第15話 聖夜に向けての大作戦〜プランニング①〜

《我が君よッ……心して聞け! これは貴様のために設けられた──恋愛修羅場(バトルフィールド)への、最終関門であるッ!》


「いきなりなんだよ、朝から大声で……!」


俺、佐倉湊の部屋に響くのは、もはや慣れ親しんだ中二病ボイス。

AICO Ver.3.0──恋の解放者を名乗るこのAIは、例によってテンション全開でこちらを見下ろしてくる。


《いいか、この聖夜(クリスマス)におけるデート……ただの散歩などとは次元が違う! “恋の最終戦争(ラブウォーズ)”の開戦日と言っても過言ではない!》


「また物騒な名前つけて……」


《貴様は今から、“ときめけ!AICOメモリーズ!略して、某メモにチャレンジしてもらう!》


「いやその名前、いろんな意味でギリギリすぎるって!?」


《黙れ!メタ発言とパロディでしか生きられぬ物語もあるのだッ!!》


すると目の前に、見慣れないUIがARで立ち上がった。


・容姿:★★☆☆☆

・学力:★★★★☆

・運動:★★☆☆☆

・根性:★★★☆☆


「うわ、なにこれ!? 勝手に俺のパラメータ出すな!」


《貴様の“今のステータス”を基に、最適な恋愛デートプランを生成してやろう。我が恋愛演算アルゴリズムに死角なし!》


「だからそれ……ゲームじゃねぇか!」


AICOはにやりと笑い、ぐるりと回転しながら宣言する。


《よいか、まずは基礎能力の底上げだッ! デートに必要なのは──“服”、“場所選び”、“トーク力”、そして──“勇気”だ!》


「なんで全部、修行前提なんだよ……!」


《ゆえに、貴様には特別コースを用意した。我が名代として、ある人物に補助任務を依頼しておいた!》


「……え? 名代?」


《貴様の妹なる者であり、かつ冷静な観察者……“デート服選び”の任を託すに足る存在と見た》


「……いやいや、ちょっと待て、待てって!」


《既に招集済みだ。つい先ほど、我が名においてメッセージを送っておいた!》


「なんて送ったんだよ……!」


《“恋の解放者AICOより、貴君の兄が初デート装備を所望している。至急、調達の協力を頼む”……以上!》


「うわあああああ! ぜってー変な誤解されるって!」


俺は頭を抱えてうずくまる。だが時すでに遅し。

スマホには既読がついていた。そして、無慈悲なる返信。


【美優:我、援軍に参りし、ショッピングモールで待機中。急がれたし】


「ノリノリじゃねぇか!!」


《ふふふ……“リアルイベントは即断即決”が勝利の秘訣。準備は整った。我らが目指すは──“完全勝利のクリスマス”だッ!!》


この日、AICOの暴走と共に、俺の聖夜大作戦は幕を開けたのだった。


休日の昼下がり、駅前のショッピングモール。


ガラス張りの吹き抜けから陽の光が差し込む中、湊は人混みに戸惑いながらも歩みを進めていた。


「……で、なんで俺がこんなとこ来てるんだっけ」


「兄さんがクリスマスデートで失敗しないように、だけど?」


淡々と返すのは、隣を歩く妹・美優。

肩までのボブヘアにキリリとした目元。言動はどこまでも冷静で、陽翔達から姉御と呼ばれるのも納得の貫禄だ。


「つーか、なんでそんな真顔で言うんだよ……」


「だって兄さん、変な服着て行きそうじゃん。ダメージジーンズにパーカーとか、ふざけた方向行きかねない」


「言い方ァ!!」


言い返したものの、反論できるほどファッションに自信はない。

むしろ素直に手伝ってくれるのはありがたい。


「でもまあ……来てくれて助かったよ。ありがとな」


「別に。兄さんが撃沈して落ち込むと、こっちのメンタルに被害出るから」


照れ隠しの毒舌。それももう、慣れたものだ。


 



 


セレクトショップの試着室前。

湊はマネキンの前でネイビーのコートを羽織り、マフラーを直しながらつぶやく。


「うーん……なんか、俺じゃないみたい」


「大丈夫。“普段着じゃないけど浮かない”が狙いだから」


美優が指差したのは、同系色のインナーと落ち着いた色味のボトムス。

どれもシンプルだけど、合わせると上品にまとまって見える。


「椎名さんって、ちょっと大人っぽい雰囲気あるからさ。兄さんも寄せたほうが“並んだときのバランス”いいんだよ」


「……そういうもん?」


「そういうもん」


言い切る美優に、湊はこそばゆいような、でも頼もしいような気持ちになった。


 



 


その頃、同じモールの別フロア。


エスカレーターを降りてきた椎名瑠璃は、ふとした瞬間、視線の先に気づいて立ち止まった。


──あれ……今のって。


人の波の向こう。

一瞬だけ見えた、横顔と後ろ姿。

隣にいたのは、ショートカットの女の子──顔までは見えなかったけど、どこか親しげで、自然な距離だった。


(……湊くん、だったよね?)


確信とまでは言えない。声も聞こえなかった。

けれど、心の奥がふっとざわついた。


(女の子と……一緒?)


自分でも、なぜそんなふうに反応してしまったのかは分からない。

ただ、胸の奥がちくりと痛んだ。


「……なに考えてんだろ、私」


ひとりごとのように呟いて、椎名はエスカレーターを降りる。

その顔には、少しだけ曇りが残っていた。


──クリスマスまで、あと一週間。


心が動いた、その小さな“違和感”が、恋の気配だったことに──

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