第2話 姉さんが辺境の地へと旅立ってしまった。

 何とかパーティ会場から抜け出し、姉さんが利用している宿舎へと向かう。

 本来は男子禁制の場所ではあるが、今は、そんなことは言っていられない。

 これは、クラウディール王国の進退に関わる大問題なのだ。

 丁度、寮長が居ない事もあり、女性寮に入ることに成功する。


「姉さんの部屋は……たしか――」


 俺は、貴族学院卒業パーティで、学生と寮長がいない宿舎内を歩く。

 そして姉さんの部屋前に到着したところで声が聞こえてきた。


「ウルリカ」


 ウルリカは姉さんの傍仕えのメイドの名前。


「申し訳ありません。エリーゼ様の方が、遥かにショックは大きいでしょうに……私が動揺してしまって……」

「気にしないで」


 姉さんとメイドのウルリカの話声が聞こえてくる。


「ウルリカ……」

「エリーゼ様。お可哀そうに……、このウルリカ! お嬢様の為なら何でも致します。美味しい御菓子でも、お作りしましょうか?」

「…………私、少しでいいから……一人になりたいの」


 あー、これは姉さん、逃亡コース確定だ。

 しかも、どう考えても涙声で呟いているし。

 王宮で王妃教育を受けていた姉さんを見ていたから分かる。

 あれは、どんな時でも場面に相応しい声色を出せるようにと訓練されたもの。


「エリーゼ様……」

「ねえ、ウルリカ」

「何でしょうか?」

「うちには――、公爵家には広大な土地の中に、とても離れた場所に、不毛な土地に小さな領土が飛び地としてあったわよね?」

「はい。伺っておりますが……。――ですが、あそこは人口30人程度の小さな村しか……」

「そうなのね……。私、少し静かに心を落ち着かせたいの。本当に、少しの時間でいいから……ダメかしら?」

「それでは、アディ―が戻られたら伺って――」

「きっと反対されるわ。私には、年の近いウルリカした頼れる人はいないの! お願い! もう、此処には居たくないの!」


 姉さんは、ウルリカを説得する為に、かつてない程、頭をフル回転させているのだろう。

 すごい早口だ。


「エリーゼ様。ですが……」

「書き置きは置いていくからっ! おねがい! ウルリカのせいにはしないから!」


 どう見ても問題の発端を作ったのはレオン王太子殿下だ。

 そして辺境の地へと逃亡を企てているのはエリーゼ姉さんのせいであって、ウルリカに悪い部分は何一つない。


「……そこまで、お心を傷つけられて……。――クッ! レオンめ!」


 王太子殿下を名前で呼び捨てするメイドとか、俺以外が聞いたら色々と問題になるぞ?

 その時、ガタッ! と、音が聞こえる。


「やめてっ!」


 姉さんの声が聞こえる。


「ウルリカが、私のことを大事に思ってくれている事は、痛いほど伝わってくるわ。――でも、それで、ウルリカが罪人になったら、私は嫌だもの」


 ウルリカ、一体、部屋の中で何を。

 まさか、冒険者だった頃のモードに入っていないよな?

 姉さんを侮辱されたから、王太子を暗殺しようとして姉さんに止められていないよな?


「エリーゼ様……。申し訳ありません。つい冒険者の時の癖で」

「ううん。ウルリカの気持ちは本当にうれしかったから。だから――」

「分かりました。それでは辺境まで、すぐに出立致しましょう」


 ウルリカは姉さんに説得されてしまったようだ。

 そして部屋が静かになる。

 思わず静観してしまっていたが、俺は慌てて部屋をノックするが、反応がない。


「仕方ない」


 ドアに体当たりして姉さんの部屋に転がり入る。

 すると机の上に書置きがあった。

 そこには、『辺境の地で静かに暮らします。探さないでください』と、書かれていた。


「これは――、まずい! どうやって部屋から!?」


 それは、すぐにわかった。

 姉さんの部屋のバルコニーに繋がるドアが開いていたから。

 バルコニーから出ると、中庭を走っていく姉さんの姿が。

 メイドのウルリカと、姉さんが、うちのメレンドルフ公爵家の馬車へと乗りこんでいく。


 ――そして、すぐに馬の嘶きと共に馬車は走り出す。


 その光景に俺は思わず姉さんの名前を叫んでいたが、姉さんの乗る馬車は貴族院の門を通り貴族街へと向かってしまった。

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