第40話 歌で斬り結ぶ――剣を持たぬ戦い
ステージの光が一度、落ちる。
先にパフォーマンスを終えた《Myth∞Twinkle》が舞台を下り、会場は深い静寂に包まれた。
だが、それは次なる“戦い”の始まりの予兆だった。
観客席にうっすらと漂う違和感――空気が変わった。
どこか刺すような、冷たい緊張感。心の奥を揺らす“光”ではなく、“断罪”の気配。
それを感じ取った瞬間、天より一条の光が――否、“光そのもの”が降臨した。
「……セラフィナ!」
リリスの声が震える。
ステージ中央、神聖なる天の輝きが現れたと思えば、その中から翼を六枚展開した天使が現れた。
天使長・セラフィナ。その足取りは重く、迷いはなかった。
客席がざわつく。
天界最高位の存在が、まさか“ライブ中”に現れるなど前代未聞だったからだ。
セラフィナは剣を持たぬまま、リリスの前に降り立った。
「ここが、あなたの“答え”を見せる場所なのね、リリス・アルセリア=ファム」
「うん……ここで、私は“戦わずに伝える”と決めたの」
「戦わぬ者に、世界は変えられない。
あなたは誰かの力に頼り、舞台の上で夢を語るだけの、空虚な少女だ」
「違う。私は……全部、歌にする」
リリスはひとつ息を吸い込み、目を閉じた。
そして、静かにマイクを手に取る。
セラフィナは何も言わず、向かい合った。
――静かな音が流れる。
ピアノの音色。そこに乗せられたのは、リリスの歌だった。
♪「生まれたとき、私は光でも闇でもなかった
ただ小さな声で、歌を覚えていった」♪
優しい旋律が、会場を包む。
観客の誰もが、呼吸を止めて聞き入る中、リリスはまっすぐにセラフィナを見つめ続ける。
♪「誰かを傷つけるよりも
誰かを笑顔にする言葉を、選びたいだけなの」♪
だがその時、セラフィナが一歩、前に出た。
「……私は、その声のせいで、大切なものを失った。
女神は、魔王に心を許し、兄は命令を拒んで堕ち、天界は秩序を失いかけている」
その声に怒りはなかった。ただ、哀しみが深く滲んでいた。
「あなたを許すということは、私の“正しさ”を捨てることになる」
そして、セラフィナの背から放たれた六枚の翼が輝く。
――彼女は、歌い返した。
♪「正しさは、人の数だけあったはず
なのに私は、自分の剣だけが正しいと信じていた」♪
セラフィナの声は、澄んでいた。
そして何よりも切なく、美しかった。
その瞬間、光と闇――二つの歌が、ステージ上で交錯する。
それは剣ではなく、言葉でもない、“魂”の斬り結びだった。
観客席で見ていたシオンが、つぶやいた。
「……これは、戦いだ。俺が剣でしてきたことより、よほど心を刺す」
サイリウムが観客の手の中で、ひとつ、またひとつと色を変えていく。
光、闇、そしてその中間に揺れる“混色”――誰か一人の勝ちではなく、“響いた”という証。
リリスとセラフィナは、最後の一節で声を重ねた。
♪「信じたい――
争いではなく、手を伸ばすことを」♪
沈黙が、広がった。
その場にいた誰もが、言葉を失っていた。
それは、戦いの終わりではなく、“戦う理由を見失わせる”ほどの歌だった。
セラフィナは剣を取らなかった。
ステージを去るとき、彼女はただ静かにリリスを見た。
「歌で届いたものがあるとすれば……それは、あなたの強さではなく、諦めなかった心ね」
そう言い残し、彼女は天へと姿を消した。
リリスはその場に立ち尽くしながら、小さくつぶやいた。
「……これで、世界は少しだけ変わったかな」
観客の拍手が、雪崩のように降り注いだ。
その音は、戦場の鬨の声ではない――感動と共感が鳴らした、心の音だった。
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