第45話

『創世のハープ』が奏でた最後の優しい音色が、空気に溶けるように消えていく。

すると、あれほど眩い光に包まれていた天の祭壇は、ゆっくりとその輝きを収束させ、元の穏やかで静かな神殿の姿へと戻っていった。


俺は役目を終えた安堵感からか、その場にふらりと膝をつきそうになった。だが、その体を仲間たちが優しく、そして力強く支えてくれた。


「レオンさん!お見事でしたわ!」

リリアさんがその美しい瞳を涙で濡らしながら、俺の手を強く握りしめてくれる。


「ふん……。まあ、及第点といったところか。いや……満点だ、レオン。お前は最高の音楽を奏でた」

アロイスさんも、そのぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、声は感動に打ち震えていた。


「レオン様……!本当に、本当に素晴らしかったです……!」

ミナもまた、その琥珀色の瞳を尊敬の光でキラキラと輝かせている。


そして俺の足元では、フェンがこれまでのどんな時よりも強く強く、俺にその体をすり寄せてきた。

『レオン、やったね!本当にやったね!僕、レオンのこと世界で一番誇りに思うよ!』

その魂からの言葉が、俺の疲れた心に何よりも温かく染み渡っていく。


俺は、そんなかけがえのない仲間たちの顔を一人一人見回し、そして心の底から微笑んだ。

「ありがとう、みんな。みんながいてくれたから、俺は最後までやり遂げることができたんだ」


その時、俺たちの前に星の民の長であるステラがゆっくりと進み出た。彼女の星空のような瞳もまた、深い深い感動の涙で潤んでいた。

彼女は俺の前に静かに膝をつくと、そして深く、深く頭を下げた。


「ありがとうございます、レオン様……。そして、星の外から来られし勇者様方……」

「あなた方のおかげで、この星は永遠の調和と無限の未来を手に入れることができました。このご恩は、星とそして我ら星の民がある限り、決して忘れることはございません」


ステラはそう言うと立ち上がり、一つの美しい水晶のペンダントを俺の首にそっとかけてくれた。

その水晶は、まるで星の涙の一粒のようだった。内側から淡い七色の光を放ち、触れると人肌のように温かい。


「これは『星の涙』。我ら星の民に代々伝わる聖なる宝玉です。それさえあれば、レオン様たちはいつでもどこからでも、この失われし大陸エデンと心を通わせ、そして自由に行き来することができるようになります」


いつでもこの楽園に来られる。それは俺たちにとって、何より嬉しい贈り物だった。


「この大陸は今日から、あなた様の第二の故郷です。いつでもお戻りください。我ら星の民と、そして古代種の全ての生物たちが、あなた様がたのご帰還を永遠に心よりお待ちしております」


ステラの温かい言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。

「ありがとう、ステラさん。また必ず遊びに来るよ」


俺たちは星の民たち、そしてすっかり俺たちに懐いてくれた古代種の生物たちに盛大に見送られ、再び飛竜の背に乗り懐かしい俺たちの世界へと帰路についた。


帰りの空の旅で、俺たちは改めて世界が一変したことを実感した。

空気はどこまでも清らかで澄み渡り、深呼吸をするだけで体が内側から浄化されていくようだ。大地は生命の輝きに満ち溢れ、森の緑はより深く鮮やかになり、川の水はキラキラと太陽の光を反射させている。


そして何よりも変わったのは、そこに住む人々や動物たちの姿だった。

俺たちが上空を通り過ぎる町や村では、人々が皆穏やかで幸せそうな笑顔を浮かべていた。畑仕事をする農夫も、市場で物を売る商人も、武具を手入れする兵士でさえも、その表情には一切の争いや憎しみの色がない。ただ互いに助け合い、ささやかな日常の幸せを分かち合っている、そんな温かい光景が広がっていた。


動物たちも同様だった。彼らはもはや人間を恐れることなく、互いに縄張りを争うこともない。まるで大きな一つの家族のように寄り添い、平和に暮らしている。

俺が奏でた『調和の旋律』は、この星から全ての負の感情を優しく溶かし、全ての生命の魂を愛と調和で満たしてくれたのかもしれない。


「すごい……。本当に世界が生まれ変わったかのようだ……」

アロイスさんが眼下に広がる平和な光景に、感動したように呟く。


「ええ。これこそが、この星の本来あるべき姿なのですね……」

リリアさんもその光景に目を細めている。


やがて俺たちの視界に、懐かしいあの丘の姿が見えてきた。

俺たちの始まりの場所、『奇跡の丘』だ。

丘は俺たちが旅立つ前よりもさらに美しく、生命力に満ち溢れていた。薬草畑は色とりどりの花々で埋め尽くされ、アトリエやアカデミーの建物も、まるで喜んでいるかのように太陽の光を浴びて輝いている。


そして、丘の上にはたくさんの人影が見えた。

俺たちが乗る飛竜が丘の中央広場に着陸すると、そこにいた全ての人々が一斉に俺たちの元へと駆け寄ってきた。

国王陛下、アルトマン様、エリアーナお嬢様。ドワーフのガンツさん、エルフのアルフィナさん。吟遊詩人のエリアスさんに、彫刻家のバルドさん。そして、アカデミーのトムやギムリ、アンナをはじめとする全ての生徒たち。

これまで出会い、絆を結んできた全ての大切な仲間たちが、俺たちの帰りを待っていてくれたのだ。


「「「おかえりなさい、レオン様(先生、殿)!!」」」


その心の底からの歓迎の声と満面の笑顔に迎えられ、俺はようやく本当に家に帰ってきたんだと実感した。


その夜、俺たちの丘では星の再生と無事の帰還を祝う、これまでで最も盛大で最も温かい祝宴が開かれた。

世界中から届けられた最高の食材でグランさんが腕を振るった絶品の料理。エリアスさんが俺たちの新たな冒険を歌にした感動的な新曲。そして、様々な種族の仲間たちが酌み交わす友情の酒。

丘の上には夜が更けるまで、幸せな笑い声が絶えることはなかった。


俺はその温かい光景の真ん中でフェンを強く抱きしめながら、心の底から思った。

ああ、俺はこの幸せな光景を見るためにこの世界に来たんだ、と。

そして、このかけがえのない仲間たちと出会うために生まれてきたんだ、と。

その確かな実感と温かい幸福感が、俺の胸をいっぱいに満たしていく。

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