第3話 匂いの追跡

 犬は触手の匂いを嗅ぐと、その匂いの痕跡を周囲から見つけ出してそれを辿り始めた。俺とカリンは駆け足でその後ろをついていく。


 「よしいいぞ犬!頑張って追跡しろよ」


 「ねえその犬って呼び方はあんまりじゃない?名前を付けてあげないの」


 俺の犬の呼び方に対してカリンが文句を言ってきた。


 「でも1週間でこの操作は解けちゃうから、つけるだけ無駄かなって。愛着が湧きすぎるとお別れが寂しいし」


 「だって。薄情なご主人様だね、ポチョリヌス」


 「おい変な名前をつけるな。犬は犬でいいの」


 ポチョリヌスと呼ばないと反応してくれないとなったら、戦闘中にポチョリヌスと叫んで指示を出さないといけなくなる。それだけは勘弁だ。せめてもっとマシな名前がいい。


 幸いカリンはこれ以上の追及と命名は諦めてくれたようだ。俺をからかいたかっただけか。


 「それにしてもモモの能力は便利だねぇ。硬い球として射出するだけじゃなくて、動物の操作もできるんだ」


 「というか操作が基本なんだけどね。食べると動物を操れる団子を作り出す。これが最初にできるようになった能力」


 「なんでそんな能力にしたの!変なの」


 「変なのって言うな」


 これも全て師匠であり育ての親であるお爺さんが悪い。

 俺は転生して桃から生まれ、お爺さんとお婆さんに拾われて育てられた。それこそまるで日本の御伽噺の桃太郎のように。


 そうして幼い頃からお爺さんに魔術の基礎を教わって、ようやく固有能力を作ろうという段階になって、お爺さんがあるアドバイスをしてきたのだ。


 『能力は直感でパッと思いついたものにしなさい。それが自分に一番合うから』


 それで自分を桃太郎みたいな境遇だと思っていた俺は、キビ団子の能力を開発することに決まってしまったのである。


 「俺もカリンみたいに派手な能力にしたかった…」


 「た、他人の能力はどれも羨ましく思えるものだから、そんな気にしないほうがいいよ」


 悲しげな声で訴える俺をカリンが慰めてくる。


 「それにそのモモの能力は今もこうやって私たちの活動にちゃんと活きてるわけだし。モモまでシャボンの能力になったら、一緒に戦う意味がなくなっちゃうよ」


 「それもそうか。じゃあ脳筋のカリンのためにも、俺が頑張って追跡をするね」


 「あれ急に棘のある言い方。あ、そういえばモモの操作の能力についてなんだけど…」


 こうして話をしながら走っていると俺たちは森を出て開けた場所に出た。村が広がっている。


 「こんなところに村があったなんて。地図には記載されてなかったんだけどな。山姥に襲われた気配はないけど。人の気配もないね」


 まだ昼過ぎだというのに人の姿が見えない。森に住んでいる村人なら昼間に狩りに出ることもあるだろうが、村に子供も老人も見当たらないのはおかしい。異常事態だと思っていいだろう。


