第4話 旅立ち、そして上京!

 魔王城・転移門の間。

 巨大な魔法陣が、床一面に展開されていた。


 淡い紫と青の光が、空気を震わせている。

 中央には《転界の門》。異世界と現代世界をつなぐ、唯一の通路だ。


 リリスは、そこに立っていた。


 白銀の髪はふわりと揺れ、衣装は特注のアイドルコーデ――天界の羽を模した白と金のミニドレス。足元には、魔王軍謹製の厚底ブーツ。

 腰には、父から授かった神器『響鳴導器サウンドブリンガー』を下げている。見た目はゴツいが、ちゃんとマイク機能付き。


「うわぁ……なんか、本当に行くんだ、って感じ」


 魔法陣の光が肌に触れて、くすぐったい。


「行ってらっしゃい、リリス」


 女神セレナフィアが、優しく微笑んだ。

 その笑顔は、どこまでも穏やかで、どこまでも強かった。


「うん、行ってくる!」


 リリスは笑顔を返す。

 でも、口元が少し震えていた。


「ふん。貴様が夢を追うのなら、世界を敵に回そうとも構わぬ。だが、何かあればいつでも呼べ」


 魔王グランが、いつもの仏頂面で言った。

 その手には、もうひとつのお守り――魔界の魔晶石で作られた小さなブローチ。


「これ……?」


「『視界繋珠ビジョン・リンク』。これを通じて我らはお前を見守る。舞台の上でもな」


「の、覗かないでね!?」


 ツッコミは当然だった。


 でも、嬉しかった。


 過保護すぎるけど、誰よりも信じてくれる家族がいる。


「……いってきます!」


 リリスは振り返らず、転移門へと踏み出した。


 空間が揺れる。光が弾け、世界が反転する。


 ――そして。


◇ ◇ ◇


 「……来たな」


 その瞬間、クロノのスマホに通知が届いた。


《転移完了》


 自社ビルの最上階にある“特別迎賓区”の扉が、静かに開く。

 その向こうから、軽い足音が響いてきた。


 「わああああっ……! これが、現代世界……っ!?」


 現れたのは、まばゆい光を背負った銀髪の少女――リリスだった。


 その姿に、スタッフたちは一瞬、見惚れた。


「な、何あれ……人間……? いや、天使? 小悪魔?」


「舞台装置じゃなくて、本人が発光してる!?」


「リアルで“次元が違う”ってこういうことか……!」


 だが、その中でひとりだけ、静かに立つ男がいた。


「――よう。リリス」


 クロノ。黒のスーツに、無表情気味の兄。


 リリスは、ぴたっと動きを止めた。

 ほんの一瞬だけ、迷ったように足を止めて。


 でも次の瞬間には――


「兄様ぁぁぁぁっっっ!!」


 ダッシュで突っ込んだ。


「うわっ」


 クロノが軽くたじろいだ瞬間、リリスが勢いよく抱きついた。


「ほんとにいたっ! ほんとに迎えに来てくれたっ! しかも超イケメン! やだ、プロデューサーってかっこいいお兄様仕様!?」


「……まずは落ち着け。スタッフの目が痛い」


「えへへ~、あ、でも、がんばるからねっ! 私、ちゃんとアイドルになるから!」


 リリスは、涙ぐみながら笑った。

 その表情に、クロノは微かに口元をゆるめた。


「……ああ。全力で、サポートしてやる」


 その言葉は、プロデューサーとしての宣言であり、兄としての誓いだった。


 こうして――

 魔王と女神の娘、リリスの“現代でのアイドル物語”が、いよいよ動き出した。

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