第3話



 ゴォン…………



 大きく響いた鐘の音にメリクは我に返った。


 礼拝が終わるこの鐘を聞くと、いつも微睡むような幸福な時間から目が覚める。

 人の目から。いや、もっと大きなものの目から怯えるように一目散にその場から逃げたものだった。

 それほどの怯えと罪悪の念を自覚しながらも、それでも度々隠れて礼拝堂の側まで行ったのは聖歌が美しかったから。



 ――リュティスに会いたかったからなのだろう。



 遠くに見えるサンゴール王城。


 宮廷魔術師になってからは訪れるのも疎遠になってしまった。

 ミルグレンが寂しかっているからと呼び戻されることはよくあっても、奥館で過ごしているリュティスに会う機会などはない。

 師とはいえ軽々しく会える人でもなかった。

 確実に疎遠になって行くのに、どうして心はまだこれほどリュティスを渇望しているのだろう。

 どうして身体の距離のように、自然と心も離れていかないのだろう。


(もし)


 ……もしあの時。


 何が何でも礼拝に出て、そうすることを慣例化させてしまっていたら、今頃自分はどうなっていただろうかとメリクは考えた。

 何の理由も無くてもとりあえず月に一度はリュティスに会えていた。

 静かな場所で、あの美しい歌に包まれて、少しの間でもあの人とその時間を共有出来た。


 それはどんなに幸せなことなのだろう。



(……僕は自分で、あの人に会う機会を潰しているのかもしれない)



 慣例を成立させなかった今、リュティスとメリクの距離は確実に隔たっていた。


(それでも)


 メリクは閉じていた翡翠の瞳を開いた。

 それでも自分は、少なくとも……あの場所でのリュティスの静かな時間だけは守った。

 神聖な場所を汚さなかった。

 それは幼い頃とは違うことだとせめて思う。


 成長した今ならあの場に立ち入っても許されるのではないかと、理性的に振る舞えるのではないかとも考えることはあるが、メリクはすぐに視線を地面に落とした。

 自分が立ち入ることで神聖な場を乱す、それを自覚していること自体が、自分がサンゴール王宮で不浄な存在であると自分で認めているようなものだった。


 幼い頃に感じた自分と王宮の不釣り合い。

 

 アミアに対する気後れ、

 ミルグレンに近づく時に感じる自分に対する罪悪感、

 ……リュティスに対する恐れ。



 それは今も何も変わっていない。



 自分はこのまま、身も心も中途半端なままどこへ行くのだろうかと近頃メリクは考えることがある。



「メリクー。寮に帰ろうぜー」



 遠くで友が呼んでいる。

 メリクは笑って手を上げそれに応えると礼拝堂の石壁から離れた。



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