桃から生まれた転生者~団子魔術を駆使するテイマーは童話のような異世界で悪しき魔女を討つ旅をする~

にんじん漢@YouTubeもしものアニメ

第1話 出会い

 ここは深い森の中。俺の正面には、俺より一回り大きい熊がいる。その熊が俺へ目掛けて突進を開始した。


 「おら来いや!」


 『ガ、ガウ…!』


 熊の突進を俺は正面から受け止めた。そしてそのまま熊の体を掴み、後ろへと投げ飛ばした。


 「おりゃっ!」


 『ガッ!?』


 熊が大きな音を立てて背中から着地する。


 「やっぱり近接戦闘は苦手だな。これは本当に最後の手段だ。あ、修行相手ありがとう。はい、これご褒美ね」


 ヨロヨロと立ち上がった熊に団子を与えると、熊はそれを食べて立ち去っていった。


 実は俺は別に熊に襲われていたわけではなく、熊に修行相手になってもらっていただけなのだ。


 「熊相手の修行じゃあ物足りなくなってきたな。18歳になるまでにもっと強くならないといけないんだけど。このままじゃに勝てない。ん?あれは…」


 今の修行の反省をしていると、俺は遠くの森から煙が上がっているのを発見した。


 「山火事か?」


 俺は現場へ向けて駆け出した。この森に数年間住んでいるが、今までに山火事が自然発生したことはない。となると、おそらくあれは外からやってきた何者かの仕業だろう。


 「森に悪さする輩は懲らしめてやらないとな」


 こうして俺はすぐさま火元へと駆けつけた。その俺の目に飛び込んできたのは、原付ほどの大きさの白い犬だ。


 その口には火のついた巨大な松明を咥えており、その炎が森中に広がっているようだ。


 「動物が松明を使って山火事を起こしてる!?どういう状況だ。犬のくせに器用すぎるだろ。それかもしや誰かに操られてるのか」


 状況を整理している俺を、狂犬が視界に捉えた。グルルと唸り声をあげてこちらへジリジリと歩み寄ってくる。


 「お、やんのか!」


 俺が叫ぶと同時に狂犬がとびかかってきた。


 『ガルルッ!』


 「!?早っ」


 先ほどの熊以上の突撃速度、それと松明の炎があるため正面から受けるのは無理だと判断した。


 ゆえに俺はとっさに狂犬の突撃を横方向に回避して奴の後方へと回り込んで距離をとる。


 そして右手を前に出すと、その薬指へと魔力を集中させる。


 「これでも食らえ!【支配の黄団子チャームボール】!」


 俺の薬指の先端から球状に魔力が放出され、それが実体を持った団子となって狂犬の口の中へと飛んでいった。


 『グゥッ!?』


 突然口の中に異物を放り込まれて戸惑い身震いをし出した狂犬だが、次の瞬間にはその動きを止めて大人しくなった。


 「松明を咥えてたからどうかと思ったけど、なんとか食べたみたいだな」


 俺は動きを止めた狂犬の元へ歩み寄り、声を張って指示を出す。


 「おすわり!」


 俺の指示を理解して狂犬が俺の方へ向き直りながらおすわりをする。


 「よし…操作も相変わらず完璧だ。修行の成果だな」


 これがこの俺モモクレスの能力。指先から団子を生成し、それを食べた生物を操ることができる。あらかじめ団子に命令を込めておけば、操った生物はその通りの行動をする。今は制止の命令を込めておいた。


