6
祐哉の自宅は、彼の曾祖父の代から続く旅館で、父が三代目である。今年で五十四になる父親の鷹利は、幼少から高校卒業を経て、ずっと自宅の村井旅館で働き続けている。鷹利が二十八の時、彼の父親で村井旅館の二代目でもある一利が他界した。鷹利は慌ただしく一利の後を引き継いだ。しばらくは鷹利の母、世津子と二人で旅館を切り盛りしていた。鷹利は高校の同級生の晴美と三十歳で結婚し、三十三歳の時に哲哉が、三十八歳の時に祐哉が生まれた。
祐哉が自宅に戻った頃、晴美は客向けの夕食の支度に忙しかった。晴美としては、本当は祐哉にも夕食の準備も手伝ってもらいたかったが、祐哉が断固として拒否した。祐哉は納得がいかなかった。子供が家業に専念するのは当然だと母親は思っているのではないか、と考えていた。確かに、両親と祖母が慌ただしく働き続けていた様子は子供の頃から日頃目にしていたから、母親が子供をあてにする気持ちはある程度は理解できた。しかし、それがどこの家庭でも当然であるとは限らない、ということも知っていた。
母親と喧嘩をしてまでもぎ取った、貴重とも言える自由時間を、祐哉は何もせず、冷房を効かせた自分の部屋で寝転がったまま過ごしていた。
「祐哉、自転車はちゃんと直っただか?」
ふすまの向こうから母親の声がした。
「ああ。さっき乗って帰ってきたよ」
「ちょっと開けるよ」
祐哉は腹筋に力を込めて起きあがろうとしたが、母がふすまを開けた瞬間には間に合わなかった。
『寝てるなら手伝ってくれりゃあいいじゃん、もう』
母から今までに何度も言われたその台詞は、今日はなかった。
「おい、今日、夕飯の後に大事なお客さんが来るで、お前も居間にいてくりょお」
「え? なんで? 誰お客さんって」
祐哉の問いかけに母は少し黙った後、答えた。
「後で父さんが言うから、とにかく」
祐哉には、見上げた母の表情が少し悲しげに見えた。ふすまが閉じられた後、起き上がり、大きく二回ためいきをついた。それから机の上に置きっぱなしだった数学の問題集を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます