第3話
日が暮れる前に森を出て、俺たちはギルドへ向かった。薬草を納品した後、換金所の窓口で、集めた魔晶石のかけらをいくつか取り出す。
「すみません、これ、買い取ってもらえませんか?」
受付の女性は、俺が差し出した石を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐに鑑定を始めた。
「これは……確かに魔晶石ですね。純度はそれほど高くありませんが、これだけの量があれば……」
提示された金額は、俺が今までに一度の仕事で稼いだことのないような額だった。思わず目を見開いてしまう。
「こ、こんなに……?」
「はい。何か問題でも?」
「いえ、ありません!お願いします!」
俺は震える手で、お金を受け取った。ずっしりとした重みが、現実感を伴って伝わってくる。これで、しばらくはまともな食事ができる。雨漏りのしない部屋に引っ越すことだってできるかもしれない。
「やったぞ、フェン!」
ギルドを出て、俺は小声でフェンに囁く。フェンは俺の鞄の中から顔を出し、嬉しそうに「きゅん!」と鳴いた。
その日は、いつもよりずっと豪華な夕食にした。焼きたてのパンと、温かいシチュー、そしてデザートには甘い果物もつけた。フェンも、柔らかく煮込まれた肉を美味しそうに食べている。
「フェンがいれば、俺、もっともっと稼げるようになるかもしれない。そしたら、もっと美味しいもの、いっぱい食べさせてやるからな」
『ほんと!?やったー!』
フェンは無邪気に喜んでいる。その笑顔を守るためなら、俺はなんだってできる。そんな気がした。
新しい生活への期待に胸を膨らませながら、俺は眠りについた。隣には、小さな相棒の穏やかな寝息。明日からは、きっと何かが変わる。そんな予感が、確かにあった。
翌日、俺は早速新しい住居を探し始めた。フェンと一緒に暮らすのだから、あまり人目につかない場所がいい。そして、できればもう少し広い部屋がいい。幸い、少し街の外れにはなるが、手頃な家賃で小さな一軒家を見つけることができた。庭もついているから、フェンも自由に遊べるだろう。
「よし、ここに決めよう!」
大家さんに前金を払い、俺たちは早速新しい家に引っ越した。屋根裏部屋とは比べ物にならないくらい広くて清潔な部屋に、フェンは興奮して走り回っている。
「こらこら、あんまり騒ぐとご近所迷惑だぞ」
『だって、嬉しいんだもん!レオン、ありがとう!』
フェンは俺の足元に飛びついてくる。俺はその小さな体を抱き上げ、高い高いをしてやった。フェンの楽しそうな声が、新しい家に響き渡る。こんな幸せな日が来るなんて、異世界に来た当初は想像もできなかった。
新しい生活が始まり、俺はフェンと一緒に、本格的に素材集めを始めた。フェンの驚異的な発見能力のおかげで、俺たちは次々と高価な薬草や鉱石を見つけ出し、それを換金することで、みるみるうちに資産を増やしていった。
噂はすぐに広まった。「レオンという冒険者が、最近羽振りがいいらしい」「どうやら、珍しい素材を見つける才能があるようだ」そんな声が、ギルドでも囁かれるようになった。もちろん、俺はフェンのことは秘密にしている。あくまで、俺自身の力ということにしておいた。
だが、目立つようになれば、当然、面倒な輩も寄ってくる。ある日、いつものように森で素材集めをしていると、柄の悪い冒険者数人に囲まれた。
「よう、お前がレオンか。最近、いい儲け話があるそうじゃねえか」
リーダー格の男が、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。手には錆びた剣。明らかに、善意で話しかけてきているわけではない。
「……何の用だ?」
俺は警戒しながら答える。フェンは俺の足元で、低い唸り声を上げて威嚇している。
「まあ、そう睨むなよ。ただ、お前のその『才能』を、少し分けてもらおうと思ってな。俺たちと組めば、もっと効率よく稼げるぜ?」
「断る。俺は一人でやる」
「そうつれないこと言うなよ。俺たちは、お前よりもずっとこの辺りの地理に詳しいんだぜ?それに、魔物が出た時だって、俺たちが守ってやる」
男はそう言って、仲間たちと目配せをする。完全に、俺をカモにしようとしているのが見え見えだった。
「必要ない。俺は自分の力でやる。邪魔をするなら、容赦しないぞ」
俺は静かに告げる。内心は、少しだけ緊張していた。戦闘経験なんてほとんどない俺が、果たしてこいつらを追い払えるだろうか。だが、フェンを守るためには、ここで引くわけにはいかない。
「ほお、威勢がいいじゃねえか。だがな、口だけじゃどうにもならねえんだよ!」
男が剣を振り上げ、襲いかかってくる。他の連中も、じりじりと距離を詰めてきた。絶体絶命か。そう思った瞬間だった。
『レオンに手出しはさせない!』
フェンが、今まで聞いたこともないような鋭い声で吠えた。その瞬間、フェンの体から眩い光が溢れ出す。白い毛並みはさらに輝きを増し、額の角はほんの少しだけだが、成長したように見える。そして、フェンの周囲に、小さな風の渦が巻き起こった。
「な、なんだこいつは!?」
男たちは、突然のフェンの変化に度肝を抜かれている。俺もまた、目の前の光景に言葉を失っていた。これが、フェンの本当の力なのか……?