 ただし後から別の行動をしてほしくなった場合は声での指示を出す必要がある。遠隔での強制操作は不可能だ。


 日本で死に、なぜか異世界へ転生して桃から生まれた俺が、10歳になるこの年まで修行し続けて得た能力だ。


 「じゃあ松明を吐いて」


 しかしこの指示には狂犬が反応しない。『クウーン』と悲しそうな声を出すだけである。


 「あれおかしいな…ん?」


 よく見てみると口には紐を巻き付けられて松明を固定されていたようだ。それで自分では外せなくて困っていたのだろう。


 「自分の意思で森に火をつけてたわけじゃなかったんだな。こんな酷いことをする人間がいるだなんて。ちょっと待ってろ。魔力で指を強化すれば引きちぎれるかな」


 犬の口の拘束を解こうとしたところで、俺はあることに気づいた。この口に巻きついた紐はただの紐ではなく、ミミズのように動いていた。


 「これは…触手か?誰かの魔力か。これで調教されてたのか」


 触手は思ったより硬くてなかなか引きちぎれない。しかしそこへ頭上から火の粉が落ちてきて、その紐を焼き切った。おかげで簡単に紐を外すことができた。


 「お、よかったな。偶然上から降ってきた火の粉が紐を焼いてくれたぞ。ん?火の粉?」


 俺は慌てて頭上を見ると、周囲全体の木々に火が大きく燃え広がっていた。そういえば犬ではなくて、山火事の対処をするためにここに駆けつけたんだった。


 「しまった!こっちの対処を忘れてた!おい犬!この火をなんとしろ!」


 『クウーン』


 またもや悲しそうな声を出す犬。さすがにこの指示はパワハラだったか。でも俺の能力じゃあ火を消すとかできないしな。これは困ったことになった。


 俺がパニックに陥ってあたふたしていると、木々の隙間をかき分けて、バランスボール大の無数のシャボン玉が飛んできた。


 「?これは一体…」


 そしてそのシャボン玉は散開すると、優しく森中の火を包み込んだ。シャボンの中でも火は燃えるが、酸素の供給が途絶えたために次第に火は消えていく。こうしてあっという間に周囲の火事は鎮火した。


 「誰かの魔術か。一体この森で何が起きてるんだ」


 俺はこの騒動の真相を確かめることにした。


 「犬。この匂いを追跡して」


 俺は犬へ触手の匂いを追跡する指示を出した。犬は触手をくんくんと嗅ぐと、すぐさま森の奥へ駆け出した。風向きの関係かシャボン玉が飛んできた方向とは少しずれていた。犬に案内させて正解だったな。


 少し走ると、進行方向からベキベキと木が倒れる音が聞こえてきた。


 目的地へたどり着いた俺たちの目の前では、森の木が大量になぎ倒されて、どれも焼け焦げていた。そしてその真ん中には相対する二人の女性がいた。


 一人は紺色のショートヘアをした着物の女性。その手には先端に輪っかのついた杖を持っており、その輪からシャボン玉が放出されている。彼女が火事を鎮火してくれた人か。


 そしてその彼女と相対する生物が問題だ。

 そいつは太った醜い容姿をしている。髪はボサボサで、服はよれよれ。そして口からは長い舌ベロを伸ばしている。直径30センチほどで、長さは数十メートルは伸びている。


 あれは人間ではない。


 「山姥か…」


 俺の声に山姥が気づく向きを変えた。それを見て紺髪の女性が慌てて声を上げる。


 「こんなところに人が!?早く逃げて!」


 山姥は俺へ向けて大蛇のような舌を伸ばしてきた。狙っているのは胴体か。当たれば容易に風穴が空くだろう。だがそれはあくまで当たればの話。


 俺は先ほど犬の突撃を避けたのと同じように横方向に回避すると、一気に猛スピードで山姥との距離を詰めた。


 「「なっ!?」」


 山姥も紺髪の女性も想定外のことだったようで驚いている。そして俺はある程度山姥に近づいたところで、右手へ魔力を集中させる。


 「魔術師!?」


 紺髪の女性は俺が山姥を攻撃しようとしていることに気づいて、大きく後ろに跳んで斜線から外れた。そして俺は奴の口の中を目掛けて再び”支配の黄団子チャームボール”を射出した。


 しかし舌ベロが邪魔をして口の中へ入れることはできなかった。


 「ちくしょう、やっぱ無理か」


 「また新手か。食料のくせに小賢しいね」


 山姥が団子が当たった場所を手で撫でながら喋りかけてきた。舌ベロを口の中へと収納して、こちらの様子を伺っている。


 山姥の意識が完全にこちらへ向き、ニタニタと笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。そして倒れた木々の山に乗ったところで、紺髪の女性が指パッチンをした。それと同時にパンッという破裂音がし、木の山が崩れて山姥が後ろに転げ落ちていった。


