第11話

そして、ついに待ちに待った最初の収穫の日がやってきた。朝日が昇りきる前から、俺とフェンはそわそわと落ち着かない。


「よし、フェン!今日はたくさん採るぞ!」


『うん!僕、一番いい匂いのやつ、いっぱい見つけるね!』


二人で顔を見合わせて頷くと、早速畑へと向かった。朝日を浴びてキラキラと輝く薬草たちは、どれもこれもが見事に育っている。葉は青々と茂り、色鮮やかな花や実が、収穫の時を今か今かと待っているかのようだ。


俺はエルロンさんにもらった薬草図鑑を片手に、一つ一つの薬草を丁寧に確認しながら摘み取っていく。根を傷つけないように、花や実を潰さないように。まるで、大切な宝物に触れるかのような手つきだ。


フェンは持ち前の鋭い嗅覚で、特に品質の良い薬草や、完熟した実を選び出してくれる。


『レオン、こっちの赤い実、すっごく甘くて強い匂いがするよ!これは絶対、薬効が高いやつだ!』


フェンがそう言って教えてくれた実を少しだけかじってみると、確かに濃厚な甘みと、体に染み渡るような不思議な温かさを感じた。


「本当だ、これはすごいな!さすがフェンだ!」


『えへへー!』


得意げに胸を張るフェン。そんなフェンの周りには、いつの間にか森の動物たちが集まってきていた。器用な指を持つサルたちは、高いところにある薬草を採ってくれたり、体の小さなネズミたちは、地面に落ちた種を丁寧に拾い集めてくれたり。まるで、みんなで収穫祭を楽しんでいるかのようだ。


『動物親和EX』の力は、こういう時にも本当に役立つ。彼らの協力のおかげで、収穫作業は驚くほどスムーズに進んだ。


午前中いっぱいかかって、俺たちはたくさんの薬草や果実を収穫することができた。カゴいっぱいに詰められた色とりどりの収穫物を見て、俺とフェンは大きな達成感と喜びに包まれた。


「やったな、フェン!大豊作だ!」


『うん!これ、全部食べられるの!?』


目をキラキラさせるフェンに、俺は苦笑する。


「これは薬草だから、全部が全部食べられるわけじゃないぞ。でも、ジャムにしたり、お茶にしたりできるものもたくさんあるからな」


『わーい!楽しみ!』


収穫した薬草を小屋の前に広げ、種類ごとに仕分け作業をしていると、ふわりとハーブの良い香りがして、リリアさんがやってきた。


「こんにちは、レオンさん、フェンちゃん。……まあ!これは……!」


リリアさんは、俺たちの収穫物を見るなり、驚きと感動で言葉を失っているようだった。その大きな瞳が、さらに大きく見開かれている。


「すごい……!なんて素晴らしい薬草たちなのでしょう……!一つ一つが、これほどまでに生命力に満ち溢れているなんて……!レオンさん、あなた様は本当に……神様に愛された方なのですね」


リリアさんは、まるで宝石でも見るかのように、一つ一つの薬草を手に取り、その香りや色艶を確かめている。その真剣な眼差しは、薬草への深い愛情を感じさせた。


「ありがとうございます、リリアさん。でも、俺だけの力じゃないんです。フェンや、森のみんなが手伝ってくれたおかげですよ」


俺がそう言うと、リリアさんはにっこりと微笑んだ。


「ふふ、レオンさんはいつも謙虚ですわね。でも、そのお人柄が、きっと動物たちをも惹きつけるのでしょう。……もしよろしければ、この素晴らしい薬草たちを使って、何か作ってみませんか?私の小屋に、薬の調合に使う道具がいくつかありますし、乾燥させるための棚もありますから」


「本当ですか!?ぜひお願いします!俺も、この薬草たちをどうやって活かせばいいのか、リリアさんに教えてもらいたかったんです」


リリアさんの提案は、まさに渡りに船だった。俺たちは収穫した薬草の一部を携え、リリアさんの小屋へと向かった。


リリアさんの小屋は、森の奥にひっそりと佇む、まるで絵本に出てくるような可愛らしい家だった。家の周りには様々なハーブが植えられており、心地よい香りが漂っている。小屋の中は、薬草の乾燥標本や、見たこともないような調合道具が所狭しと並べられていて、俺にとっては宝の山のように見えた。


