昏睡から目覚めたら、黒髪委員長は彼女ヅラして外堀を埋めつつあるし、クラスは色恋沙汰で崩壊してるし理解不能
まちかぜ レオン
一章 退院とデート
第1話 昏睡してる間になにがあったんだ……
高校での青春といえば、なにが連想されるだろうか。
テスト、部活動、クラス会、文化祭などなど。
今年度が始まってから、俺はそのほとんどと無縁だった。
高校2年生の春は、病院のベットの上で虚しく過ぎていった。
きょうも病院の個室に置かれたベッドに寝転んでいる。やることもあまりない。あっという間に15時だ。
俺――
暇だし、振り返ってみるか。
***
事故にあったのは4月半ばのことだった。ようやく、クラスのことがなんとなくわかってくる時期だった。
下校中。車道で立ち往生した猫を助けようと、俺は咄嗟に飛び出した。
ブレーキが間に合わなかったらしく、俺は車に轢かれた。猫は無事助かったものの、俺は無事じゃなかった。
外傷はあまりなかった。だが、頭の打ちどころが悪く、一時は昏睡状態に陥った。
無事に意識は戻ったものの、ちゃんとコミュニケーションが取れるようになるまでは時間がかかった。
最近では、リハビリもやれるくらいになった。ここまで身体が回復し、後遺症も少ないのは奇跡らしい。若いのも理由のひとつだとは思う。
「本来なら、こううまくはいきません」
と、医者からは口酸っぱく言われる。
奇跡的で非現実的な復活だろうと、元気になれたのは揺るがない事実だ。万物に感謝するしかない。
***
もう6月。そろそろ退院。
2か月も高校に行けなかった。学園祭は終わった。中間テストも近づいている。2か月の空白はデカい。
どうやってキャッチアップしていくのか?
――コンコン。
病室の扉がノックされた。どうぞ、とこたえる。
「元気にしてたかな、格星くん?」
「伊波さん、きょうも来てくれたんだ」
「だって私、委員長だしさ。クラスメイトの困難は一緒に背負わなきゃ」
ぱっちりとした二重の目、手入れの行き届いた黒髪ロング。
やってきたのは、2Aクラスの学級委員長。
「平日にほぼ毎日来るのは、さすがに重荷じゃなかったか。いろいろ話題も用意してくれて。勉強も教えてくれて」
「そんなことないよ。これは私のためにもなってるし」
「ありがたいけど、伊波さんの考えはよくわからないなぁ」
「やっぱ格星くんってズバズバいくね」
「鈍感で人あたりが悪いだけだよ」
ふふふ、と伊波さんは微笑んだ。
「この関係も、終わっちゃうね」
俺は小さく頷く。
「悲しい顔をしないでくれ。ようやく復帰できる。やっと高校2年生をはじめられる。これはいいことなんだ」
「だけど……人間関係が……」
「仕方ないだろう。最初はぎこちなくても、いずれ相性のあう人間が見つかるはずだ。それに、伊波さんがいるし」
いままで見せていた苦々しい表情が、ぱあっと明るくなる。
「だよね。私がいるもんね」
「伊波さんには感謝しかない。一緒にいてくれたから、プラスの気持ちでいられた。高校生活を追体験してるみたいで、楽しかった」
友達とカフェに行って駄弁ったり、部活で活躍したりだとか、勉強でいい結果がでたり、だとか。
思い返してみると、あんまりクラスの話はしてなかった気がする。
新学期の頃を見た感じ、みんなひとあたりが良くて、最高のクラスになるだろうと確信していたものだ。
文化祭とかクラス行事とかもあったと思うんだけど、そういえばそこには触れてなかったな。
「クラスはどうなんだ?」
「あー、クラスね、うんうん」
反応が明らかに鈍い。明るく振る舞っているが、作り笑いだ。
「なぁ、俺に隠してること、ないかな」
「私は格星くんに嘘はいってないよ」
「別に疑いたくはないんだけど、思い返すとクラスの話がないな、って。いままでは別に話してもらわなくても大丈夫だったけど、そろそろクラスに復帰するしさ」
「……」
黙ってしまった。
俺は、この2か月、クラスの様子を実際に見ることはできなかった。
病室まで足を運んで、話をしてくれる伊波さん。彼女の情報がすべてだ。
伊波さんからクラスの情報を遮断されてしまえば、当然、クラスのことを知りようがない。
「失礼します」
膠着した空気を乱すように、看護師さんが入ってきた。中年女性の方で、入院中はよくお世話になった方だ。
「あら、きょうも彼女さんが来てるのね」
「こんにちは、天間さん。ようやく”かーくん”も元気になってくれて、とってもうれしいです」
きゃぴきゃぴとした、そとゆきの声色だ。
「元気になってよかったわね。灰原くんも、こんなかわいい彼女を心配させるような真似をして、まったくもう……」
「猫を助けたかっただけです」
「自分の命は自分だけのものじゃないんだからね。回復できたからよかったのよ」
俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「こんな献身的な女の子、いないんだから。絶対に離しちゃダメよ」
「わかってます」
それからいくつか確認、連絡事項やらを伝えると、天間さんは退出した。
伊波さんはご機嫌だった。顔がわずかに火照っている。
「中断されちゃったが、さっきの続きをしよう。クラスは、どうなんだ」
「格星くんには、私っていう彼女がいるんだしさ、その話はナシにしない? あんまり聞かない方がいいこともさ、世の中にはあるんだよ」
たしなめるように、伊波は優しく口にした。
「きょうはそろそろ帰ろうかな。部活に戻らなきゃ」
クラスのことには、それ以上触れず、面会時間のリミットをむかえた。
病室は俺だけになった。残るのは、伊波さんの甘い匂いだけだ。
……いったん落ち着こう。
伊波さんは俺の彼女ではないし、付き合い始めた記憶もない。
一方的に、伊波さんはじわじわと外堀を埋めてきた。看護師にも、俺と伊波さんの親族にも、おそらくクラスメイトにも。
俺と伊波さんが恋愛関係だ、という認識がじわじわと浸透していった。それが事実ではないのにもかかわらず、だ。
俺はずっと背筋が寒い。
伊波さんは可愛いし、性格もいいし、俺にはもったいないと思うくらいだ。
これまでの関係は楽しかった。そこは間違いない。
それはそれとして、疑惑はつきない。
なぜ、伊波さんが彼女ヅラをはじめたのか?
なぜ、伊波さんはいっさいクラスのことについて口にしないのか?
そもそも、クラスはどうなってしまったのか?
浮かび上がる疑問から、俺は目を背けた。
かまわない。クラスに復帰をすれば、すべてがわかる。伊波さんの意図がわからないのは困るが、時間が解決してくれるはずだ。
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