第14話 モモクレスの過去⑧始まり

 「この通りに美味しい甘味処があるんですよ。行ってみましょう」


 「団子屋の娘がそんなこと言って大丈夫なの…競合他社でしょ」


 山姥の騒動から1か月が経った。俺はあれから毎週町へ下りて買い出しをするようになり、その度に団子屋のスイと一緒に遊んでいる。今日も今日とて賑やかな通りをブラブラと散策中だ。その際俺はある店を見つけた。


 「あ、これは…」


 「金物店がどうしたんですか」


 ここは俺が初めてこの町に来た時に通った、チカラにスリを働かれた通りだったのか。ここはそのスリをされたときに俺が買い物していた店だ。店員さんが足を止めた俺に気づいて話しかけてくる。


 「いらっしゃい。おや?あんたは確かひと月前にスリをされてた子だね。あれは災難だったね」


 「お久しぶりです。懐かしいです」

 

 「しかしまさかあの悪ガキが反省するとはね…」


 山姥の騒動があった翌日、チカラは衛兵詰め所に出頭した。そして罪の清算のために、なんと衛兵隊に加入して今では町の守護の任務に就いている。


 「山姥に会ったのがよっぽどこたえたんでしょうね」


 和尚に助けを求めるときに、もう悪さはしないと言っていたが、あれは本心だったわけだ。


 「そんなことがあったのかい!?よく生き延びたね。それで今日は何を買うんだい」


 雑談からすぐに商売の話になった。この店員さんは1か月前から変わりないようだ。俺は以前この店に来た時に、スリにあったせいで買えなかった商品を買うことにした。


 「この額当てをください」


 そう言いながら俺は銀貨を出す。するとその横へさらに同じ数の銀貨が現れた。スイが置いたようだ。


 「私も同じのを買います」


 「スイもいるの?別に戦わないでしょ」


 「せっかくだからモモ君をお揃いのを買っておこうと思って」


 「あんたたち仲がいいんだね。お嬢ちゃんは裏の団子屋の子だろう。あそこにはいつも世話になってるし、おまけしといてあげるよ」


 「やった!」


 「いいんですか。ありがとうございます」


 こうして俺たちは目当てのものをお得に手入れることができた。店を出るなり早速スイは額当てを装備している。


 「モモ君もつけてよ」

 

 「恥ずかしいんだけど…」


 年上の女の子と仲良くなれてまんざらでもない俺はニコニコしながら額当てを頭に巻く。これがリア充というものか。


 「いいねぇ。すごく似合ってますよ。あ、そうだ。お母さんに店に飾る用のお花を買ってくるよう頼まれてたんだ」


 「そうなの。じゃあ花屋に寄ってから帰ろうか」


 まだ夕暮れまで時間はあるが、山姥の件を反省して少し早めに帰ることにしている。なのでもうすぐスイとお別れの時間だ。


 そして帰ったらお爺さんの修行が始まる。町への買い出し中以外はあいかわらず修行だが、山姥の件以降はその時間が増えている。お爺さんは本気で俺を強くしようとしているようだ。山姥に襲われて死にかけた俺としても、もうあんな思いは二度としたくないので自衛できるだけの力は手に入れたい。


 和尚の餅の能力に影響を受けて、俺は団子の能力の調整をしている。和尚に助言を貰いにいったりして、団子の能力の改善をしようともしているがこれが中々上手くいかない。食べた対象を使役して、粘着性を活かして罠にして、硬度を上げて凶器にしてと、やりたいことが多すぎて難易度が上がっているのだ。出したい団子の種類の切り替えをもっと上手くできるようになればいいのだが。


 そんな厳しい修行の日々で、このスイとの買い出しが俺の唯一の癒しになっていた。


 花屋に駆け寄ったスイはしゃがんで花を選び始めた。


 「どれがいいかな~」


 俺と店員さんは楽しそうに花を物色するスイを微笑ましく見ている。


 しかしここで異変が起きる。店先の花がいきなり全て枯れだしたのだ。


 「え?なに!?」


 スイが慌てて立ち上がる。そして俺の背後から嫌なオーラが流れてきた。山姥と会った時のような、いやそれ以上の存在感。スイや店主さんたち非魔術師もこのオーラに気づいて怯えているようで、汗を流して呼吸を荒げている。俺は寒気を押し殺して、ゆっくりと後ろを振りむいた。