風の渦は徐々に大きくなり、男たちを包み込む。
「ぐわっ!目が、目がぁ!」
「うわあああ!」
男たちは目を開けていられず、悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。風が止むと、彼らは全身埃まみれで、完全に戦意を喪失していた。
「な、なんなんだよ、この化け物……!」
リーダー格の男は、恐怖に引きつった顔でフェンを見ている。フェンは、そんな男たちを鋭い目つきで睨みつけていた。その姿は、いつもの愛らしいフェンとはまるで別人……いや、別犬のようだ。
「もう二度と、俺たちに近づくな。分かったか?」
俺が低い声で言うと、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。あっけない幕切れだった。
「フェン……お前、すごいな」
俺がそう言うと、フェンは途端にいつもの愛らしい表情に戻り、俺の足元に駆け寄ってきた。
『レオン、大丈夫だった?怖かった?』
「ああ、大丈夫だ。お前のおかげだよ。ありがとう、フェン」
俺はフェンを抱きしめる。こんなに頼もしい相棒がいてくれて、本当に心強い。
この一件で、俺はフェンの持つ力の片鱗を垣間見た。そして同時に、この力を悪用しようとする者たちから、フェンを守らなければならないという決意を新たにした。
俺たちの生活は、フェンのおかげで豊かになった。しかし、それは同時に、新たな危険を引き寄せる可能性も孕んでいる。俺は、もっと強くならなければならない。フェンを守り、そして、この異世界で穏やかに暮らしていくために。
そのためには、まず情報が必要だ。フェンは一体何者なのか。そして、この『動物親和EX』というスキルは、本当にこれだけの力なのか。もっと何か、俺にできることがあるのではないか。
俺はギルドの資料室で、古い文献を漁り始めた。魔獣や幻獣に関する記述、あるいは、特殊なスキルを持つ人間の記録。何か手がかりが見つかるかもしれない。
フェンは、そんな俺のそばで、静かにお座りして待っている。時折、俺の顔を心配そうに見上げてくるのが可愛らしい。
「大丈夫だよ、フェン。俺は、お前のことをもっと知りたいだけなんだ」
そう言って頭を撫でると、フェンは安心したように目を細めた。
数日が過ぎた頃、俺は一冊の古い本の中に、興味深い記述を見つけた。それは、『聖霊獣』と呼ばれる存在についての記述だった。聖霊獣は、自然界の精霊と心を通わせることで、強大な力を操ることができると言われている。そして、その容姿の特徴の一つとして、『額に一本の角を持つ白い獣』という記述があった。
「これって……フェンのことじゃないか?」
俺は思わず声を上げる。もしフェンが聖霊獣だとしたら、あの不思議な力も納得がいく。そして、聖霊獣は非常に珍しく、その力を求める者たちに狙われやすい存在でもあるという。
「やっぱり、フェンのことは秘密にしておいて正解だったな……」
俺は改めて気を引き締める。そして、もう一つ気になる記述を見つけた。『聖霊獣の主たる者は、聖霊獣との絆を深めることで、その力を一部借り受けることができる』と。
「俺が、フェンの力を……?」
それはつまり、俺自身も戦う力を得られる可能性があるということだろうか。もしそうなら、フェンを守るためだけでなく、もっと多くのことができるようになるかもしれない。
俺は本を閉じ、隣でうたた寝を始めているフェンを見つめた。この小さな体に、そんな強大な力が秘められているとは。
「フェン、俺は、お前と一緒に強くなりたい」
眠っているフェンに、そっと語りかける。その言葉は、俺自身の決意表明でもあった。これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、このかけがえのない相棒と共に、乗り越えてみせる。俺たちの物語は、まだ始まったばかりなのだから。
まずは、聖霊獣についてもっと詳しく調べる必要があるだろう。そして、どうすればフェンとの絆を深め、その力を借り受けることができるのか。幸い、最近は懐にも余裕がある。情報収集のために、少し遠出をしてみるのもいいかもしれない。
そう考えていると、フェンがむにゃむにゃと寝言を言った。
『レオン……お肉……もっと……』
思わず笑みがこぼれる。どんなにすごい力を秘めていても、やっぱりフェンはフェンだ。
「よし、明日は美味しいお肉をいっぱい食べさせてやるか」
俺はそう呟き、再び本に目を落とした。聖霊獣の記述は多くない。だが、諦めずに探せば、きっと何か新しい情報が見つかるはずだ。俺は、まだ自分の持つ『動物親和EX』というスキルの全容を理解していないのかもしれない。このスキルと、フェンという存在。その二つが交わった時、一体何が起こるのか。期待と少しの不安を胸に、俺は知識を求めてページをめくり続けた。
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