十三章 〝破壊者〟たち

「任務完了」


 炎はゴーグル型の無線を起動させた。


「良くやったわね。モニター越しでもわかるくらい、拓巳君はプレゼントをとても喜んでいたわよ」


 矢崎家の三角屋根に腰を据えたイヴ。半透明のホログラム式パソコンを操作しながら、炎に応答した。

 シンタクラスの入団テスト『オモチャを届ける』は、時間ギリギリで間に合った。


 イヴの肩に乗るカミゴンも興奮気味だ。


「冗談抜きで見事だったカミ。ヒヤヒヤしたけど、変身ベルトで先生にふんしたのは機転がいてたカミね。完璧な敬語を使いこなして、まるで別人だったカミよ!」


「へへっ、俺だってやるときゃやんだぜ」


 変身を解き、学生服姿でひた走る炎は、鼻が高かった。ネットで敬語を調べたのは内緒である。


「それにしても、よく拓巳君がボードゲームを欲しがっているとわかったわね。特殊なテクニックでも使ったの?」


かん


「勘……!」


 炎のあっけらかんとした答えに、イヴは両目が飛び出そうだった。炎らしい、早速のレギュレーション無視である。


「いや、普通にセーフだろ。『本人の欲しいオモチャを知り、それを届ける』。『本人から聞き出せ』とは一言も言われてねえぞ」


「あたしが変身ベルトのヒントをあげたのは、本人と会話しやすくするためよ。勘で選ぶだけなら、誰だってできるじゃない!」


「結果オーライ。何言われようと、パスはパスだからな」


「はぁア……」


 イヴはカミゴンを抱き寄せ、物思ものおもいにふけるように頭をでた。


「今回については、炎、あなたにがある。でもね、今後あたしを出し抜くような真似はしないでほしいわ。


 あたしたちはサンタなの。サンタは本人が望むプレゼントを届けるやくまわりなのよ。勝手にプレゼントを選んだら、サンタの存在意義がなくなっちゃうじゃない」


「存在意義か。大層な名分めいぶんを振りかざしやがって。お前ら高度なパソコンやらゴーグルやら使ってるくせに、アイツのこと何も分かってないのな」


「どういう意味よ」


 ほおふくらませたのはイヴだった。


「アイツが『バトルカードが欲しい』って言ったら、お前らはそれを渡したのかよ」


「規則だからね」


「これだからサンタは。イヴ、お前少しは学生したんだろ? もっと人間のこと分かれよ。人間ってのはな、口に出して強請ねだるものが、本当に欲しいとは限らないんだぜ。


 ただの配達ならピザ屋でもできる。サンタなら、願いのその先をみ取るべきなんじゃねーのかよ」


「相手の気持ちがいっちょういっせきに分かったら、超能力でしょう!」


 はたと口を押さえるイヴ。炎がカミゴンに苦言した文句そのものではないか。


 何なんだこの男は。イヴはゴーグルを閉じ、モニターに映る彼を、改めて凝視する。


 一介いっかいの人間がサンタに進言? ただのパワー系ヒーローではないのか。まさか、〝あの力〟が? だとしたら、裏世界最大の異能力者……。


「バーカ、バーカ。言い返してみろ! 高校男子の雑言ぞうごんめてんじゃねーぞ! お尻ペンペーン」


 彼女はかぶりを振った。やっぱ、ただのアホだ。


「今回はビギナーだから大目に見るけど、サンタ活動中は、ルールに従ってもらうわよ。いいわね? サンタの三大きん。一つ目」


「オモチャを間違わない」


「二つ目」


じょうを明かさない」


「三つ目」


「ライフをおくらない」


「カミゴン、よくできました。この三大禁忌を守ってさえいれば、あなたはサンタとしての活動を続けられるし、贈与者ギフト・クラウンになれる日も来る。


 とにかく守るの。ルールは一ミリもはみ出しちゃいけないわ。あなたの行動は、一つ目のルールを破りかねないものだった。危ない橋を渡った自覚をなさい」


 まるで先生と生徒だ。


『三大きん』。昼休みにイヴから聞かされた禁則事項だった。シンタクラスには決して破ってはいけない三つの規則が存在する。


 サンタは子どもが嫌がるオモチャを届けてはならず、決して身分を明かしてはならない。命の尊厳にも踏み込んではいけない。裏世界絶対のおきてだ。


 炎は頭が痛くなってきた。


 ルール、ルール、ルール! どうしてこの世界には自分をしばるものが多いのか。


「そもそも、テメーらサンタが人間相手に不器用すぎるのが――」


 ――ズドォォオオン!