 道の先からゆっくりと一人の女性が歩いてきていた。黒いローブを身に纏い、ウェーブがかかった黒髪をした背の高い女性だ。山姥ではなく、普通の人間にしか見えない。


 しかし町の人々も、この女性の異様な雰囲気に気をされて後ずさりしながら道を開けていく。


 「そこの女の人!少し止まってもらえるか」


 一人の男がこの女性の元に駆け寄って声を掛けた。見覚えのある顔。チカラだった。衛兵の格好をしており、後ろからも他の衛兵が走って追ってきている。


 「町の人から異様な人がいると通報があったんだ。いくつか質問をしたいんだが…」


 どうやらチカラは衛兵として職務質問をしに来たようだ。真面目に働いているのだなと感心する。


 しかし魔女はこの質問を遮って一言、冷たい声で放った。


 「あなた…私の山姥ちゃんの匂いがするわね」


 チカラの目が見開く。彼はそれと同時に、衛兵に支給された腰の刀に手を伸ばす。しかし抜くことはできなかった。


 その前に女の足元から現れた太い1本の茨に吹き飛ばされたから。


 「き、きゃーーー!!」


 人々が混乱し逃げ始めた。


 「つ、捕まえろー!」


 衛兵に手を出したことで、この女を犯罪者認定した衛兵たちが一斉に襲い掛かる。


 「なんでいつも皆そうやって私に敵意を向けるの。私に向けていいのは愛だけよ」


 さらに複数の茨が現れ、衛兵たちを迎撃した。腹を貫かれたり、四肢を吹き飛ばされている。あまりに一方的で残酷な状況に頭が真っ白になり、思考が止まりかける。


 「モモ君…逃げよう」


 スイが俺の裾を掴んで話しかけてきたことで頭が働き出す。逃げるか。いや逃げ切れるのか。俺が戦ってスイが逃げる時間を稼ぐべきではないのか。悠長に考えている時間はない。衛兵が手も足もでないのなら、魔術を使える俺が戦うしかない。こういう時のためにお爺さんは俺に修行をつけてくれたのだろうから。


 「俺はここで時間を稼ぐから先に逃げてくれ。あと逃げるついでにさっき吹き飛ばされたチカラの安否も確認してあげてほしい」


 「ダメだよ。いくらモモ君が強くても死んじゃうよ。モモ君が残るなら私も」


 「バカなこと言うな!」


 「そっちがでしょ!」


 こんなことをしている場合ではないのに、スイは俺の言うことを聞いてくれない。そこで俺は魔術を使うことに決める。手の平から団子を出してスイの口へ放り込む。


 「むぐっ!これは…」


 「頑張って逃げて。チカラのことも頼んだよ」


 スイの操作に成功し、彼女は俺の命令に従って行動を開始した。喧嘩別れのようになってしまったが、また会えるといいな。


 憂いがなくなった俺は魔女の元へ向かう。





 「これだけの力…まさか魔女!」


 「よく分かったわね。もう少し早く気づいてたら逃げれたのに」


 俺は茨に押しつぶされそうになっていた衛兵を間一髪のところで救助した。死を前にして失禁してしまっている。


 しかしまさかこの女が、以前お爺さんが言及していた魔女だったとは。魔獣騒動の時に刃物を伸ばす能力を使っていた衛兵も近くですでに倒されている。茨を何本か切ることはできたが、魔女には届かなかったようだ。


 「あら、あなたからも山姥ちゃんの匂いが。でもその程度の魔力じゃあ、私が強化した彼女に勝てそうにないんだけど…」


 魔女は俺の品定めをしながら、地面から茨を生やして攻撃をしてくる。


 魔女は山姥より格上の存在。しかも俺より熟練の魔術師もあっけなく倒されている。まともにやり合ったら勝てない相手なのは明白だ。


 だが俺の能力なら勝機はある。奴が油断している序盤で一気に距離を詰めて団子を食わせる。


 俺は抱えた衛兵を端に置くと、地面の茨を回避しながら隙を伺う。茨は根元からしなりだし、それに伴って先端が襲ってくる。なので攻撃の軌道を読むのは難しくはない。


 魔女は集中させた魔力を足から地面へと送っている。

 しかしそれだけでなく、手にも魔力を集めているのが確認できた。手からも何かしらの攻撃があると警戒しておいた方がいいだろう。


 この観察力はこの1か月の修行で身につけたものだ。これが早速活きた。


 奴は恐らく距離を詰めらたとき用に手の魔力を温存している。つまり手の魔力は奥の手なわけだ。これさえかわすことができれば勝利が見える。


 俺はこの勝機をつかむため行動に移る。回避した茨を足場にしてジャンプをし、一気に魔女との距離を詰める。俺の動きに「ほう」と魔女が感心している。そしてそれと同時に手をこちらへ向けている。これがあるから余裕な態度なのだろう。


