第11話


 刹那という一人の少女が居た。

 彼女はある日魔力に目覚め、氷属性の魔法を扱える様になり、ダンジョン探索者となる。

 モンスターを凍らせ、殴って砕いて倒すそのスタイルは強力で、瞬く間に等級を駆け上がっていく。


 しかし、一人で続けて行くには限界だった。

 複雑なダンジョン。強いモンスター。成長の止まった魔法。

 このままでは命を落とし、幼い兄弟達を養えないと考えた彼女は幼馴染を巻き込む事にした。


「という訳で、貴様も明日からダンジョン探索者だ。おめでとう」

「遺言はそれで良いの?」


 不遜な態度でそんな事を言う刹那に対し、彼女の幼馴染──姫川桜はこめかみに青筋を立てながらそう返した。


 氷室刹那と姫川桜。彼女達は最強のコンビだった。




 桜の目覚めたスキルは【槍術】で、特に珍しく無い前衛スキルだった。

 しかし、刹那が魔法のスキルに目覚めていた事で役割分担がスムーズに行う事ができた。


 刹那が氷の魔法でモンスターを凍り付かせ、桜が槍術で砕く。

 桜が華麗な身のこなしでモンスターを惹きつけ、刹那が纏めて氷柱で貫いて倒す。


 幼い時からずっと一緒に居たからこそ、二人は互いに相手の動きを読み、最高のタイミングで攻撃し、最高のタイミングで防御し、最強のコンビネーションでダンジョンに潜って行く。


「ふははは! わたし達は最強だな!」

「慢心しないでよ刹那」


 刹那は厨二病を患っていた。影響されたアニメに出てくるキャラの口調を真似をしている姿ははっきり言って痛々しい。

 しかし桜は優しさから何も言わなかった。未来で黒歴史になる事を見越して。本当に優しいのだろうか?


