第9話
内廷局との会合のために、儀典接遇課一同揃って予約してあった会議室へ入室する。
と、そこで一同揃って敬礼するはめになった。
「ふふ、連絡もなしにごめんなさいね?私も同席したくって。」
鈴の音のような声がコロコロと笑う。王女フィリーネ・セフィ・ヴァルスティリアである。
「リリアナさん、ごきげんよう。」
「ごきげんよう、王女殿下。お目に掛かれて光栄です。」
(…?)
王女フィリーネは、リリアナをまじまじと観察する。どう見ても資料や会議に興味がある目ではない。
「ミリーから、よく聞いているわ。よーくね。」
「みりー…あっそういえばミリセントさんとお知り合いでしたね。」
リリアナは不意にミリーのことを思い出した。リリアナはまったく無意識であった。この何気なくとった仕草を嘆かれることになるのを、リリアナはまだ知らない。
「私、貴女と話してみたかったのです。」
王女の瞳がすっと深くなった。見定められる──そう感じてリリアナは佇まいを直した。この人は、ただのじゃれ合いで近づいてきたわけではない。噂に聞く限り知的で華やか、貴族社会の鑑ともてはやされる才色兼備である。
王女は友好的な微笑みをリリアナに注ぐ。
「仲良くしてね、リリアナ。」
「こちらこそ、御懇意に願えれば幸いでございます。」
落ち着きを取り戻して、リリアナは局員式に一礼した。
そして、礼を終え視線を上げて。
悲鳴を上げた。
「ひっ…!?」
リリアナはうっかりしていた。
王女殿下に注意を向けている間、そのほかの内廷局の面子に意識が行かなかったのである。王女殿下のすぐそばに侍っている内廷局員をも、『局員か近衛が立っている』程度の認識でこのやり取りを過ごした。
そして、とんでもなく昏い眼差しで自分を凝視する不穏な視線に気が付いたのであった。
「ミリー!?どうして」
王女が笑い出した。ミリーはガン極まりでリリアナを穴が開くほどに見つめている。
「リリアナ?ぼく、内廷局所属だけど。忘れてたよね?今の顔、絶対忘れてたね?」
ミリーの声はやけに静かだったが、鬼気迫るものがじわじわ漏れ出していた。
その隣で王女殿下はコロコロと楽しそうに笑っている。
「まぁまぁミリー、こんなにもさっぱり忘れられてたなんて、なかなか経験できないわね。目に焼きつけておくといいわ♡」
「殿下!?あの、ミリー、ごめんなさい、けして無視したつもりでは」
リリアナは慌てて両手を合わせ、必死に弁明する。
「いいんだ…リリアナが僕のこと気づいてくれなくても…でもさ」
そう言いつつ、ミリーの目の奥はしっかり根に持っている。
「『ぼくが近くにいる気配を感じる』とか、『魂で感じ取った』とか、そういうのはないのかなぁ…」
「ええ?ミリーったら、そんなラブコメみたいな展開は現実には起こらないわよ。」
王女殿下はついに笑い転げて椅子に腰を下ろした。
「ミリー、よく婚約できたわね!」
「殿下、お言葉ですがリリアナは僕の事すきですから!」
「ほんとにぃー?!あはは、あはははは!」
儀典接遇課一同、呆気に取られて立ち尽くした。
渦中のリリアナが、一番呆然としていた。
「お騒がせしました…」
会合後、リリアナは課のメンバーに頭を下げる。
「リリアナも…びっくりしてたの、おもしろかった…」
「レイナさん…」
「婚約者に忘れられとったらのお、そりゃあ必死にもなるじゃろて~。ふぉっふぉっふぉ。」
「グレンさん…忘れてたというか、ちょっと不意を突かれて」
「これに懲りたら、手紙の返事も出してやれば?」
「は、はい…」
アルフォンスに笑われて、リリアナはトホホと苦笑いした。ミリーが会合の終わりに泣きついてきたのである。退室間際にリリアナに詰め寄り「手紙の返事こないのなんで?ねえなんで?」と迫ったのだった。通常の壁ドンならばその後に甘い会話が続きそうなものだが、衆人環視の上に王女がにこにこ(ニタニタ)見守っている中、リリアナは必死に宥めすかしてなんとか逃亡してきたのだった。
オスカーもケラケラ笑う。
「俺がリリアナに一言話しかけるたびに俺の事睨んできてたぜ。ありゃあリリアナにぞっこんだな。」
「申し訳ありませんっ」
「リリアナも意外と小悪魔だなー婚約者を振り回すなんてな?」
「違います!ただちょっと忙しくて」
「忘れてたんだよな。ちょっとな。」
「今も昔も、仕事と恋の匙加減は難しいのぉ。」
「いい女は辛いねぇ。」
げらげら笑い飛ばされて、恥ずかしさでリリアナは顔から火が噴き出る心地だったが、レイナが呟いた一言に救われる。
「リリアナは…がんばってる…から」
オスカーたちもうんうんと頷き、リリアナは気持ちを立て直した。
「お仕事はちゃんとやりますので!」
「おう」
「さあやるかー」
「はあー内廷局の椅子もなかなかじゃったが、やっぱり相棒が恋しいわい」
不意の展開にどっと疲労は増したが、リリアナは気持ちを切り替えて会合の内容の清書に取り掛かった。
リリアナは没頭しやすい性質である。
残業にテンションが上がっていく中で、ミリーのことはまたもや頭の片隅に追いやられていった。帰宅後、ミリーから手紙が届いていたので中を確認すると、婚約後の両家の顔合わせはいつにするかというのと、次はいつ会えるかという内容だったのでリリアナはしばし悩み、現状を正直に伝えた。
『親愛なるミリー。今は婚約発表の準備でどうしても忙しいので、婚約発表の後がいいです。婚約発表までは休日にも出勤すると思います。終わったら一緒に食事でもいかがですか。リリアナより。』
リリアナは書き終えて封をしようとしたが、思い返して書き足した。
『追伸、働いている姿、素敵だったわ。』
ちょっと演技がかっているとは思ったものの、嘘はついていない。ミリーの端正な顔立ちは、内廷局員の制服にもよく似合っていた。会合中、頬を膨らませて拗ねたりちょっと瞬きしないで凝視されたりしていたけれど、顔が良ければサマになるものだとリリアナは他人事のように思い返していた。
私って面食いだったのかしら、とリリアナはちょっとだけ内省した。
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