 「ぎゃーーー!!」


 「何をしてるんだあの生物は…」


 あの音はおそらく彼女のシャボン玉が爆ぜた音だろう。木が倒れる前にシャボン玉を設置しておき、シャボンが割れたことで上の木が崩壊して罠として機能したということかな。


 紺髪の女性が俺の横にやってきて軽い自己紹介と状況説明をしてくる。


 「私は国家魔術師のカリン。あいつの討伐をしにきてるんだ。腕のいい魔術師だと見込んで頼みがあるんだけど、あの子たちを保護しながら安全な場所まで逃げてくれないかな」

 

 国家魔術師とはこのモノノフの国の治安を維持するエリート集団だったか。それが魔術を使う人類の敵である山姥の退治をする任務をしているところなのだと。


 彼女が指した方向には一か所にまとまって怯えている、5人の少年少女がいた。


 この5人を守りつつ、山火事を抑え、その上で山姥と戦っていたのか。かなりの達人だな。


 俺は状況をよく考えてからカリンさんへの返答をする。


 「その依頼は受けれないかな」


 「え…」


 「能力的にカリンさん子供の保護と鎮火をした方がいいと思う。だから山姥は俺一人に任せて!」


 「え、そこまではお願いしてないんだけど!市民を戦わせるわけには…ってねえ!聞いてるの!」

 

 俺はカリンさんの制止を無視して、山姥の元へと駆けつける。ちょうど山姥も起き上がって臨戦態勢をとったところだった。


 「ちょこざいな人間どもだね」


 今は山姥の舌ベロが引っ込んでいる。俺はこれを好機と捉えて、再び奴の口に向けてキビ団子を射出した。キビ団子は俺の狙い通りに山姥の口へ入っていった。


 だが…


 「なんだいこの美味い団子は?ふざけた能力だね。まさかこんなので許してもらえると思ってるんじゃないだろうね」


 「あれ?効かないのか」


 俺の能力は脊椎生物全般に作用するはずだ。それが効かないとなると山姥には脊椎がないのだろうか。普通の生物ではないことはたしかだ。


 「それなら作戦変更だ。犬!これを食え」


 俺は犬に再び団子を食べさせた。命令を込めた団子を再度食べさせることで、口頭での伝達の手間をなくす魂胆だ。


 「何をよそ見してんだい!」


 山姥が俺に向けて舌ベロを伸ばしてきた。俺も犬もなんとかこれを避けることに成功する。外れた舌ベロは後ろにあった木をそのままなぎ倒していった。やはりまともに当たったら上下別々になっちゃうな。


 山姥の舌ベロは直線上だけでなく、軌道を自在に変えれるようで、進路を変えて俺を追尾してくる。


 俺はこの舌の猛攻を避けながら空を飛ぶ鳥の群れに団子を撃ち込んだ。込めた命令は攪乱。この団子を食べた鳥が山姥の目の前にたかって視界の妨害を始めた。だが山姥はそれにひるむことなく、手で鳥を振り払いながら俺に近づいてくる。


 「なるほど。動物を操作する能力か。だがどれだけ動物を操っても、私を操作できないんじゃ勝ち目はない、おっ!」


 喋りながら俺に接近していた山姥が突然足をもたつかせて転倒した。


 「?なんだいこれは」


 山姥の足裏には白い団子が付着して、ゴキブリホイホイのように地面と接着していた。もちろん俺の能力だ。先ほど鳥に食わせるために上空に団子を打ち上げた際、山姥の視線が上に向いていた隙をついて仕込んでおいた。


