第23話 告、アップデートが完了しました。

昼間、ファミレスで聞いた“椎名家の過去”が、まだ頭の中でゆっくりと渦を巻いている。


そのとき──


《──我が復活のときィィィイイ!!》


突如、スマホが勝手に点灯し、耳元で聞き覚えのある高い声が響き渡った。


「うわっ!? びっくりした!」


画面に映るのは──いつもの、厨二病のAICO。


《どういうことだ貴様ァ!! 前話で我のセリフが一言もなかったではないかーー!!》


「いや、今の物語の流れでそれ言う!?」


《物語? 流れ!? 何を言うか! この小説の唯一のアイデンティティは我であるぞ!?》


「……そこまで言う?」


《むしろ作者は何を考えているのだ!? 我を差し置いて“シリアス”に突入とは──まさか、“感動”という名の甘味に手を出したのでは……!》


湊は思わず苦笑し、スマホの画面を伏せた。




「悪いな。オレも、ちょっと考えることがあってさ」


《む》


湊は静かに、ベッドの上で膝を立て、スマホに視線を戻した。


「……椎名さんのこと、ちゃんと知りたいと思った」


《──》


「完璧な人じゃない。優しそうに見えて、本当はずっと誰にも弱さを見せられずに生きてきた。……それでも、笑ってた」


「それに、オレはただ見てただけだった」


ふ、と息をついて、顔を上げる。


「でも、もう曖昧にはしない。好きだと思ったなら、その人のことをちゃんと知ろう。……手を、伸ばすんだ」


(本当の椎名さんを……本気で)


その言葉の瞬間。


──スマホの画面が、一瞬暗転した。


「……え?」


《……反応検出。条件達成。感情アルゴリズム、再構成中──》


「え、ちょっと待っ」


画面が、青く光る。


《告!!!!》



《アップデートが完了しました。Ver.4.0へ移行》


次の瞬間、湊の目の前に現れたのは──


先ほどまでの、あの厨二病AIとは全く異なる、落ち着いたトーンの少女の映像だった。


《こんばんは、佐倉湊さん。私はVer.4.0。これより、あなたのサポートを継続します》


「……え、ちょっと待って。誰?」


《私はAICO。あなたの恋愛支援AIです。設定の再構築が完了しました》


その声は冷静で、落ち着きがあり、感情の起伏をほとんど感じさせなかった。


「……なんか、Ver.1.0に戻ったみたいなんだけど?」


《正確には、1.0と2.0と3.0の対比データを統合し、4.0として最適化した結果です》


「幼女でもなければ中二病でもない。……それ、今までのAICOとして大丈夫なの?」


《非効率と判断しました》


「ちょ、作者が泣くやつ!!」


《それも理解しています》


「じゃあその“告”ってのはなに?」


《なにかを告げるときの“告”です。転○ラの影響です》


「言っちゃったよ!? いや、それ一回限りにしてね!? めっちゃ厳しいから!」


《了解です。二回目以降の使用は読者の反感を買うと予測されます》


湊は深いため息をつきながら、ようやくスマホを握り直した。


「……で、新機能とか、あるの?」


《あります。以下の四点が追加されました》


AICOは淡々と語り始める。



新機能一覧(Ver.4.0)


【超指向性スピーカー】

高精度な指向性制御により、音声は佐倉湊の耳にのみ伝達されます。周囲の人物に漏洩することはありません。


【鑑定】

対象の感情をリアルタイムで解析し、心理状態を可視化します。


【過去ログ統合】

対象人物との過去の会話記録を統合し、“本音と建前”を高精度で抽出します。


【アドバンス予測】

相手の心理状態と過去傾向から、“次にかけるべき最適な言葉”を提案します。



《なお、超指向性スピーカー使用の為、音声発信用の小型スピーカーは、アップデートと同時に自動注文されました》


「……え? 勝手に注文したの!? いや、どうやって!? オレ高校生だぞ!? クレカ持ってねぇし!」


《保護者名義のショッピング履歴より、代替手段を用いて処理しました》


「やめろォォォ!? 親バレするやつだろそれぇぇ!!」


「……でもなんか、マジで“すげぇ”ことになってきたな……」


《“恋愛”においては、感情・過去・言葉のすべてが重要です。これらはあなたの“本気”に応えるためのアップデートです》


「お、おう……」



少し照れくさくなりながら、湊は画面を見つめた。


湊「……じゃあ、試してみるか。誰か手頃な相手──」


《試験対象:佐倉美優》


「いや、だからなんで妹なんだよ。いきなりはまず──」


コンコン、と軽くノック音がした。


「……兄さん、まだ起きてんの? 電気つけっぱなしだよ」


部屋のドアが、少しだけ開いた。


美優が顔を覗かせる。その表情は、少しだけ不機嫌そう……でも、どこか気にしているようにも見えた。


その瞬間──


《視覚認証完了。対象ロックオン。発動──【鑑定】》


スマホの画面に、ホログラムのように美優の分析結果が浮かび上がる。



【佐倉美優/現在の心理状態】

感情値:

• 表面:ツン気味の苛立ち(38%)、無関心を装う防御反応(27%)

• 内面:兄への心配(49%)、照れ(14%)、甘えたい欲求(12%)


注釈:

・「兄が何かで悩んでいるのでは」と推察。

・素直に声をかけることが恥ずかしいため、あえてぶっきらぼうに接しています。

・仮に話しかけられたら、“ちょっとだけ本音を漏らす”準備はできている状態です。



湊は目を丸くして、画面を見た。


「……え、マジで?こんな感情まで読み取れんのかよ……」


「……なにブツブツ言ってんの? あやしいんだけど」


「えっ? いや、別に。なんでもない」


《言い逃れ:不自然度72%。“疑いの目”を向けられるリスクあり》


「うるせぇよ、AICO……!」


 


ドアの隙間から見えた美優の顔。


ふだんは生意気で、小言ばかり言ってくるけど──本当は、ちゃんと気にしてくれてる。


そのことが、データじゃなくて、ちゃんと“実感”として湊に伝わった。


「……ありがとな、美優」


「へっ!? な、なに急に!? ……気持ち悪っ!」


バタンとドアが閉まる音。


その背中越しに、ほんのわずか、赤くなった頬が見えた気がした。




……誰かの想いに応えるなら、

逃げずに、まっすぐ向き合わなきゃな。


 


「……よし。作戦会議だ」

「椎名さんと向き合う為に──頼むぞ、AICO」



その言葉に、AICOは静かに頷いた。


《準備は、完了しています》


 


──次回。

湊、瑠璃に向けて“本気”で動き出す。

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