 言い合いをしていると、住宅の間から、耳をつんざくほどの巨大な地鳴りがした。





「表世界の人間は、狭い空間に閉じこもるのが好きだねぇ」


 窓のさんに足を掛け、月光でシルエットを現したのは、


「け、健太君じゃないですか」


 クラスメイトの一人、健太であった。


 生気のない顔。彼は眼球をぎょろりとさせ、まるで獲物を探す捕食者のように、拓巳の勉強部屋を見回している。


 拓巳は本能的に間合いを取った。


「警戒しないでよ。友達じゃないか」


 健太の声が冷たく響く。


 その瞬間、健太の口は裂けるように広がり、耳まで達する不自然な笑みが浮かんだ。健太の体が重力を無視して部屋にすべり込んでくる。


「新しいサンタはどこだい? 君は何をもらったの?」


「し、知らないさ」


「教えてくれないのかい」


 拓巳の言葉に、健太の目が赤く染まる。粘土をつぶすグチャッという音を伴い、健太の体がゆがみ始めていった。蜘蛛くもじみたちょうわんが伸び切り、拓巳を壁に押し付けて、


「ねぇ、教えてよ。誰が新しいメンバーなんだい? 彼の弱点はなんだい? 友達同士、けに語ろうよ、ほら」


 拓巳はなんとか椅子いすつかみ、彼に放り投げた。椅子は健太の腹部に命中したが、傷一つつかない。


「僕に友達なんていませんよ! あなた健太君じゃありませんね」


「なーんだ、もうバレたのか。つくづく人間の心は読めない」


 ――ブスッ


「――ガはッ!」


 えいな爪が、拓巳の片腕かたうでとらえた。すじが断絶する痛みに、拓巳は声にならない声を上げる。


「ボクたちは急いでるんだ。規格外の異能を持つのが彼かもしれないからね。覚醒かくせいする前につぶしておきたいのさ。友達はいない。だったら吐きなよ。彼はどこにいる」


 グギギギ……。


 血が腕を伝って床にしたたり落ちる。爪をひねられ、腕の傷口が深くなっていくのが分かった。


 何者かは知らない。こんな訳のわからない奴に、腕を引きちぎられるのはまっぴらめんだ。


 友達はいない。そうさ、当たってる。


『メガネ!』『メガネ、焼きそばパン買ってこい』『体力ねーなお前は』『真面目過ぎんだよ』『いんキャはあっち行ってろ』『ザコが』


 これまで、先輩や同級生たちに散々からかわれてきた。メガネだの陰キャだの、言われ放題だったじゃないか。


 ここで僕がリベンジに出たって、誰も文句を言えない。悪いのはいつだって周囲だ。いっそのこと――


『お前、演技の才能あるんじゃね?』


 思い出したのは、誰も掛けてくれなかった言葉。自分を認めてくれた同級生。


 拓巳はじゃねんを払うように、大きく首を振った。





「聞いていればモンスターの分際ぶんざいで、この僕に命令ですか」


 学級委員はのりのついたメガネを押し上げ、敵を軽蔑けいべつするように見据えた。


「不法侵入、暴力、恫喝どうかつ。校則破りのオンパレードですね。いつから不良はそんなに偉くなったんです? 悪役は悪役らしく、僕にかしずくものです」


「あん? 何言って……」


かしずけぇ!」


 ナイフが飛んだ。


 その荒々しい声。先ほどとは一線を画す拓巳のせい調ちょうは、まるで心臓をひときするナイフだった。敵は突然の出来事に腕を引っ込めた。


「おい、何してんだ。こんなモヤシ相手にビビってんじゃねーぞ」


「モヤシ相手? 自分の立場が分からないようですね。人の上に立つは腕力にあらず。古来より人は、言葉にスピリットを宿す者を、あるじとしてあがめてきました。


 ライオンやヒョウがえるのはなぜか? 吠えれば相手が動けなくなると知っているからですよ」


「バカな。なぜ腕が言うことを聞かない」


「あなたはミスを犯したんです」


 拓巳は腕に刺さっていた爪を引っこ抜いた。


「クラスメートの肉体を借りれば、やすやすと学級委員のふところに入れると思ったんでしょう。あなたは人間というものをわかっていない。本能が最も恐れおののくのは声なのに」