 「”悪戯の白団子トリックボール”だよ。ぷーくす。見下してた俺の能力でこけるなんてダサすぎませんか」


 「舐めんなよ!人間!」


 俺に煽られた山姥は力づくで周囲の地面ごと足を持ち上げて、再び歩き始めた。そして俺に向けて再び先ほどの舌ベロ攻撃を伸ばそうとする。


 だがこの攻撃の隙を、先ほど団子で指示を出しておいた犬が見逃さない。犬に横から体当たりされた山姥は体勢を崩し、舌ベロの軌道がかろうじて俺から逸れた。


 そして舌を出し切り、足元もおぼつかなくなった隙だらけの山姥へ、俺は止めの一撃を放つ。


 「”破壊の黒団子ボールバレット”!」


 魔力を集中させた人差し指を山姥へ向けると、その先端から黒い団子が生成される。十分に回転した黒団子は、弾丸のようなスピードで射出されて山姥の頭を貫いた。


 「なっ!そんな馬鹿な…」


 頭を貫かれた山姥は力なく倒れ、そのまま砂のように崩れていった。やはり普通の生物ではないのか。


 「よし。山姥相手でもなんとか戦えるな」


 俺は自分の修行の成果を確信して胸を張る。


 「ちょっと!」


 後ろから頭を叩かれた。カリンさんだ。


 「いたっ!なんなの」


 「危ないでしょ!山姥に一人で挑むなんて」


 「あ、はい。すみません」


 「でも助かったよ。ありがとう。おかげで子供たちも森もなんとか無事だったし」


 俺が山姥と戦っている間に、カリンさんはシャボンでの山火事の消化を終えていたようだ。もう手遅れなほど火が広がっていたが、あれを一人で鎮火してしまったのか。これが国家魔術師か。


 「まだ根っこの方は火が残ってるかもしれないけど、雨がふりそうだし大丈夫かな」


 子供たちも山姥を前にして生き延びた喜びを分かち合っている。


 「みんなが無事でよかったですね」


 「ふむ…やはり強さだけでなく人柄もいいね。どうだろう。国家魔術師である私の部隊に入ってみない?」


 なんか勧誘された。事件解決の余韻に浸っているのに唐突に妙な提案をしてくるものだ。


 俺の反応を無視してカリンさんは自慢げにこの勧誘の説明を始めている。


 「国家魔術師は国を守る名誉な仕事なんだけど、試験が厳しいのもあって人手不足なんだよ。それである程度歴を積んだ国家魔術師は外部に自分の私設隊を持つことがあるんだ。君にはぜひ私の隊の第一隊員になってもらいたい。もちろん報酬とかは弾むから、断る理由が…」


 「お断りします」


 「ええ!?」


 俺が断るとは想定すらしていなかったようだ。


 「なんでよ。一緒に戦おうよ」


 「ごめんなさい。僕にはやるべきことがあるので、それじゃ」


 俺は彼女に説明すると踵を返して帰路につく。俺は奴らを倒すために、引き続き修行をしないといけないのだ。


 「ちぇー。君ほどの強さなら私の隊魔女特化部隊にふさわしいと思ったんだけどな」


 「…今なんて?」


 俺は足を止めて彼女に聞き返す。


 「隊魔女特化部隊?」


 俺は再び反転するとカリンさんの元まで戻り、彼女の手を引っ張り上げて握手をした。


 「そういうことなら早く言ってくださいよ。国家魔術師って魔女退治もしてたんですね。実は俺も魔女退治を目指してて!」


 「じゃ、じゃあつまり入隊してくれるってこと?」


 「もちろんですよ。これからお願いします」


 こうして俺は国家魔術師カリンさんの私設隊に入隊した。俺は子供のころから魔女を倒すべく修行してきたのだ。この機会を逃すべきではないだろう。


 「そういえば名前をまだ聞いてなかったね」


 「モモクレス。育ての親がつけてくれました」


 「いい名前だね。ちなみにモモはなんで魔女退治をしたいの」


 勧誘してきたくせに面接みたいことが始まった。俺は質問に対して正直に答える。


 「実は子供の頃に、18歳で死ぬ呪いを魔女にかけられちゃって」


 「思ったよりも重い事情!そうか。じゃあ動機も十分だし、なおさら頑張らないとね。じゃあまずは子供たちを家に帰しに行こうか」


 こうしてカリンさんと出会ったことで俺の人生が動き出した。


 これは俺が世界の呪いを解く物語。

 

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