第51話

島亀の親子が満面の笑みでエデンの空へと帰っていった後、俺たちの丘にはまた一つ、忘れられない楽しい思い出と不思議な新しいお土産が残された。


アカデミーの子供たちは、島亀くんからもらった『雲の実(クラウドフルーツ)』にすっかり夢中だった。

「見て見て、レオン先生!僕、十秒間も空を飛べるようになったよ!」

「あたしなんて、空中ででんぐり返しだってできるんだから!」


休み時間のアカデミーの広場は、まるで無重力空間のようだった。あちこちで子供たちがふわふわと楽しそうに宙に浮いて、鬼ごっこをしたりかくれんぼをしたりしている。その光景はいつまで見ていても飽きないほど微笑ましくて、そして平和そのものだった。

もちろん、万が一の事故が起こらないように、アロイスさんが発明クラブの生徒たちと共同で開発した最新式の『低反発、衝撃吸収結界』が広場全体を優しく包み込んでいるので、安全性は完璧だ。


そんな、どこまでも穏やかで笑顔に満ちた日々。

海の都での芸術祭、そして今回の天空大レース。世界中の仲間たちとの心温まる交流が深まる中で、俺の心の中に一つのアイデアが芽生えていた。


「なあ、みんな。今度の満月の夜に、この丘で世界中を繋ぐ大きなお祭りをしないか?」


その日の夕食後、アトリエの暖炉の前で仲間たちと寛いでいる時に俺はそう切り出してみた。

俺の唐突な提案に、リリアさんやアロイスさんはきょとんとした顔で俺を見る。

「世界中を繋ぐお祭り、ですか?」リリアさんが首を傾げる。

「ああ。俺たちがこうして毎日幸せに暮らせているのは、これまで出会ってきたたくさんの仲間たちのおかげだからな。その感謝の気持ちを伝えるために、そしてみんなの絆をもっともっと深めるために、最高のパーティーを開きたいんだ」


俺のそのアイデアを最初に理解し、そして目を輝かせたのは、やはりフェンだった。

『お祭り!すっごく楽しそう!美味しいもの、いーっぱい食べられるお祭りだね!』

俺の膝の上で丸くなっていたフェンがぴょんと飛び起きて、嬉しそうに尻尾を振る。その無邪気な言葉に、みんなの顔にも笑みが広がった。

「素晴らしい考えですわ、レオンさん!きっと世界中の皆さんがお喜びになりますわね!」

「ふん。まあ、悪くない企画だな。それに、各国の専門家が一堂に会せば、新たな技術革新が生まれるきっかけになるやもしれん」

アロイスさんも、まんざらではないといった様子だ。


こうして、俺の鶴の一声ならぬ学長の一声で、この星の歴史上初となる『世界合同大感謝祭』の開催が盛大に決定されたのである。

その知らせは瞬く間に世界中を駆け巡った。俺たちが開発した『星の門』とアロイスさんの最新式の立体映像通信システムを使えば、物理的に離れていても、まるで同じ場所にいるかのようなリアルタイムでの交流が可能だ。


奇跡の丘をメイン会場として、エデンの星の民たち、百獣の王国の獣人たち、ドワーフの国の職人たち、エルフの森の森の民、そして海の都の海の民たち。俺たちがこれまで出会ってきた全ての仲間たちがそれぞれの国で同時に祭りを開催し、そしてその様子を互いに中継し合う。まさに、世界が一つになる夢のようなイベントだ。

祭りの知らせを受けた各国の仲間たちは、皆二つ返事で参加を表明してくれた。それどころか、自分たちの国の威信をかけて最高の出し物を用意すると、皆大変な張り切りようだった。


