第41話
百獣の王国の、全ての呪いが解き放たれたことを祝う宴は、三日三晩続いた。国中の獣人たちが歌い、踊り、そして未来への希望を語り合う。その光景は、本当に心から温かいものだった。
宴が終わり、俺たちがそろそろ自分たちの丘へ帰る準備を始めようとしていた、その夜のこと。俺は再びガイオン様から、王城のテラスへと招かれた。
「レオン殿。先日の話の続きを、させてもらってもよいかな」
ガイオン様は、静かな、しかしどこか遠い目をしてそう切り出した。もちろん、断る理由などない。俺はリリアさん、アロイスさん、そしてミナと共に、その話に耳を傾けることにした。
「『失われし大陸』……。それは、我ら獣人族の創世神話の中にのみ登場する、伝説の土地じゃ」
ガイオン様は星空を眺めながら、ゆっくりと語り始めた。
「遥か、遥か、神々の時代。この星がまだ若かった頃。世界は今よりもずっと、魔法と奇跡に満ち溢れていたという。その中心にあったのが、『失われし大陸』、神々の言葉では、『エデン』と呼ばれた場所じゃった」
エデン。その言葉の響きに、俺たちはゴクリと唾をのんだ。
「そこには、星の創造主たる神々と、その眷属である我ら獣人族やエルフ、ドワーフの祖先たちが平和に暮らしておった。そして、世界樹の原種や聖霊獣の始祖、さらには竜や、今では伝説となった様々な古代種たちが共に生きていたという……。まさに、生命の楽園じゃな」
「すごい……!そんな場所が、本当に……」
リリアさんがうっとりと呟く。
「じゃが、ある時、外なる宇宙から星を蝕む『虚無』が飛来し、その楽園は戦いの舞台となった。長い戦いの末、神々は虚無を星の奥深くに封印することに成功したが、その代償としてエデンは世界から切り離され、永遠の霧と魔法の嵐の向こうへと姿を消してしまった……と、神話にはそう記されておる」
ガイオン様はそこで一度、言葉を切った。
「もちろん、今となってはそれが真実なのか、ただの御伽噺なのか確かめる術はない。失われし大陸への道など、我らにも全く分からぬからのう……」
その話はあまりにも壮大で、そしてロマンに満ち溢れていた。俺の心は自然と、その未知なる大陸への冒険心でいっぱいになっていた。
その時だった。俺たちの話を聞いていたアロイスさんが、突然ハッとしたように顔を上げた。
「ガイオン様、お待ちください!御伽噺では、ないかもしれませんぞ!」
アロイスさんは興奮した様子で、懐から一枚の水晶でできた薄い板のようなものを取り出した。それは王都の錬金術ギルドから、つい先日送られてきたばかりの最新式の魔力探知装置だった。人工衛星のように上空から世界の魔力の流れをリアルタイムで観測できるという、とんでもないご都合主義アイテムだ。
「これを見てください!我がギルドの最新技術で、全世界の魔力分布をスキャンした地図です!この地図によれば……」
アロイスさんが水晶板を操作すると、その表面に俺たちの住む世界の立体的な地図が浮かび上がった。そして、その地図の遥か西の広大な海の真ん中に、ぽっかりとデータの存在しない巨大な空白地帯があるのを示して見せたのだ。
「この海域だけ、いかなる魔力探知も弾かれてしまうのです。そして、その周囲は常にとてつもなく巨大な魔力の嵐が渦巻いている……!私はこれまで、これを単なる魔力の特異点だと考えておりましたが……!ガイオン様のお話を聞いて確信しました!この魔法の嵐の壁の向こうに、失われし大陸エデンが眠っているに違いありませんぞ!」
アロイスさんの言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。伝説が、現実味を帯びてきた瞬間だった。
「本当か、アロイス殿!そ、そこへ行く方法はあるのか!?」
ガイオン様が身を乗り出して尋ねる。
「問題は、そのあまりにも強力な魔力の障壁です。通常の船や飛竜では近づくことさえ叶わないでしょう。いかなる魔法防御も一瞬で引き裂かれてしまうはず……」
アロイスさんが腕を組んで唸る。せっかく場所が分かったというのに、これでは宝の持ち腐れだ。
その時、俺はふと自分が持っている二つの宝物のことを思い出した。