「すごい……!こんなにたくさんの道具があるんですね!」


「ええ、祖母から受け継いだものが多いのですけれど。さあ、レオンさん、まずはこの薬草を乾燥させて、ハーブティーにしてみましょうか。この『陽光花』と『月見草』をブレンドすれば、きっと心安らぐお茶になりますわ」


リリアさんは手際よく薬草を選び出し、俺に乾燥の方法やブレンドのコツを教えてくれた。フェンも興味津々といった様子で、俺たちの作業を見守っている。時折、くんくんと薬草の匂いを嗅いでは、『こっちの葉っぱの方が、もっといい匂いがするよ!』なんて、鋭いアドバイス(?)をくれたりもする。


二人(と一匹)で協力して作業を進めるのは、とても楽しかった。リリアさんの薬草に関する知識は本当に豊富で、俺は聞くこと全てが新鮮で、夢中になってメモを取った。


ハーブティーの他にも、簡単な塗り薬や、虫除けの香油なども作ってみた。自分たちの手で育てた薬草が、こうして形を変えていくのを見るのは、なんとも言えない喜びがある。


「できましたわ!これが、レオンさんの畑で採れた薬草で作った、特製リラックスハーブティーです!」


リリアさんが、出来立てのハーブティーを淹れてくれた。湯気と共に立ち上る優しい香りが、小屋の中にふわりと広がる。


俺とリリアさん、そしてフェン(猫舌なので少し冷ましてから)で、そのハーブティーを味わった。口に含んだ瞬間、花の蜜のような優しい甘みと、草原を思わせる爽やかな香りが広がり、すーっと体の力が抜けていくのが分かった。


「美味しい……!なんだか、すごく落ち着きます……!」


「ええ、本当に。素晴らしいお茶になりましたわね、レオンさん」


リリアさんも満足そうに微笑んでいる。フェンもまた、小さな舌でぺろぺろとハーブティーを飲み、うっとりとした表情をしていた。


自分たちで作ったものを味わう喜び。それは、何物にも代えがたいものだった。


そんな穏やかな時間を過ごしていると、不意に小屋の外から、騒がしい声と馬のいななきが聞こえてきた。


「なんだろう?」


俺たちが顔を見合わせていると、リリアさんの小屋の扉が遠慮がちにノックされた。リリアさんが扉を開けると、そこには数人の屈強な男たちと、荷馬車を連れた商人のような風体の男が立っていた。彼らは皆、ひどく疲れた様子で、額には汗を滲ませている。


「突然申し訳ありません。我々は、この先の町へ向かう行商人の一団なのですが、道に迷ってしまい、おまけに仲間の一人がひどい熱を出してしまって……。どこか、休ませていただける場所と、薬を分けていただけそうな心当たりのある方を、森の動物たちに教えてもらって、こちらへ……」


リーダーらしき商人の男が、藁にもすがるような思いで言った。森の動物たちが、ねえ。俺の『動物親和EX』の力が、間接的に彼らをここに導いたのかもしれない。


「まあ、それはお困りでしょう。どうぞ、中へお入りください。お仲間の方の容態を見せていただけますか?」


リリアさんは嫌な顔一つせず、すぐに彼らを小屋の中へ招き入れた。


熱を出しているという仲間は、荷馬車の中で苦しそうに横たわっていた。顔は真っ赤で、呼吸も荒い。リリアさんが手早く診察すると、どうやらひどい風邪をこじらせてしまったようだ。


「幸い、命に別状はなさそうですわ。ですが、このままでは長旅は難しいでしょう。レオンさん、先ほど作った薬草が役に立つかもしれません」


「はい!」


俺たちは、収穫したばかりの薬草の中から、解熱効果や滋養強壮効果のあるものを選び出し、リリアさんが手際よく煎じ薬を作った。フェンも心配そうに、病人のそばに寄り添い、その小さな体から温かい光を送っている。


