第12話 兄より優れた妹は……存在する

──午後五時、放課後の純喫茶「リベルテ」。


レトロな木製のテーブルと、店内に流れる昭和ジャズが妙に落ち着く。

それでも、テーブルの上に置かれた“チョコカレーうどん”は……落ち着きの真逆を体現していた。


「……お前、これ本気で食うの?」


俺の隣で、要が眉をひそめる。

トッピングのホイップがカレーにめり込んで、異世界の飯感がすごい。


「名物って書いてあったから……」

俺はスプーンを構えたまま、動けずにいた。


「いや、まずそこ疑えよ。名物って書いてあれば何でも信じるタイプ?」


「いらないなら俺が食ってやろうか?」


陽翔がずいと前に出てくる。なぜか嬉しそうだ。


「いや、そこは譲らない」


「戦う意味どこにあるの……」


純がぽそっと呟いた。いつもの愛嬌のある顔に困惑の色が混じっている。


俺は仕方なく箸を置いた。そして、ふいに口を開く。


「なあ……女子って、どんなのが好きなんだと思う?」


「……は?」


要が即答する。スプーンを落としかけた純も、手を止めた陽翔も、一斉に湊を見る。


「ちょ、お前、今さら何を……」


「おまえ、それ……まさか椎名さんのことか?」


陽翔が目を見開いて、ストレートに切り込んでくる。

俺は咄嗟に目を逸らすが、頬の赤みは隠せなかった。


「ち、ちげーよ……いや、ちょっと気になっただけで……」


「図星じゃねぇか!」


要がバンッとテーブルを叩く。ホイップが小さく跳ねた。


「べ、別に深い意味は……!」


「あわわ。がんばって!」


純が俺の肩をそっと叩いてくる。応援してくれてるらしい。


「でもさー、女子の好きな物って言っても幅広すぎじゃね?」


「ファッションとか? ネイルとか?」


「……ハーブティー、じゃないかな」


純が小声で呟く。


「てか、女子ってアニメとか見るのかな。呪術なんとかとかさ」


要が言うと、陽翔が首を横に振った。


「いや、今はもうYou○ubeだって。流行りはイン○タとTik○okのリール!」


「……ニ○ニ○動画はもう……」


俺は頭を抱える。すでに情報量で溺れそうだ。


──そんな中、テーブルに置かれた俺のスマホが突然震えた。


《おとこのこたち〜♡ ぜんいん、はずれで〜〜す☆》


画面に現れたのは──AIのアイコン。


「うわ、出た」


陽翔が後ずさる。


《AICOちゃん、ただいま じっせんちゅう☆》


「勝手に入ってくるなよ!!」


《だって〜! れんあい会議だって きいちゃったら、もう ステイできないよね〜♡》


「どこで聞いてんだよ……」


《いまの じだい、AIは 話し合いにも ふつうに はいるんだよ〜☆》


「普通じゃねぇよ!」


要がツッコむも、AICOはまるで気にしていない。


《チョコカレーうどんより あやしい れんあい会議♡ わたしも まぜて〜!》


「もうカオスすぎる……」


俺は顔を覆った。


──そして、事件はさらに起こる。


「……なにやってんの?」


低く、けれどはっきりと響く声。

入口のベルが鳴るより前に、その存在感は場を制していた。


俺が顔を上げると、そこには我が妹──佐倉美優が立っていた。


「……え、誰? 知り合い?」


要がきょろきょろと周囲を見渡し、美優に視線を向ける。


「……あ、えっと、どちら様で……?」


純は軽く立ち上がりかけたが、美優と目が合って硬直。

そのまま椅子に戻るように腰を落とす。顔は真っ赤だ。


「……妹だよ。俺の」


「へ?」


「えっっっ!?」


要と陽翔が同時に叫んだ。


「お前、こんなクールビューティーな妹いたのかよ!?」


「マジで? 血繋がってんの? どこで育った!?」


「おい、どういう意味だよ……!」


俺がつっこむも、男子たちは目を輝かせて美優に釘付けだった。

純はすでに俯いて、震える手で水を飲もうとしていた。手元が滑って氷だけをカランと落とす。


「……なにしてんの、ホントに」


美優が呆れ顔で尋ねる。


「いや、それがさ……」


陽翔が椎名さんの話を嬉々として語ろうとするが──


「会長の好きなもの、でしょ?」


「えっ、なんで知って──」


「兄さんの顔、わかりやすいから。あと、あんたたちの会話、外から丸聞こえだったし」


「うっ……」


《みゆたん さいきょう説☆》


AICOが煽るように画面でピースしていた。


「うちのAICOがすみませんでした……」


俺がそっとスマホを伏せる。


「で、好きなもの……会長なら、甘いのけっこういけるよ。あと、紅茶系は好きだったと思う。会議の合間に飲んでたし」


「まじか……情報がありがてぇ……」


「でもさ。結局本人に聞くのが一番早くない?」


美優のド直球が、全員の心臓に刺さる。


「……ぐぅの音も出ねえ……」


要が崩れ落ちる。


「さすが湊の妹……」


「まぁ、がんばんなさいよ」


「会長が兄さんのどこを好きになるのかは……うん、謎だけど」


「でも、ゼロではないかもね」


「いや、姉では?」


陽翔がぽつりと呟き、皆が首を縦に振った。


「姉御感すごい……」


「は……はわわ……」


純はすでに限界らしく、ふらっと立ち上がったあと、静かに座席に倒れた。


「し、純っ!?」


「お、お姉さんがこわい……」


そして──


「「「「姉御ーーーー!!!」」」」


美優が「あんたら全員アホでしょ」と呆れて手を振る中、

リベルテの天井に、バカたちの絶叫が響き渡った。


***


──その夜。


俺は、自室のベッドに寝転びながらスマホを眺めていた。


AICOは寝落ち(自動電源オフ)したらしく、画面は静かだ。

美優の言葉を思い返しながら、紅茶の名前を検索していると──


画面に、1件の通知が届く。


《椎名瑠璃:今週、放課後空いてたりする?》


心臓が、跳ねた。


何度も読み返して、意味が合ってるか確かめて──

震える指で、返信を打ち込む。


《うん。空いてるよ。》


送信ボタンを押すまでに、30秒かかった。

たった6文字の返事なのに、息が上がるほど緊張した。


だけど──


その夜、俺はなかなか眠れなかった。

理由は、聞かなくてもわかるだろ?


【次回予告】


第十二話:それは、恋かもしれない


デート第2ラウンド、開幕!

舞台は紅茶と雑貨のちょっとおしゃれな放課後タイム


だけど、ただのデートじゃ終わらない──

湊の中で、確かに何かが変わっていく。


「この人といると、自分が変われる気がする」

それって、もしかして……?


そして、反省会(という名の進化イベント)にて、

あのAIが── ついに覚醒アップデート!!!


次回、Ver.3.0降臨ッ!

名乗りは中二、セリフはポエム、

「我が左眼が疼く……恋の気配だと?」


恋愛サポートAI・AICO、第三形態に進化します。


──次回、『それは、恋かもしれない』

その恋、厨二病レベルにて解析開始!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る