そして、いよいよ祭りの当日。

奇跡の丘はかつてないほどの熱気と、そして温かい喜びに包まれていた。

メイン会場である丘の中央広場には巨大な立体スクリーンがいくつも設置され、そこには世界中の仲間たちの楽しそうな笑顔がリアルタイムで映し出されている。

『レオン殿ー!聞こえるかー!こっちの準備は万端だぞー!』

スクリーンの中では、ドワーフのガンツさんが巨大なジョッキを片手に豪快に笑っている。

『レオン様。エデンもご覧の通り、最高のお祭り日和ですわ』

別のスクリーンでは、星の民のステラが古代種の生物たちと共に優しく微笑んでいた。


広場の特設キッチンでは、王宮料理長のグランさんが世界中から届けられた最高の食材を前に、目を回すほどの忙しさで腕を振るっている。

「よし!まずは百獣の王国の獅子の肉とドワーフの国の岩塩、そしてエルフの森の世界樹のハーブを使った、究極のローストビーフからだ!」

その夢のコラボレーション料理の香ばしい匂いが会場中に広がり、それだけでみんなのお腹がぐぅーっと鳴った。


特設ステージでは、吟遊詩人のエリアスさんが率いるエルフの音楽団が世界中の民族音楽を巧みにリミックスした新しい音楽を披露している。その軽快で心躍るメロディーに、アカデミーの子供たちもスクリーンの中の獣人たちも、種族や国の垣根を越えて一緒になって楽しそうに踊っていた。


祭りはまさに最高潮。

日が暮れ、丘の上に大きな焚き火が焚かれると、俺は全ての仲間たちへの感謝を伝えるためにステージの中央へと進み出た。

「みんな!今日は集まってくれて本当にありがとう!」

俺がそう言うと、あれほど賑やかだった会場がすっと静まり返り、全ての視線が俺に注がれる。

「俺がこの世界に来て、フェンと出会って、そしてたくさんの仲間たちと巡り会えたこと。そして今日こうして世界中のみんなと笑い合えていること。その一つ一つが、俺にとってかけがえのない宝物です」

「この幸せな世界をみんなで作れたこと、そしてその一員でいられることを、俺は心の底から誇りに思います。本当に、本当にありがとう……!」

俺が深々と頭を下げると、会場中から、そしてスクリーンの中の世界中から、割れんばかりの温かい拍手が沸き起こった。


その時だった。

俺の感謝の気持ちと、そして世界中の人々の幸せな想いに応えるかのように。俺の足元にいたフェンとルクス、そしてジュエルの三匹が、同時にそれぞれの力の光を放ったのだ!

白い聖なる光。黄金の癒しの光。そして虹色の創造の光。三つの純粋な光はゆっくりと空へと舞い上がり、そして焚き火の炎の上で一つになった。

そして、それは巨大な、そしてどこまでも優しくて温かい愛の光となって、メイン会場である俺たちの丘、いや、この星全体をそっと包み込んだ。

その光はあまりにも心地よく、そして幸福感に満ちていた。


誰もがその奇跡的な光景にうっとりと見惚れていた、その時。

その愛の光がひときわ強く、俺の隣に立っていたリリアさんの、そのお腹のあたりにふわりと集まっていったのだ。

そして、リリアさんのお腹が一瞬、ぽうっと優しく、そして温かい光を放った。


会場にいた誰もが驚いてリリアさんを見た。俺も何が起こったのか分からず、ただ呆然と彼女の顔を見つめる。

当のリリアさんは最初きょとんとしていたが、やがて何かを悟ったように、そっと自分のお腹に手を当てた。

そして少し頬を赤らめ、はにかみながら、でもこの世界中のどんな宝物よりも輝かしい、そして幸せに満ち溢れた笑顔で、俺に告げたのだ。


「……レオンさん」

「……私、どうやら……。あなたとの赤ちゃんを、授かったようですわ……」


その言葉。

一瞬の静寂の後。

丘は、そして世界は、この日一番の割れんばかりの祝福と、そして歓喜の声に包まれた。


俺はまだ状況が飲み込めず、ただリリアさんの顔を見つめていたが、やがてその言葉の意味を理解し、そしてこれまで感じたことのないほどの温かい何かが胸の奥から込み上げてくるのを感じていた。

俺が、父親に……?

俺と、リリアさんの、子供……?

それは、このどこまでも平和で、そして幸せな世界に舞い降りた、最高の、最高の奇跡だった。

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