第2話「柴犬」1
滋賀県大津市出身で、東京西部の出版社に勤めるカワズルアズサ。彼女は、最寄り駅まで徒歩10分ほどのアパートに一人で住んでいる。ある梅雨の日、本降りの雨の朝、アズサがいつものように、スーツ姿で出勤のしたくを整え、玄関のドアを開けると、ドアの前に何かがいる。驚いてわずかに後ずさりすると、それは雨に濡れた一匹の犬だった。
「なんや、どうした? あんた、どっから来た?」
アズサは、びっくりはしたものの、それほど大きくない犬と分かると、その犬に声をかけた。
犬は、茶色の柴犬だった。本降りの雨に降られて、すっかり毛が濡れて、体にぴったりくっついている。よく見ると、まだ暑くない時期の雨だからか、体が細かく震えている。瞳は、じっとアズサの目を見ていた。
アズサのアパートは二階である。この犬は、わざわざ階段を上がって、二階のアズサの部屋の前に座って、アズサが出てくるのを待っていた、ということになる。もちろん、このアパートに犬を飼っている人はいない。近所でも、こんな柴犬は見かけたことがなかった。
びしょ濡れでぶるぶると震えている柴犬を見て、さすがにそのまま見過ごすわけにはいかない。アズサは、高校の同級生で、動物の専門学校を出た後、地元の大津でペット店に勤めている親友のリナのことを思い出した。
「うーん、リナがおったらええんやけどな。どうしょう?」
独り言のようにつぶやいてみたものの、仕事場に向けて家を出ようとしたアズサの周囲には誰もいない。開いたアパートの玄関ドアの前で、スーツ姿のアズサと濡れた柴犬が向かい合っているばかりだった。
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