第49話

俺のその突拍子もない言葉に、その場にいた全員がぽかんと口を開けた。


「綺麗な音を食べる……?レオン、君は何を言っているんだ?」

アロイスさんが信じられないといった顔で俺を見る。


「本当なんだ!この子の心がそう言ってる!ジュエルは美しい音楽や音をエネルギーにして生きているんだよ!」

俺が力説すると、リリアさんが何かを思い出したようにポンと手を打った。


「そういえば……!エデンの古文書の中にそのような記述があったかもしれませんわ!『星の旋律と共に生まれし音の精霊は、美しい響きを糧とする』と……!まさか、この子がその音の精霊だったなんて……!」

リリアさんの言葉に、みんなようやく納得したようだった。


原因が分かれば話は早い。

俺たちは早速、ジュエルのための特別な食事会……いや、『音楽会』を開催することにした。


俺はすぐに吟遊詩人のエリアスさんに連絡を取った。彼は俺たちの頼みを二つ返事で快く引き受けてくれ、そして彼が率いるエルフの音楽団と共に飛竜に乗ってあっという間に丘へと駆けつけてくれた。

「面白い!実に面白い話じゃないか!音楽を食べる精霊だと!?詩人としてこれほどそそられる題材はない!任せておけ、レオン殿!私の生涯最高の演奏を聴かせてやろう!」

エリアスさんは芸術家としての魂を燃やし、やる気満々だ。


音楽会の会場に選ばれたのは、もちろんあの音楽を奏でる青い花が咲き誇る特別な花畑だ。

風がそよぐたびにリンリンと澄んだ音色を奏でる花々。その自然のハーモニーとエリアスさんたちのプロの演奏が融合すれば、きっと最高の食事ができるに違いない。


俺たちは花畑の中央に、ジュエルのためのふかふかのクッションを用意した。

最初はまだ少し怯えていたジュエルだったが、フェンが優しくその背中を押してあげると、おそるおそるクッションの上にちょこんと座った。


そしてエリアスさんが静かに竪琴を構え、その第一音を奏でた瞬間。

花畑の空気が一変した。

エリアスさんの指先から紡ぎ出されるその音色は、まるで天上の調べのようだった。一音一音がキラキラと輝く光の粒子となって宙を舞い、そして青い花の奏でる自然のハーモニーと完璧に溶け合っていく。

エルフの音楽団が奏でるフルートやバイオリンの音色もまた、その美しいシンフォニーに深い彩りを与えていた。


そのあまりにも美しく心地よい音楽に、俺たちもそして集まってきた森の動物たちも、ただただうっとりと聴き入っていた。

そして、当のジュエルはというと……。

その宝石でできた体をこれまでで一番キラキラと眩いほどに輝かせ、うっとりとした表情でその全身で音楽を味わっているようだった。

その小さな体は心地よい音楽の振動に合わせて、まるで喜んでいるかのように微かに震えている。


やがて一曲目の演奏が終わり静寂が訪れると、ジュエルは満足そうに「きゅるん!」と鈴を転がすような可愛らしい声で鳴いた。

そしてお礼と言わんばかりに、その小さな口からポロリと一つの美しい宝石をこぼしたのだ。

それはこれまで見たこともないほど大きく、内側から虹色の光を放つ完璧なダイヤモンドだった。


「おお……!なんという美しさじゃ……!これほどの逸品、わしの長い職人人生でもお目にかかったことはないぞ……!」

ドワーフのガンツさんがそのダイヤモンドを手に取り、感嘆の声を上げる。


「すごい……!このエネルギー密度……!これ一つあれば、王都全体の一ヶ月分の魔力を賄えるかもしれん……!」

アロイスさんもまた、その宝石が秘める莫大なエネルギーに驚愕していた。


ジュエルはお腹がいっぱいになったのか、満足そうに大きなあくびを一つすると、そしてフェンのお腹の上ですやすやと幸せそうな寝息を立て始めた。


この一件をきっかけに、俺たちのアカデミーでは定期的に『ジュエルのための音楽会』が開催されることになった。

それはエリアスさんたちのようなプロの音楽家だけでなく、アカデミーの生徒たち自身が主役となる音楽会だ。

子供たちはジュエルに美味しいご飯を食べさせてあげようと、一生懸命楽器の練習に励んだ。

トムが弾く少し不器用なピアノ。ギムリが奏でる力強い太鼓のリズム。アンナが歌う優しくて透き通るような歌声。

技術的にはまだまだ拙いかもしれない。だが、その一つ一つの音にはジュエルを想う温かくて優しい気持ちがたっぷりと込められていた。


そしてジュエルは、そんな子供たちの心のこもった演奏が何よりも大好きだった。

彼女はいつも一番前の席で嬉しそうにその演奏に耳を傾け、そしてお礼にキラキラと輝く綺麗な宝石をプレゼントしてくれるのだ。

子供たちはその宝石を大切に集め、自分たちの発明品や作品の材料として使っていった。


そんな心温まる交流が続いていたある日のこと。

アトリエで新しいポーションの開発に行き詰まっていたアロイスさんが、ふと気まぐれにジュエルがこぼした小さなルビーのかけらを、実験中の錬金釜の中にポイと入れてみたのだ。

「ふむ……。気分転換に少し綺麗な石でも入れてみるか……」


全く期待していなかったその行動。

だが、その次の瞬間。

錬金釜が突如としてこれまで見たこともないほど激しい虹色の光を放ち、釜の中の液体が一瞬にして沸騰し、全く新しい物質へと化学変化を起こしたのだ!

アトリエ全体が眩い光に包まれ、そして光が収まった後。

釜の中に残されていたのは、黄金色に輝き、生命の喜びそのものが凝縮されたかのような完璧なエリクサー……万能薬だった。


その一滴を舐めてみたアロイスさんは、そのあまりの効果に腰を抜かさんばかりに驚いた。

「な、な、な、なんだ、これはぁーーーっ!?体の疲れが一瞬で吹き飛んだ……!それどころか頭が冴え渡り、次々と新しいアイデアが湧いてくる……!馬鹿な!これはもはや錬金術の常識を完全に覆す、神の飲み物だ……!」


ジュエルがこぼした宝石には、ただ美しいだけでなく、あらゆる物質のポテンシャルを最大限にまで引き出し、奇跡的な化学変化を促す未知の触媒効果が秘められていたのだ!


「すごいぞ、レオン!これは大発見だ!いや、錬金術の歴史における最大の革命だ!ジュエルちゃんの宝石さえあれば、我々はもはや神の領域にさえ足を踏み入れることができるかもしれん!」

アロイスさんは子供のように目を輝かせ、俺の手を握りしめて叫んだ。


美しい音楽を食べて、そして奇跡の宝石を生み出す不思議な精霊、ジュエル。

彼女の存在は俺たちの丘にまた新しい、そして計り知れないほどの可能性とたくさんの笑顔をもたらしてくれた。

俺はそんな新たな仲間と、そしてこれから生まれるであろう新しい奇跡に思いを馳せながら、このどこまでも平和で幸せな日常を心の底から愛おしいと思うのだった。

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