 「犬。この村のどこから触手と同じ匂いがするんだ?」


 山姥に埋め込まれていた触手はカリンがシャボンに包んで持ってきている。再びそれを犬に嗅がせてより細かい追跡を命じる。


 『クーン』


 だが犬は申し訳なさそうに声を出しながらトボトボ戻ってくるだけだった。


 「あれ?匂いが分からなくなっちゃの?」


 「カリンのシャボン玉で触手の匂いが洗浄されちゃったんじゃないの」


 「そんなはずないんだけどな」


 これ以上の犬での追跡は無理そうなので、村人を驚かせる恐れがある犬は村の外周で待機させ、俺たちは一先ず村の中へ入ってみることにした。


 「何かあったらすぐ駆けつけてな」


 『ワンッ!』


 指示を出しておくことも忘れない。村には20軒ほどの家屋があり、その周囲には畑がある。しかし人の気配はない。


 「村の人はどこに行ったんだろうな」


 「まずそもそも、やっぱりこんなところに村があった記憶がないんだけど…」


 そこへ家屋の裏から一人の小太りなお爺さんが突然現れて話しかけてきた。


 「おやおや旅の人ですかな」


 「よかった。全く人がいないってわけじゃなかったんだ。俺たち国家…」


 俺が自分の身元と目的を話そうとしたところでカリンが身を乗り出して制止してきた。そして彼女が代わりに話をしだす。


 「近くの村の住民なんだけど、山姥に襲われて逃げてきたんです。この村は山姥は来てないんですか」


 どうやらカリンは身元を隠して話を進めるつもりのようだ。このお爺さんを怪しんでいるのか。


 「ここには山姥はまだ来てないですよ。もっとも村長の私以外の住民は、最近の山姥たちの活発化を恐れて町まで避難してしまいましたがね」


 怪しいことは言っていない気がするが、カリンの目にはどう写っているのだろうか。


 「村長さんも大変ですね。そうだモモ。お爺さんも一人でご飯とか大変だろうし、団子をおすそ分けしてあげて」


 「え?うん、いいけど」


 これは匂いの追跡中に打ち合わせをしていた内容だ。



 カリンに俺の操作能力について聞かれた俺は詳しく説明をした。


 「あ、そういえばモモの操作の能力についてなんだけど、これってどんな生物にも効くの?」


 「俺の”支配の黄団子チャームボール”食べた脊椎動物を操る能力で、虫とかには反応しないんだ。山姥には効かなかったから、あれは脊椎がない個体なんだろうね。死後砂になって朽ちたし、普通の生物ですらないんだと思う」


 「なるほど脊椎ね…」


 カリンは少し考えた後に核心をつく質問をした。


 「じゃあ人間にも効くの」


 「食べれば効く。知能が高くて操作が難しいからか、他の動物みたいに1週間とはいかないけど、数分から1時間くらいはもつかな」


 「え、試したことあるんだ…」


 カリンにドン引きされたので、慌てて俺は修行のときにお爺さんが実験台になってくれたと説明した。決して女の子に食べさせてムフフなことをしようとしたとか、そういったことは断じてない。


 いや過去に幼馴染の女の子に食べさせたことはあるが、あれも決して不純な動機ではない。面倒だからこの話はしない方が無難だろう。


 カリンは俺のこの能力を聞いて、ある作戦を提案してきた。


 「じゃあこれからもし怪しい人間がいたら、とりあえず団子を食べさせて操作する方向性で行こう。判断は私がするから」


 「結構積極的に使っていくんだ。危うい能力なんだけど。間違って一般市民に使ったら問題じゃないの。副作用が出ない保障とかないんだけど」


 「大丈夫大丈夫ー」



 カリンはこのお爺さんに団子を食べさせて操作しろといってきた。一般人だったら問題だが、カリンにはこのお爺さんを怪しむ確信ができたのだろう。


 俺はカリンの判断を信じることにした。


 いつも近所の寺で恵んでもらっている握り飯を包む用の草をポケットから取り出して、まるでそこから取り出しているかのように団子を生成してみせる。


 「はいどうぞ」


 「おやおや、よくできた弟さんだね。実は私は団子は大好物でね。ありがたくいただく…」


 俺の団子に触れた瞬間に、お爺さんの表情がこわばった。それを見たカリンが急き立てる。


 「どうしたの。どうぞ食べて」


 それでもお爺さんは団子を口元へ運ぼうとしない。


 「お爺さんはさっき『山姥たち』って言ったよね。でも山姥がこの地域に複数体いるなんて私でもさっき気づいたことなんだよ」


 「なるほど。普通は山姥が複数体で連携するなんて考えないから、それでカリンはお爺さんを怪しんだんだ」


 山姥が複数体辺りにいると知っているのは、複数の山姥を操る黒幕だけと。


 お爺さんはカリンを睨みつけて話し出した。


 「この団子は魔術で作ったものだな。わしを何らかの術にはめようとしたんだろうが、そうはいかんぞ!」


 魔術師には俺の団子が魔術で作られたものだと判別できる。山姥を操っていた魔術師だと判断していいだろう。お爺さんは俺の団子を握りつぶしてカリン目掛けて投げるも、カリンはそれをひょいと躱す。


 「やはりお前も魔術師か。お前を逮捕する」


 カリンが武器を構えた次の瞬間にお爺さんがニヤリと笑った。


 「へへっ。やれるもんならやってみな」


 すると周囲の地面がうねりだして壁のように上に伸び出した。そして俺たちを包み込むように落っこちてくる。


 「なっ!」


 判断が遅れる俺の手をカリンが引っ張り手繰り寄せると、足元にシャボン玉を発生させて、それをトランポリンのようにしてこの包囲攻撃から脱した。


 そして空中でカリンは再度杖からシャボン玉を生成すると、俺たちはその上に乗って浮遊した。


 「危なかった。ありがとう」


 「見てあの攻撃」


 カリンに言われて地面の攻撃を再度よく確認してみると、うねっていたのは地面ではなかった。地面に擬態していた肉。あれは山姥に埋め込まれていた触手と同じものだ。村の地面も建物も、全てうねうねと変形してこの肉に変わっていく。


 「犬はあれ以上追跡ができなくなったんじゃなくて、追跡はもう終わってたのか。村自体があの爺さんの魔術の肉だったんだ」


 地上に立つお爺さんがこちらを見上げながら話しかけてくる。その爺さんの頬から肉は生成されているようだ。


 「魔女様の敬虔なる下部、こぶ取りの翁。我らに仇なす国家魔術師を排除する」


 お爺さんがそう宣告した。

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