第13話

 白いゲートに呑み込まれたセツナは、瀕死の状態でラストダンジョンに放り出された。


 セツナは周りを見渡し、これまで攻略して来たどのダンジョンとも違うラストダンジョンに内心目を見開く。


 あまりにも現実離れしている。


 空は灰色に染まり、どういう訳か巨大な物から小さな物で、様々なサイズの歯車が回り続けている。噛み合っているものや、噛み合わず亀裂を作ったり、破壊したり、動かなくなる物もある。


 そして地上は雪原に覆われた氷の大地で形成され、遠くの景色は吹雪によって見る事ができない。


 しかし不思議と寒いとは思わなかった。もう肉体は温度を感じない程に弱っているのか? 彼女がそう考えていると、頭の中に【声】が響く。


【人だ】

【人間だ】

【久しぶりの迷い人だ】

【しかも女だ】

【でも色々と欠けてるね】


 5人?10人?いや、もっと沢山……それこそ一つの世界に存在する程度には感じられた。

 それだけの声が一気にセツナの体に入り込む感覚が彼女を襲い、不快感で声が出る。


「お゛お゛お゛……お゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 喉を潰された為呻き声しか出ない。

 情け無い。恥ずかしい。死にたい。屈辱だ。セツナの心が音を立てて崩れていく。

 しかし【声】はそれに気にした素振りを見せる事なく、彼女に語り掛けた。


【君を捨てた人が憎い?】

【君を拒絶した世界が憎い?】

【君をこんな目に遭わせた運命が憎い?】

【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】【ねぇ?憎い?】


 セツナの中に入り込んで来た【声】により、彼女の心が黒く染まっていく。

 人々が憎い。自分を捨てた世界が憎い。思い通りにならない世界が憎い。


 同時にセツナの記憶が【声】に奪われ、彼女の感情が改竄されていく。


【お父さんが憎い?貴女を残して死んだから】

【お母さんが憎い?貴女を残して死んだから】

【刹那が憎い?貴女に呪いを遺したから】

【国が憎い?】【ギルドが憎い?】【世界が憎い?】


「──に、くい」


 セツナの心がドス黒く染まっていく。


【そうだよね憎いよね】

【だからね】

【壊しちゃおうよ全部】

【こんな世界いらないよね】

【壊せ】【犯せ】【捨てろ】【楽になれ】【台無しにしろ】


 セツナは【声】の促すままに、己を否定する全てに対して復讐を誓い――。


 ――「桜、ごめんな」


 ふと、親友の言葉を思い出した。


「――違う」


 ぐぐっ……とボロボロの体を起こすセツナ。

 ありとあらゆる所から血が噴き出し、意識が飛びそうになり、心臓も止まりそうになる。

 しかし彼女は負けたくない一心で立ち上がり、ダンジョンの天井を見上げて……否、自分を誑かそうとする敵を睨みつけた。


「憎いのはダンジョンだ! 私から全てを奪った貴様らだ!」


 【声】は戸惑う。手中に収めたはずのセツナの魂が、まるで膨張する用に膨れ上がり、内側からこちら側を侵略している。

 すぐにセツナとの繋がりを……彼女の魔力を切り離そうとするが、ガシッと逆に掴まれてしまう。


【え?】【なんだこいつ】【やばいよ】【普通じゃない】【こいつは選ぶべきじゃなかった】

「もう遅い――次は、私が全てを奪ってやる」


 そしてセツナは、自分を侵食していた邪悪で膨大な魔力……ラストダンジョンその物を飲み込んでいく。


【やめろ!】【いやだ、死にたくない!】【助けて!】


 ラストダンジョンの魔力を吸収していけばいくほど、【声】が消えていく。

 同時にセツナは理解した。ダンジョンの成り立ちを。ラストダンジョンの存在を。この世界が陥っている危機を。強制参加させられた生存競争の仕組みを。


 ああ、やはり――ダンジョンある限り、この世界は地獄だ。

 刹那の様な人間が次々と生まれるのは避けられない。


 ならば全てのダンジョンを消そう。元々は自分たちと同じ人間で、同じような世界だったのかもしれない。


 しかし――この世界が生きるために、未来を掴むために、ダンジョンを犠牲にするしかない。


「許しは請わない。私を恨め。憎め。そして忘れるな――私も忘れないから」


