第24話 式神契約

 「なぜこんなに呪いの効きが悪い。お前はまともに煙を喰らったはずだ」


 「そんなこと言われても…」


 露骨に魔女が狼狽えている。俺が老人にならずに、老化が青年程度で終わったことが想定外だったようだ。しかし呪いの効きが悪い理由なんて、俺自身も分からない。


 いやでもしかし、これと似たようなことなら前にもあった気がするな。


 「そういえば茨の魔女の呪いも俺だけ眠らなかったな…」


 これを聞いた魔女は「ほう」と言いながら、すごい目力で俺を睨みつけてきた。


 「そうか…お前がなのか。しかしだとしたら拍子抜けだな。その程度の実力では私が負けることはない」


 魔女は何か納得したようだが、俺にはさっぱりだ。俺が何者なのか知っている口ぶりだが…


 魔女が再び臨戦態勢に入り、巨大ウツボと巨大電気ウナギを伸ばしてきた。俺はすぐにこれを回避しようとする。


 しかし体が急成長したことで感覚が変わって上手くジャンプできず、その場で転倒してしまった。


 「しまった!」


 2匹の魚が俺に襲い掛かる。その瞬間、老化して倒れていた犬が起き上がり乙姫に飛び掛かった。


 「なに!?」


 油断していた乙姫は犬の体当たりを喰らい大きく飛ばされ、それに伴って俺を狙っていたウツボと電気ウナギの軌道も逸れた。魚たちは地面に噛みついて抉った。これが俺に当たっていたら終わっていたな。


 乙姫の眉がつり上がり、声を荒げる。


 「この獣風情が!」


 乙姫は手から無数のダツを放ち、犬の体が串刺しにされていく。そして俺の目の前まで飛ばされて力なく倒れる。


 「死にぞこないが調子に乗りよって」


 「ああ!犬…」


 犬は全身から血を流し、その白い毛を赤色に染めていた。玉手箱の煙での老化も相まって、これはもう助からない。老衰寸前に最期の力を振り絞って俺を助けてくれたのだ。


 「なんで…待機って言ったのに」


 犬との繋がりが解除された痕跡はない。犬はまだ俺の支配下にあり、俺の命令は絶対のはずだ。そもそも自死前提の行動は命令で強制できないという制約が俺の能力にはある。


 だがこいつは俺の命令を無視してまで俺の助けてくれた。なぜそこまでして。


 俺は倒れる犬と、前世で最期に助けた犬の姿が重なる。まさか…いや犬の前世とかは関係ない。今目の前で倒れているこいつが俺を救ってくれたんだ。


 するとようやくカリンがこの広間へと戻ってきた。俺の変わり果てた姿と犬とトキウラの惨状を見て驚いている。


 「モモ…だよね?それに犬たちも…」


 「残念ながらお前が亀と戦っている間にこっちも決着がついてしまったよ。さあ終わらせようか」


 乙姫がダツでカリンへの攻撃を開始する。カリンはシャボンで魚の軌道を逸らそうとしているが、ダツは先端が鋭くとがった魚のため上手くいかない。そこで彼女は杖で上手いこと攻撃を逸らしている。


 なんとかチャンスを作ろうと魔女の周りにシャボンを展開する。しかしそれと同時にカリンの元へフグが飛ばされてきた。フグはカリンの目の前まで来ると、体をカリンの上半身程の大きさにまで膨らませて、パンと爆音を鳴らしながら破裂した。


 「がっ…!」


 カリンはその棘と衝撃波をまともに喰らって吹き飛ばされる。


 その頃俺は死にゆく犬を見ていた。命令を無視してまで俺を助けてくれたこいつに、何かしてあげられることはないか。回復の緑団子ブーストはもう今日の分は使ってしまったし、黄団子シハイは多少の肉体強化の効果はあっても回復はできない。


 ダメだ。俺には何もできない。


 そのとき乙姫のカリンに話しかけるのが聞こえた。


 「亀と戦ってもう限界か。期待外れだ」


 亀…霊獣…


 ここで俺は、カニ使い戦のときにカリンに教わったことを思い出す。

 

 魂を結ぶ契約をして式神となった生物は霊体を持ち、本体と一心同体になる。


 「これだ!」

 

 犬を助けなおかつこの窮地を脱する方法を、俺が発現すべき新たな力を思い付く。


 俺はまだ能力を未設定だった小指に視線を移す。魔力を集中させて団子を作る。魂という概念が分からないから上手くいかないかもしれない。


 いや、前世で死んでその魂がこの世界に来て、そして転生を果たしたのだ。体という器が変わってもなお不変なもの。それが魂なんだろう。


 手探りで魂の概念を考え、団子に魔力を込めていく。


 団子が桃色に変わった。できた!

 俺はすぐに犬の口へこれを放り込む。



 乙姫が倒れるカリンの元へ歩み寄りながら、握り込んだ爪で傷をつけて手から血を流す。


 それをカリンの口に目掛けて垂らす。魚化能力を発動するつもりだ。乙姫の魔力が込められた血を飲むと、対象は魚に変えられて支配下に置かれてしまう。


 だがカリンの口にシャボンが展開され、血が口に入ることはなかった。カリンはいまだ闘志の消えぬ目で乙姫を睨みつける。


 「魚となって生きながらえるより死を選ぶか。天晴だな。では死ね」


 乙姫が足を上げてカリンを踏み殺そうとする。


 そのとき彼女たちの元へ、横から凄まじい勢いで火炎が迸る。乙姫はとっさに飛びのいてこれを回避した。髪と服の端が焦げる。カリンには当たっていない。


 「これはいったい?」


 乙姫がこの火炎の出所を探り辺りを見渡すと、モモクレスが彼女の方を見て立っていた。そしてその横には口に炎を溜めた犬がいる。あれが炎の原因だ。


 死にぞこないの犬と戦意を喪失した少年だと乙姫は油断していた。しかし犬は復活して少年は戦意を漲らせている。乙姫はすぐに状況を察した。


 「式神契約をしたのか!」


 モモクレスは自身に満ちた表情で犬に語り掛ける。


 「よしやるか犬…はなんかもう地味だな。これからお前は熾犬おきいぬだ」


 犬は口に溜めた炎を滾らせた。

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