 だが俺はこの動きを見逃がさなかった。


 魔女の中指から細い茨が直線状に俺の腹目掛けて伸びてきた。俺はこれを体をのけぞらせて回避する。茨は俺の服をかすめながら後方に伸びていく。


 「見切った!魔女討ち取ったり…」


 グサ


 胸に違和感。視線を落とすと、俺の胸には茨の棘が深く刺さっていた。茨から棘も飛ばせるのか。でも全ての茨への警戒はしていたはずなんだが…


 「なんで…」


 こちらに向けられた魔女の手をよく見ると、茨が伸びる中指の他に人差し指も俺の方へ向いていた。棘はここから発射されたのか。指ごとで複数の能力を使ってくるのは想定外だった。


 「惜しかったわね。私が手元に魔力を集めているのが分かったところまでは凄かったのだけど」


 「そこまでバレて…」


 完敗だ。魔女の裏をかいてやろうという俺の思惑も全てこいつの手の平の上だった。わざと誘い込まれただけ。俺は遊ばれていただけだったのだ。


 先ほど避けた茨が俺を絡めとると、魔女の指の動きに連動してしなって建物へ叩きつけた。この一撃でもう俺の体は動かなくなる。


 もう魔女に挑む衛兵も残っていなかった。


 「さあ、あなたたちに永遠を与えてあげましょう」


 そういいながら魔女が両手を広げると、町中から巨大な茨が生えてきた。一帯から住民の悲鳴が聞こえる。しかし俺にこの状況を変えるだけの力は残っておらず、次第にその声も小さくなっていく。


 そして俺は強烈な睡魔に襲われ、そのまま抗えずに眠りに落ちる。魔女の高笑いだけが最後まで聞こえた。



 気づいたら俺は知らない部屋で寝ていた。体を起こすと、横には以前山姥に襲われたときにお世話になった和尚が座っていた。


 「おお、目覚めたか」


 「あれ?なんで和尚が…魔女は、町はどうなったの」


 「町は茨に飲まれたよ」


 眩暈がして視界がゆがむ。一瞬あれは夢だったのではないかと期待したが、残念ながら現実だったようだ。


 和尚に詳細を聞いてみたところ、町中の地面から大小様々な茨が生え、全ての住人が茨に飲まれた状態で仮死状態に陥っているらしい。死んではいないのが不幸中の幸いか。


 町にやってきた商人がこの異常事態を発見し隣町へ伝聞してくれ、そこから国お抱えの魔術師が調査にやってきたのだとか。


 「わしもその魔術師たちの同胞でな、この寺まで調査依頼が遅れてやってきた。そして町へ下りて、お前さんを見つけた。他の人間は茨に飲まれて識別ができなかったが、どういう訳かお前だけは昏睡状態になっていなかったんだ」


 「なんで俺だけ…ん?」


 視線を落とした俺は、自分が上半身裸であることに気づいた。そしてその胸、魔女に棘を刺された箇所に禍々しい筆跡で10という数字が浮かび上がっていることに気づいた。


 「これは?」


 俺の質問に和尚は淡白に「分からない」と言った。だがこのとき俺から少し視線を逸らした気がする。


 「本当は何か知ってるの?」


 「知らない。とにかく魔女のことは一旦忘れて、お前はこの寺でしばらく休んでなさい。お前のお爺さんたちもちょうど出かけてしまったからな」


 「なんでお爺さんたちがいなくなるのさ!お爺さんたちのおつかいで町に降りてたのに。何か隠してるんだろ!」


 「余計な詮索をするな。子供は何も気にしなくていいんだ」


 和尚は少し声を荒げると、そのまま部屋から出て行ってしまった。


 「ちっ、なんだよ。中身は大人なんだぞ。こんな目にあって気にするなって方が無理だろ」


 俺は布団から立ち上がり、部屋を出ていった和尚の後を追おうとする。だが扉が開かない。


 「ん、あれ?なんで開かないんだ」


 つっかえ棒があるわけでもなさそうなのだが。

 ここで俺はあることを思い出す。山姥戦のときに和尚は外壁を餅にして操作していた。そこから外壁は和尚の出した餅を加工して作られたものだと考察した。


 ではこの建物自体も和尚の餅でできているのではないか。それなら和尚の意思で扉を開かなくすることも可能だろう。


 「俺が余計なことをしないように、しばらく監禁するつもりか」


 だが俺は和尚が隠していることを問い詰めたい。そこで扉をこじ開けることにした。和尚は俺より遥かに格上の魔術師だが、寺全体に魔力を分散させているのなら、俺の力を一点集中させれば扉の一枚くらいは破れるかもしれない。