 魔力を吸収していき、ラストダンジョンが崩れていく中、最後に残った【声】が囁く。


【その先は地獄だぞ】

「知っているさ。だからこそ私が進まないといけないんだ」


 膨大な魔力を身に纏ったセツナの肉体が再構築され――彼女は、飲み込まれた時と同じ様に白いゲートによって現実世界へと戻された。





「――なぜ、生きている?」

「さぁ? 何故だろうな?」


 D.R.A.G.O.Nの本部前に現れたセツナに、驚愕の目を向けるのはS級ダンジョン探索者の竜崎。

 彼は先日国からの要請でダンジョン内でセツナを暗殺した部隊の隊長だった。

 竜崎のスキルはセツナと相性が良く、実際セツナはほぼ一方的に叩きのめされて殺されかけた。

 しかし、彼女はラストダンジョンに飲み込まれた結果生き残ることができ、こうして竜崎の前に姿を現した。


「は! 生き永らえたのなら、そのまま隠れ潜んでいれば良いものの!」


 そう言いつつも、竜崎はセツナから異様な威圧感を感じ取っていた。

 違う。あの時とは全く違う。


「世迷言を。私がダンジョンを消す限り、貴様ら国は放っておかないだろう」

「前にも言ったが、ダンジョンを消すことはできない。諦めろ」

「ふん。貴様たちが諦めるんだな」


 セツナの魔力が高まる。竜崎は魔法の発動に警戒し身構え、


「隊長! 我々も加勢に――」

「っ! バカ! 来るな!」


 拠点から出てきた探索者たちに竜崎が叫ぶが、もう遅かった。


「シャベリン」


 セツナが手を掲げて一言呟けば。一瞬で気温が下がり、氷の槍が生成される。

 その数、千。以前は多くて百だった事から彼女の力の飛躍が伺える。

 避けろ、と竜崎が叫ぶ暇もなく氷の槍がD.R.A.G.O.Nのメンバーを襲い、地上事氷漬けにされる。


「ふむ。あまり美しくないな、素材が悪いと」

「――言ってくれる」


 数多の氷像を見て呟けば、一つの氷像が砕け散り、その中から現れた竜崎が返す。


 彼の姿は凍らされる前と変わっていた。全身に鱗があり、角が生え、強靭な翼が風を起こし、太い尾が地面を叩きつけて揺らす。


 スキル【竜化】。それが竜崎の目覚めたスキル。竜へと変身可能なこのスキルは、生半可な魔法やスキル、武器を防ぎ、己の膂力や吐き出す炎で全てを破壊する程に強い。


「貴様の槍術も氷魔法も、俺には通じなんぞ!」


 翼を羽ばたかせて、セツナに突貫する竜崎。

 しかし、彼の鋭い爪が届く前に突如動きが止まった。

 動けない。捕縛魔法? しかし肉体には変化がない。

 不可解な現象に混乱している竜崎に対し、セツナはそっと彼の頬に手を添える。

 触れていないのに、何故かゾッとするほど冷たいと彼は思った。


「これが私の新しい力――世界を統べる力だ」


 セツナは手に終わる世界エンド・オブ・ザ・ワールドを取り出す。

 桜の槍、刹那の氷、そしてセツナの時間が混ざり合った世界を穿つ終焉の一突き。その具現化した姿。


「――蒼鱗の龍、音無き世界、割れる宝玉」


 止まった世界で紡ぐのは、竜崎をダンジョン探索者として終わらせる魔法。


六重氷鎗ろくじゅうひょうそう


 六つの氷の槍が竜崎を貫き、世界の時間が戻る。

 同時に竜崎の竜化が解除――否、凍結された。


「貴様……何をした!?」


 焦燥し切った顔で叫び、問いかける竜崎。

 何が起きたのか理解していない。いや、本当は理解している。

 先程まであった力の存在が何処にもない。その喪失感は凄まじく、しかしそれを認めてしまえば彼の10年が、今この瞬間に失われた事を意味する。


「貴様のスキルを永久凍結した。もう貴様はダンジョン探索者では無い」


 セツナが女神の様に美しい笑みを浮かべて言った。


「喜べ。これで貴様は普通の生活ができる」

「──ふ、ふざけるなぁあああ!!」


 ──この日、1人のS級ダンジョン探索者と複数のA級ダンジョン探索者が行方不明となり、後に氷室セツナにより殺害された事がから発表される。


 さらに、この時の戦いの影響により地球の自転が一瞬止まり世界各地で災害が多発し、この事から国は氷室セツナを特級指定。


 晴れて彼女は世界の敵となり──ただ独りダンジョンを消す為に奔走する事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る