第43話 リヒテード辺境伯の最後(7)

 一瞬、ほんの一瞬だけの空白。

 何が起きたのか理解できないリヒテード。


「――な、な、な……。きさまーっ! ムシケラの分際で! 神たる儂に! 貴族様に手を上げるなど、許されること――げふっ」


 今度は違う男が両手に角材を持ってリヒテードの腹を殴りつけた。


「な、なにをする? 儂あ、わしは! 貴族様だぞおおおお!」


 リヒテードは、とうとう怒りのあまりに叫ぶ。


「貴様らムシケラが! どういう了見で儂に暴力を振るっているのか! 領主のスキル! 武器攻撃不可! これで儂が認識できる武器げふっ――」


 最後までリヒテードが言い切る前に30代前半の女性の平手打ちがリヒテードの頬を引っぱたいた。


「娘を! よくも、あたしの大事な娘を! 切り刻んでくれたわね! 絶対に、許さないわ! この悪魔っ!」

「そうだ! 俺の息子も炭鉱に無理矢理連れていかれて落盤で殺された!」

「お前の子飼いの貴族が娘をレイプした! 娘は自殺した! 歎願した私の妻は、貴様の兵士に殺された!」


 次々とリヒテードは武器を持たない民衆に殴られ――、蹴られ――、石を投げられる。


「や、やめ――」

 

 何故、自分が民から殴られているのかリヒテードは理解できない。

 ――否! 理解できるわけがなかった。

 理解できていたのなら、とっくの昔に対策をとっていたはずだから。


「止めてだと! お前は、俺たちの娘を連れて行くときに止めてと縋った妻に何をした!」


 また別の男がリヒテードに近づくと嗚咽を漏らしながら殴り続ける。


「……ふ、ふざけ……ふざけるなよ! ムシケラども! お前ら、ムシケラは貴族が管理して躾けなければいけないんだよ!」


 リヒテードは、まだ体力があったようで叫ぶが――、


「躾ってなによ!」


 パン! と、40歳過ぎの女性がリヒテードを平手打ちする。

 その瞳は真っ赤に染まっていて――、


「あんたのせいで! あんたのせいで! 旦那も! 娘も! 死んだのよ!」

「そうだ! 昨日、貴様の家令が使い物にならんと娘の遺体を置いていった!」

「うちもだ!」

「私のところもだ!」

「俺のところも――」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」

「俺の!」


 次々と、ヒートアップしていく民衆の怒り。

 それはとどまることをしらない。

 何せ何十年――、何百年も貴族たちの横暴で家族を――、身内を――、娘や息子を――、旦那や妻を――、理不尽に奪われ続けてきたのだから。


「やめてくれ――、やめて――」

「ふざけるなーっ! リヒテード! 貴様は、そう言って懇願した老若男女問わず資産を奪い、親類縁者を奪ってきただろうが!」


 また別の男が叫ぶ。

 そんな光景に対して、さらに町のあちらこちらから、リヒテード断罪の話が街に広がるたびに町の人間が集まってくると、素手で、石を持った手で、足で――、殴り、蹴り、憎しみに満ちた眼差しを向けたまま暴力を振り続ける。


 それに対してリヒテードは、心の中で叫ぶ。

 なんで……だ? 儂は何も悪いことなぞしていなかったはずなのに、どうして……、どうして、このような仕打ちを受けなければならないのだ? そうだ! あの小僧が! あの小僧が! あの小僧が全て悪い!


「くそっ! もう意識が……」


 集まってくる何千もの民。

 それはリヒテードが虐げていた民の数。

 その時! リヒテードの体を光が纏った。


「――こ、これは! 回復魔法!? だれじゃ? まだ儂の兵士が!」


 先ほどまでの痛みが嘘のように、意識もはっきりとしたリヒテードは周囲を見渡す。

 すると、彼の目には魔法を使ったと思われる女性が立っていた。


「そんなに簡単には死なせませんよ? リヒテード! 貴方に殺された娘の無念! この程度で許すわけがありませんっ!」


 回復魔法をかけた30代後半の女性は、憎しみに満ちた瞳のまま歯ぎしりしつつ、そう告げた。


「――な、なん……」


 途中まで言いかけたところでリヒテードは、また殴られる。

 意識を失いかけたところで、指をペンチで潰され、覚醒させられぼろ雑巾のようになったところで回復魔法をかけられ、集まってきた民に殴られる。


「もう、や――、やめ――」


 ――与えられる終わらない激痛、失神しても水をぶっかけられ起こされ殴られ、意識を失えば火で熱せられた青銅で皮膚を! 肉を焼かれ、周囲に漂う人間の焼けた匂い。


「ころし……もう……ころし――」

「はい、回復魔法」


 最初に回復魔法をかけた女性とは別の女性。

 若い10代の女性。


「許さないんだから、お姉ちゃんを侍女だと連れていって殺したことは許さないんだから」


 壊れた笑みを何も映さない空虚などこまでも深い黒い闇夜を蓄積したような瞳。

 その少女の笑みには、復讐という二文字しか残されてはいなかった。


「絶対に死なせないから! 殺してって言っても殺さないから! だから殺して殺して殺して殺して殺して殺して――」


 そこでリヒテードの髪を掴み、顔を上げさせると少女は笑みを浮かべる。

 深い深い深い笑みを――。


「殺し尽くしてあげる。でも、死なせないから……。だから絶望して死にたくなるまで殺しぬいて、また回復魔法をかけてあげるわ!」

「や、やめてくっれえええええええええええええええええ」


 絶叫が!

 恐慌状態に陥ったリヒテードの絶叫が、町の広場に上がった。

 

 

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