかな雰囲気のうちに散会。

 王女フィリーネの退席後、場所を移して二国間経済協力の覚書が交わされた。


「はぁー。お疲れさん!」


 オスカーの一声に、課の空気が一気に緩む。


「リリアナ…お疲れさま。」

「リリアナ、いい仕事ぶりだったじゃん。」

「レイナさん、アルフォンスさん、お疲れさまでした!」


 グレンとオスカーは、グレンお気に入りの椅子の修理の相談をしている。なんでも、ちょっと走らせたらキャリーが外れたとか。オスカーがカーブでスピードを出したといってグレンが文句を言っていた。

「もう新しいのにしよう?後継のシリーズあるからさ、ね?」

「この椅子がワシの相棒なんじゃぁ〜」



(滞りなくスケジュールをこなせてよかった)

 満足げに微笑むリリアナであった。





 


 さて、休日にミリーとリリアナは連れ立って書店へ来ている。

 最近の国際情勢について学びたいと思っていたリリアナは、休日すら一緒に過ごせないなんて耐えられないと婚約者に迫られ窮した末、双方の希望を叶える解決策として「一緒に買い物に行きましょう」と提案したのだった。


 つまりデートである。

 と、リリアナは思っている。

 のだが。


「ミリー、私もひと通り護身術は習ったし、そんなに心配しなくても大丈夫よ。あなたも見たいところを回ってきて?」

 

 気を遣ってそばを離れないのだろうと考え、あくまでリリアナとしては思いやりから出た一言であった。

 ミリーは内心、我ながらよくこの仕打ちに耐えていると思った。自分で言うのもなんだが女性ウケはそれなりに良い方なはずなのに、肝心の婚約者にはまるで相手にされていないように感じる。




 だが、焦ってまた不穏な雰囲気になるのは絶対に避けなければならない。


 ミリーは作戦を練ってから今日に挑んでいた。

 学生時代の経験から、リリアナが面倒見の良いことはよく知っている。甘えられたり頼りにされると、断れないのである。

 なので、努めて子犬のように愛想よく振る舞う。幼気いたいけで無害な子犬、無邪気に擦り寄って、撫でてと甘えた声で鳴いて首を傾げ。

 既に何度か醜態をさらしている。これ以上警戒されないよう、気を引き締めなければならない。




 自分でも、ここまでリリアナに執着していることに時々心底呆れる。


 涼やかな眼差し。

 凛とした佇まい。

 決して容易には懐に入らせない、高潔にして毅然とした態度。

 入学式直後に男姿のミリーが見た、ありし日のリリアナ。男を寄せ付けない。挨拶も堅苦しい。笑顔が冷たい。


(貴族令嬢なのに、かわいげがない)


 それが第一印象だった。『授業態度に支障なし。礼儀正しい。少々社交性に欠ける恐れ。』日報の最初のページにはそう記載した。

 このまま数日調査して素行にも問題なければ報告書を提出できる、それほど手間もかからず終わりそうだ。そう思っていた。

 それなのに。








 ミリーはなけなしの抗議として、リリアナのジャケットの裾を摘まむ。

「喉渇いたぁ…」


 リリアナは「しょうがないわね」とクスクス笑うと、手に抱えている数冊を購入するために歩き出す。ミリーはまた己れに呆れかえり、そして喜びに心震えた。



 書店を出て、ミリーは行き慣れているホテルのティールームへ入った。


 案内された室内は高い天井まで一面ガラス張りになっており、庭園の柔らかな色合いが心落ち着く空間である。席に着いて間もなく、周囲に大人のカップルが多いことに気がついたリリアナは、自分たちも周囲からはそう見えるのだろうかと、急に落ち着かない気分になった。

 何やら気恥ずかしくなり、肩をすぼめてこっそり嘆息した。


「リリアナ、疲れた?」

「ううん、大丈夫…」

 ここまで淀みなくエスコートされてきたことにも、正直にいえば意表を突かれてドギマギしている。男性にリードされるという経験に乏しいリリアナにとって、ミリーの振る舞いはスマートで紳士然として見えた。


 にこ、と邪気なく微笑まれ、リリアナもつられて微笑み返す。




 まるで学生の頃のようだ、とリリアナは感じた。今日のミリーは、ちゃんと節度を保って向かい側に座っている。というか、学生時代のやりたい放題よりずっと分別がある。

 私服姿は未だ見慣れていないし、男性であることには緊張してしまうのだけれど、こうして誠実な態度を見せられると不安も和らぐというものだ。


 取り止めもなくおしゃべりを楽しむ。たまにミリーが甘えたり、拗ねたりしてみせるのも、今日は可愛いと思えた。


 リリアナは穏やかな気分だった。最近の自分は、ミリーのことを全く知らない異性だと認識して困惑していた。でも私はミリーを知っているじゃないか、とリリアナは安心し始める。


 朗らかなミリー。誰にも優しく、明るく、お出かけが好き。ピクニックもよく誘われた。

 一緒にいると気分が上向く。一人でいると悲観的になりがちだった学生時代のリリアナは、ミリーのおかげで自分があるとつくづく思っていたし、それは今も変わらない。


 ただし、魚が苦手であることを巧妙に隠されていたのにはまったく驚かされた。プレートの中に鯛のブランダードのカナッペを見つけた。

「ミリー、これ美味しいわ。」

 するとミリーはにこっと笑う。

「僕の分も食べていいよ。」

 リリアナは知らない振りをしてにっこりと微笑み、カナッペを手に取ってミリーの口元へ差し出した。

「ミリーにも食べてほしい。」




 リリアナは、いたずらが成功して無邪気に笑った。なんだか最近はしてやられてばかりだと感じていたので、久しぶりにゲームに買った気分だった。

「ミリーのかわいいところ、好きよ。」

 ミリーはエルダーフラワーのスパークリング水でカナッペを流し込む。


 この何気ない一言に、ミリーはしばらく悩むことになる。

(かわいい、とは…?)







 さて、ミリーが行きつけのホテルを選んだのにはちゃんと理由がある。

 なにもデートスポットだからではない。少し離れて付き従っている護衛たちが仕事をしやすいよう、入館前にセキュリティチェックがある施設で、かつ見通しのいい店舗を選んでいる。

 フェルナンデス家の護衛とエルフィン家の護衛はもちろん既に互いを認識しているが、そこは教育の行き届いた使用人たちであるので素知らぬ振りを通し、自然と周囲に溶け込んでリリアナたちを見守っていた。





 その夜、ミリーは気心のしれた使用人たちからさんざん冷やかされた。

「あーんしてもらってたそうですね。」

「坊っちゃま、かわいらしいお付き合いでよろしゅうございます。」

「坊っちゃまが魚を食べたって、みんなびっくりしてますよぉ〜!」


「うるさいなぁ、もう!」


 やいのやいの言われてご立腹の主家子息に、執事はにっこりと微笑んだ。

「これからはリリアナ様に食べさせていただきましょう。」


 ぷんぷん怒ってみせるものの、それは悪くないアイディアだと気づいたミリーであった。

 




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