煎じ薬を飲ませ、しばらくすると、病人の呼吸が少しずつ楽になっていくのが分かった。額の汗も引き、顔色も幾分良くなってきたようだ。


「おお……!薬が効いてきたようだ!ありがとうございます、本当にありがとうございます!」


商人の男は、何度も俺たちに頭を下げた。他の仲間たちも、安堵の表情を浮かべている。


俺たちは、残りの商人たちにも、先ほど淹れた特製リラックスハーブティーを振る舞った。長旅の疲れが溜まっていたのだろう、彼らは一口飲むなり、その美味しさと効果に目を見張り、あっという間に飲み干してしまった。


「こんなに美味しくて、心身ともに癒されるお茶は初めてだ……!」


「この薬草は、一体どこで……?もしや、そちらの畑で採れたものなのですか?」


商人の一人が、窓の外に見える俺たちの薬草畑を指さして尋ねた。


「ええ、そうです。俺と、この相棒とで、最近作り始めたばかりなんですけどね」


俺がそう答えると、商人たちは一様に驚きの声を上げた。そして、リーダーの男が、真剣な眼差しで俺に言った。


「レオン殿、と、お見受けいたします。もしよろしければ、その素晴らしい薬草を、我々に売っていただけないでしょうか?これほどの品質の薬草であれば、王都へ持っていけば、必ずや高値で取引されることでしょう!我々も、その仲介をぜひともさせていただきたい!」


その申し出は、あまりにも突然だった。俺は、自分たちの作った薬草が売れるなんて、考えたこともなかった。


「売る、ですか……?」


「はい!これほどの薬草を、この森だけに留めておくのはあまりにも惜しい!より多くの人々の手に渡れば、きっとたくさんの命を救うことができるはずです!」


商人の言葉には、熱がこもっていた。確かに、俺たちの薬草が誰かの役に立つのなら、それはとても嬉しいことだ。


リリアさんも、隣で静かに頷いている。


「レオンさん、商人さんの言う通りですわ。あなたの薬草には、それだけの価値があります。そして、それを必要としている人々がたくさんいるはずです」


俺はフェンを見た。フェンは、キラキラとした目で俺を見上げている。


『レオンがいいなら、僕もいいよ!僕たちが作ったもので、たくさんの人が元気になるなら、すっごく嬉しい!』


フェンの言葉が、俺の背中を押してくれた。


「……分かりました。まだ始めたばかりで、どれだけの量が確保できるか分かりませんが、もしよろしければ、俺たちの薬草を扱っていただけますか?」


俺がそう言うと、商人の男は顔を輝かせた。


「もちろんですとも!ありがとうございます、レオン殿!では、まずは手付金として、これを……。そして、次の月の初めに、必ずまたこちらへ買い付けに参ります!」


商人の男は、そう言って革袋に入ったずっしりとした銀貨を俺に手渡し、深々と頭を下げた。他の商人たちも、口々にお礼の言葉を述べている。


病人の容態も安定し、商人たちは感謝の言葉を重ねて、再び旅立っていった。彼らの後ろ姿を見送りながら、俺はなんとも言えない高揚感と、そして少しの戸惑いを感じていた。自分たちが作ったものが、誰かの役に立ち、そしてそれが価値として認められる。それは、元の世界では決して味わうことのできなかった、大きな喜びだった。


「なんだか、すごいことになっちゃったな」


『うん!でも、ワクワクするね、レオン!』


フェンが俺の足にじゃれついてくる。リリアさんも、隣で嬉しそうに微笑んでいた。


「レオンさん、フェンちゃん。これから、あなたたちの薬草畑は、たくさんの人々を笑顔にする、希望の場所になりますわね」


その言葉は、まるで予言のように、俺の心に温かく響いた。俺たちの小さな薬草畑から、どんな物語が広がっていくのだろう。期待に胸を膨らませながら、俺は青空を見上げた。太陽の光が、優しく俺たちを照らしている。

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