 俺は人差し指に魔力を集中させる。今までは手のひら一つで様々な効果の団子を使い分けようとして上手くいかなかった。


 だが魔女が人差し指と中指で別の能力を使い分けているのを見て思いついた。あらかじめ指ごとに別の能力を設定する条件を課せば、以前よりも難易度は下がるはずだ。


 俺は人差し指から団子を出し、そこへ生物操作の効果を付与せず、ただ硬くなるように加工する。そしてそれを扉に向けて射出した。バキッと音を立てて扉の端を貫通する。


 「よし!これなら破壊できるぞ」


 俺は扉の端に団子を撃ち込みまくり、扉の固定を解除することができた。災害をもたらし俺に怪我を負わせた魔女の力が、俺の能力向上のヒントになるとは皮肉なものだな。


 俺は和尚の後を追おうとするがここで問題が生じる。俺が寝ていた部屋は離れだったの、扉の外は庭だった。しかし曇りで月あかりがないため、全く遠くまで見通せない。これでは和尚を追えない。


 そこで俺は森の方向へ向けて団子を撃ちまくった。するとほどなくして、森から1匹の鳥が飛んできた。フクロウだ。夜行性の鳥なら団子に反応して食べてくれると思ったが、成功したようだ。


 「よく来てくれた。坊主頭の老人を探してきてくれ」


 フクロウは俺の指示に従って飛び立ち、すぐに戻ってきて案内を始めた。夜目が効かないので、目の前を飛ぶフクロウだけが目印だ。


 いくつか建物の角を曲がると明かりが見えた。和尚と若い男の人が話していた。俺はそれに聞き耳を立てる。


 「もう拠点に帰るのか」


 「ああ、後のことはカリンたち後輩に任せる。といってもやれることはほとんどないと思うが」


 あれが国お抱えの魔術師とやらなのか。町の扱いについての話し合いをしている。


 「しかしあの少年も可哀そうだな。あの歳で魔女の呪いをかけられるとは」


 「死の呪いか。あと10年で死ぬなんて、わしの口からは言えんかったわ」


 は?余命10年の呪い?まさか可哀そうな少年って俺のことか。

 そういえば棘を刺された胸に10という数字が浮かび上がっていた。まさかあれが。


 俺は目の前が真っ暗になって倒れかけるが、なんとか壁にもたれかかって転倒は防ぎ、和尚たちにバレずに済んだ。なんとか気持ちを落ち着けて、俺はこの場を後にした。


 そしてその足でそのまま外壁を越えると、森を駆けた。雲が晴れ月明かりが出てくる。俺は気分が悪くなり木の麓で吐いた。これからどうしたらいいんだ。答えはすぐに出た。


 「強くなるしかない。そして魔女に呪いを解かせるんだ」


 俺の命のためにも。仮死状態となっている町の人たちのためにも。


 こうして俺は和尚の寺を後にして、一人で森での修行を始めた。



 「そんなことがあったんだ。私も国家魔術師としてあの町の調査には行っていたんだけど、まさかその生き残りがいたなんてね」


 俺の話を聞き終わったカリンはそう言いながら、俺の手を握りしめていた。彼女なりに慰めようとしてくれているのだろうか。


 「それにしてもそれから2年間もずっと森で一人っきりで修行してたなんて凄いね」


 「いや全然一人じゃなかった。団子の材料にするために米を食べる必要があるから、定期的に寺に行って米を恵んでもらってた。あとその時に修行の助言とかも和尚に貰ってた」


 「あ、思ってたより他人の力も借りてたんだ」


 流石に一人で完全サバイバルをするのは難しかったのだ。寺で修行僧たちがしている修行は、俺がお爺さんからすでに習った基礎的なことばかりだったので、寺の門下生になることはしなかったが、和尚には定期的に力を貸してもらっていた。俺が自力で扉を壊した知ると、それ以上俺に何かを強制しようとすることはなかった。


 「まあ人の力は頼らないとね。私の力も存分に頼ってよ。そのために仲間になったんだから」


 「…うん」


 カリンが頼りになることを言ってくれる。俺もカリンのために頑張ろうと思った。


 こうして俺の過去の話をしている内に、俺たちはようやく、祭りで騒がしい山の麓の町へ到着した。

 

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