一つは、百獣の王国に代々伝わる国宝、『獣王の爪』。あらゆる結界を切り裂く力を持つという伝説の武具。
そしてもう一つは、エルフの国で授かった『世界樹の衣』。あらゆる邪気を払い、持ち主を守るという聖なるマント。
「……もしかしたら、いけるかもしれない」
俺がぽつりと呟くと、みんなの視線が一斉に俺に集まった。
俺は自分の考えを話した。この二つの異なる種族の、異なる伝説のアイテム。その二つの力を組み合わせれば、あの魔法の嵐の壁を突破できるのではないかと。
「なんと……!獣王の爪と世界樹の衣を同時に……!」
ガイオン様が驚きの声を上げる。
「確かに……!獣人族の破壊と突破の力、そしてエルフの守護と調和の力。その二つが合わされば、あるいは……!」
リリアさんもその可能性に目を輝かせている。
「ふむ……。理論上は可能かもしれん。いや、レオン殿と聖霊獣様の力が加われば、理論さえも超越するかもしれんぞ……!」
アロイスさんも興奮を隠しきれない様子だ。
俺たちの次なる冒険の目的地が、決まった瞬間だった。
出発の日、百獣の王国の民たちは総出で俺たちを見送ってくれた。
「レオン殿!どうかご無事で!そして、神々の楽園の土産話を楽しみにしておるぞ!」
ガイオン様が豪快に笑いながら、俺の肩を叩く。
「ミナ、お前もレオン殿たちと共に多くのことを学んでくるのじゃぞ。お前はもはや、この国の希望じゃ」
「はい、父上!行ってまいります!」
ミナは父の言葉に力強く頷いた。彼女もまた俺たちの仲間として、この新たな旅に正式に同行することを決意したのだ。その瞳には、かつての孤独な少女の面影はもうどこにもなかった。
俺たちは再び王家からお借りした飛竜の背に乗り、そして天空鯨たちの祝福の歌声に見送られながら、遥か西の未知なる海域へと飛び立った。
数日間の飛行の後、俺たちの目の前についにその場所が姿を現した。
そこはアロイスさんの言った通り、常に黒い雷が走り、巨大な竜巻がいくつも渦巻く、まさに神々の怒りが具現化したかのような地獄の海域だった。
「ひどい……!これでは生きて近づくことなど、不可能だ……!」
ミナが恐怖に顔を青くする。
飛竜もまた本能的な恐怖からか、それ以上前に進むことをためらっているようだった。
「よし、やるぞ、みんな!」
俺は意を決して立ち上がった。
俺はエルフの国で授かった『世界樹の衣』をその身にまとう。するとマントから優しい緑色の光が溢れ出し、俺たちの体を守護の結界がふわりと包み込んだ。
そして右腕には、ガイオン様から授かった『獣王の爪』を装着する。籠手から荒々しくも力強い闘気のオーラが立ち上る。
「フェン、ルクス、力を貸してくれ!」
『うん、レオン!』
『ぴぃ!』
俺の呼びかけに応え、フェンとルクスが同時に聖なる光と癒しの光を放った。二匹の光は俺の体と二つの伝説のアイテムに流れ込んでいく。
「うおおおおおっ!」
全ての力が俺の中で一つになった。俺は右腕に装着した獣王の爪を、前方に広がる魔力の嵐の壁に向かって力強く突き出した。
「切り裂けぇっ!獣王の一撃(ストライク)!」
俺が叫ぶと、獣王の爪の先端から眩いばかりの巨大な光の刃が放たれた!
光の刃は空気を切り裂き、魔力の嵐の壁へと一直線に突き進んでいく。
そして、壁に触れた瞬間。
ズバァァァァァッ!
まるで熱したナイフでバターを切るかのように。あれほど強固で荒れ狂っていた魔力の障壁が、綺麗に真っ二つに切り裂かれたのだ!
そして、その切り裂かれた壁の向こう側から、信じられないほど穏やかで清浄な光が差し込んできた。
嵐は嘘のように止み、黒い雷も消え失せた。
俺たちの目の前には、どこまでも穏やかでエメラルドグリーンに輝く美しい海が広がっていた。
そして、その海の遥か彼方。水平線の向こうに、うっすらと巨大な大陸の影が見えている。
「やった……!やったぞ、みんな!」
俺たちは顔を見合わせ、そして大きな大きな歓声を上げた。
飛竜はもはや何も恐れることなく、俺たちが切り開いた光の道を通って穏やかな海の上を進んでいく。
やがて、その大陸の全貌が明らかになってきた。
そこは、まさに楽園だった。
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