「そうか。そうかそうかそうか。この肉体にそんな弱点が」


 くぐもった笑い声。黒い影は巨大化し、天井の届くほどになった。

 見ると、抜け殻になった健太が倒れ込んでいる。


「健太君! 大丈夫ですか!」

 拓巳は慌てて健太の腕をつかみ、ベッドの死角に引き入れた。


「小細工などせず、元の姿のままで良かったのか」


 黒い影が渦を巻くように凝集ぎょうしゅうし、人型へと変貌へんぼうしていく。


 むらさきの唇。血の気のないはくの肌。深い紅榴石ガーネットの瞳。


「君の能力〝言霊ことだま〟は興味深い。だが――」


 ベルベットのごとく柔らかく、しかしまさかりのように鋭いテナーが響き渡る。


「言葉だけでは、この美しき我が肉体に、傷一つ付けられないのだよ」





「はあ? 助けに行けない?」


 矢崎炎はゴーグルに向かってたけた。


「我慢しなさい!」


 イヴがいさめる。


 ゼルヴァンが出現したのは、疑いようもなく拓巳の家だった。カミゴンが慌てて間に入る。


「今すぐ戦いたいのは分かるカミ。でも、相手は本物のゼルヴァン。ガキトとは比較にならない強さカミ。炎の現在の実力じゃ、小指で倒されるカミよ」


「さっき応援を呼んだから、五分もすれば来てくれる。一斉いっせいに叩いて拓巳君を助けるべきよ」


 イヴは立ち上がり、手首と足首にあるボタンを押す。ガスが噴出し、学生服がサンタコスチュームに変容した。


「五分……! ゆうちょうなコト言ってられるかよ!」


「忘れないで」


 イヴの言葉は冷たい。


「三大きん、第二条。『素性を明かさない』。もし、あなたが戻って魔法で戦ったら、プレゼントの贈り主が判明してしまう。


 あなたは一度の変身で魔素ソルをほとんど消費してしまってるわ。変身できても足先あしさきくらい。で拓巳君の前に出るつもり?」


「お前がナントカって魔法で、アイツの記憶を消せばいいだろ!」


「バカ言わないで。炎、あなたのために言ってるの。ルールを二つも破ったとなれば、確実にあなたはサンタ界から追放される。それはあなたにとっても、あたしたちにとっても、にならない話なのよ」


(くっ、またそれか)


 炎はごうを煮やした。


 ――ズドォォオオン!


 最初の地鳴りを超える振動。拓巳の部屋からだ。


「これでも手を出すなって言うのかよ!」


こらえなさい」


 ブレイブソードを握りしめる手がきざみに震えた。


『ケーキ?』


『そうさ、小さいショートケーキじゃないぜ? こーんなでっかい、ホールケーキなんだ』『美味しそう。早く食べてみたい!』


すずは風船を持っていたんだ』『お前のせいじゃないぞ、炎』


 自分をなぐさめる、さびしい父の背中。


 ふんを知ったあの日。


『妹が息を引き取るまで、サンタは姿を見せなかった』


「――あぁああ!」


 気が付くと、炎は渾身こんしんの力でアスファルトをっていた。


「炎、やめなさい!」


 わずかな魔素ソルを使い、スニーカーは七色に光り始める。炎は持ち前の脚力で、近くのへいを踏み越え、住宅のひさしを登り、助走をつけて屋根からジャンプした。


 躍動やくどうする、きたえ抜かれたたい三頭筋。同時に発炎するブレイブソード。メジャーがあれば、間違いなく幅跳び世界記録を超えただろう。


「ブレイブ・星芒爆光<スターバースト>ォォオ!」


 ――バリィィイイン!


 拓巳は見た。


 窓ガラスをやぶって入ってきた、両耳ピアス、似合わないサングラス、ダサいどくネクタイの人間を。


「覚悟しやがれぇええ!」


 振られたブレイブソードは、雷と火の壮絶なビジュアルを伴いながら、


「――ギャァアァア!」


 ゼルヴァンの腹部を捉えたのであった。

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