第6話 清香
まだまだ雨が続きそうなこの時期。
民家に生えた樫の木で雨宿りしながら、時折通り過ぎる車を眺める。
そういえば、こうした木が生えた家も少なくなりつつある。最近では新築だと芝生なんかはあるが、成長する木を植えた家はあまり見かけなくなった。それには土地の問題もあるのだろう。成長し根が伸びたりするとそれが原因で壁が崩れたりするし。更には飛び出た枝を切ったりと手間もかかる。放置すると近所とトラブルになったりと大変だ。
しかしながら……。
『鳥からするとつまらないな』
ヂヂヂッと不満そうに鳴いて、世の流れを嘆く。
そんな時「ガタンッ!」という音が聞こえて来たのでそちらに目を向けると、なんのことはない梅の実が民家の車庫の屋根に落ちた音だった。生前は梅酒を愛飲していたが、実のできる季節など気にしたこともなかった。自作するつもりの者でもなければ、その程度の認識でもおかしくはないはず。
桜よりも少し前に花を咲かせていただろうに、実が出来るのは同じ頃ということで、この梅は少々のんびりさんなのかもしれない。
実と共に葉から零れ落ちる水滴は澄んでいて、なんとなく酸っぱくなっていた口の中を洗い流してくれるようだった。
梅の木が植えられている家は懐かしさを感じさせる雰囲気で、自然としばらく目を向けていた。色褪せた壁の色がまた良い。
どこにでもあるような家なのだが、妙に気になる。
『住人の顔でも拝んでおきますか』
雨も降っていることだし、ちょいとばかりお邪魔することにした。
中に入ると、一階には人の気配がない。二階からは物音が聞こえるので、誰かいるようだ。覗いてみることにする。
室内に居たのは高校生くらいの色白の女の子。眼鏡をかけていて、真面目そうな雰囲気。言い方を変えれば、地味な感じとなる。
女の子はタブレット端末を使い、ファッション誌を見ているところだった。
個人的には、なんとなく味気なく感じて電子書籍は苦手だ。
『俺の頃は、紙の雑誌だったな』
不意に、そう呟いていた。
するとこの呟きが聞こえてしまったのか「だれ?」と言いながら、女の子は急に周囲に視線を巡らせ始めた。
おっといけない。まだ念話に慣れていないためか、しっかりと意識していないと声が漏れてしまうようだ。今後は気をつけねばなるまい。
さて、驚かせたお詫びに何か願いを聞いてみるとしますか。「雑誌に載っているアイテムが欲しい」だとか、簡単な願いであれば楽だがこの子は何を求めるのだろうか。
洋服ダンスの上に降り立ち姿を現す。
いつもの様に驚かれるが、ややこの感じにも慣れてきた。この子は、こちらを指さして後退るタイプのようだ。少し新鮮。
『驚かせてしまったようだな』
「しゃ、しゃべった!?」
『願い事はあるか?』
逃げていくかと思っていたが、驚き方は最初と変わらない。もしかしたら腰が抜けているだけかもしれないが、無駄に戻ってくるのを待たなくて良いのは助かる。待たされるのはあまり好きではない。
落ち着いた女の子の口から出た願いは「私だってモテたい」という普通の内容。
この年齢の頃であれば、普通に抱く感情だろう。周囲に恋人が出来ていく中、取り残された気になって焦っているらしい。
この女の子。素材としては悪くないので、服装や髪型なんかを変えれば顔や身体の形を無理に変える必要はないだろう。ちょちょいと手を加えてイメージチェンジを行う。あとは化粧に、コンタクトレンズか。個人的には眼鏡も好きなのだが、世間的にはない方が人気のはず。
「すごい! 全然違う……」
すっかり雰囲気の変わった見た目に、女の子は驚いている。鏡の前で確認する内に自信もついてきたようだ。表情が変わってきた。
『あとは、保険としてこの香水を渡しておく。他人からの注目を集めやすくする物だ。あまり使うことはオススメしないがな』
「こんな物まで! でもなんで使わない方がいいの?」
『注目を集めるってことは、良い事ばかりではない。有名人だってプライベートまで監視されて大変そうだろう? 最近で言うとストーカーなんてのにも気をつける必要があるしな』
しっかりとデメリットについても説明したので、俺の仕事はここまで。
女の子からの感謝の言葉を聞いてお別れとなる。
最後に、話しかけられた時の逃げなかった理由を尋ねてみたのだが「見た目が怖くなかった」ということらしい。この愛らしい見た目は、役に立つこともあるようだ。
窓から飛び立つ際に見た彼女の顔は花が咲いたように明るい笑顔だったが、きっとこの空のように曇る日が来るだろう。それでもいつかまた晴れる日は来るけれど。
【すっかりと雰囲気も変わり、自信のついたこの女の子は翌日から異性のみならず同性からも注目を集める。交際を申し込まれることもしばしば。その内、気になっていた男子と付き合い始め、幸せな時間を過ごすようになった。なったのだが……大学生となり、興味本位で例の香水を使ってから生活が変わっていく。以前よりも多く声をかけられるようになり、その内の何人かと関係を持ってしまう。その結果、性病への罹患。そこから噂が広まるのは早かった。注目を集め過ぎていたためか、治療が終わった後もその噂がしばらく続き、次第に誰も寄り付かなくなってしまう。尚、香水の効果は一年であり、その清香は長い期間彼女を苦しめることとなった】
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