 桜は刹那に引っ張られる様に等級が上がっていき、彼女はB級、刹那がA級となった日──運命の時が来た。


「ねぇ、セツナ。次はこのダンジョンに潜ってみない?」

「む。このダンジョンは……」


 初めはダンジョンに対する警戒から、刹那の誘いに嫌々乗った桜。しかし、ここ最近は積極的に難易度の高いダンジョンの攻略を目指している。

 その理由は、やはり報酬の高さにある。難易度の高いダンジョンであれば、それだけ多くの報酬金を得られるし、手に入る素材や宝によってはさらなる資金を得られる。


「まだわたし達には早いんじゃないか?」


 桜の持って来たダンジョンの情報を見て、刹那はあまり乗り気では無かった。

 彼女は厨二病ではあるが、だからと言って判断力に関しては他のダンジョン探索者よりも高い能力を持っている。


「でもこの報酬金! 凄く高いよ! 他の奴らに取られる前に攻略するべきだよ!」


 桜はすっかり探索者の旨みに飲み込まれていた。

 彼女にはお金が必要だった。

 貧乏だから諦めた夢があった。弱いから見て見ぬふりをしていた未来があった。

 しかし、今はこうして力もお金も手に入り、さらには最近始めたダンジョン探索配信でも人気を得て名声も得ている。


「しかし」

「え? もしかしてセツナ怖いの?」


 クスクス、と小馬鹿にする様に笑って挑発すれば刹那は顔を真っ赤にさせて叫ぶ。


「誰が怖がっていると!? ああ、良いだろう! 行ってやろうじゃないか!」

「流石セツナ。そう言ってくれると思ったよ」


 ちょろいな、と内心笑いながら桜は次のダンジョン攻略に想いを馳せる。




 しかし、結果を言えば失敗した。

 桜は片腕を失い、刹那は肺に穴が空く怪我を負った。治療によって彼女達の肉体は回復したが──心には治し切れない傷を負ってしまった。


「……」

「……」


 さらには、彼女達を追い越す様に次々と強く珍しい力に目覚めた探索者が現れ、S級へとなっていく。

 配信人気もそちらに流れていき、いつからか彼女達の活動も縮小されていった。


 それだけなら良かった。

 だが、刹那の心が折れる事件が起きた。


 第五次大規模侵攻。S級ダンジョンのダンジョンブレイクにより起きたこの災害に巻き込まれ、刹那の兄弟が亡くなる。

 石動大地と烏丸ナユタの個人勢。【暁の旅団】と【常闇の牙】の当時二大クランの活躍により災害は終息したが、被害は甚大でその中に彼女の家族が居た。ただそれだけの話。


 桜の家族は彼女が幼い頃に全員死亡している為、今回の災害でのダメージは無かった。

 しかし刹那は、両親が亡くなった後に面倒を見ていた愛しき存在であり、また生きていく心の支えが消失した事で……壊れてしまった。


「許せない」

「セツナ……?」

「わたしから全てを奪うダンジョンが憎い──わたしが! 全てのダンジョンを消してやる!」


 その魂の叫びに桜は励ます事も諭す事もできなかった。だから、ずっと傍で支え続けようと決めた。


「セツナがそう決めたのなら、私も手伝うよ!」

「ありがとう桜」


 こうして二人は目標を新たにダンジョン攻略に挑み──しかし、彼女達は弱かった。

 S級ダンジョンを辛くも攻略する程度では、全てのダンジョンを消滅させる事など夢物語だ。


 どれだけ鍛錬をしてもモンスターの一撃で無に帰す。

 どれだけスキルを磨いても無効化するモンスターは現れる。

 どれどけ魔法を洗練させても相性が悪ければ意味が無い。


 彼女達には足りない。力が。全てを壊す絶対的な力が。


 故に失う。大切なものを。

 故に守れない。大切なひとを。

 故に──何も成し得ない。大切な夢を捨てたあの日から。


「──セツナ!」

「……すまない、桜。わたしはもうダメだ」


 とあるS級ダンジョンにて、刹那は桜を庇い致命傷を負った。ボスモンスターは何とか倒す事ができたが、その代償は大きかった。

 心臓を一突きされた刹那は、力無くその場に倒れ伏した。桜が彼女を連れて外に行こうとするもそれを止めた。もう無意味だと。


「思えば、お前の大切な時間を奪ってしまったな」

「喋らないで!」


 刹那は後悔していた。ダンジョン探索者に誘い、桜の夢を諦めさせてしまうきっかけを作ってしまった事を。


 あの日誘わなければ桜はダンジョンとは無縁の生活を送り、今頃世界中の人々から愛される人間になれたのかもしれないのに。


「すまない桜。……わたしが愚かだった」

「……違う。私だってダンジョンの魅力に取り憑かれてしまった。だから愚かなのは私達二人だよ」


 二人ならどこまでも行けると思っていた。

 二人ならいつまでも一緒だと思っていた。

 二人なら……過ちを犯しても最期まで共にあると思っていた。


「私はあの日から……セツナがダンジョンを全て消すと決めたあの日から、とっくに夢なんか捨てていた。だから、セツナが死ぬのなら私も死ぬ──もう疲れたよ」


 だから桜が彼女と共に死ぬ事を選ぶのは当然であり、


「──それなら、わたしの全てを受け取ってくれ」


 刹那が彼女に託すのもまた必然だった。

 命の灯火が消え行く中、刹那は己の胸に手を置き、そこから一つの光を取り出す。

 青白く輝き、しかし何処か冷たい。


「ずっと調べていた。どうやって強くなれるのかを」


 莫大な資金を使い、裏ルートから得た禁忌の書の存在を刹那は桜に対して隠していた。

 確かに強くなれる。しかし同時に人の命を代償にするソレは、刹那は強くなれないが桜は強くなれる術だった。


 もしそれを桜が見つければ処分していただろう。刹那に使わせない為に。

 それが分かっていたから刹那は隠し続けて万が一に備え……その時が来た。


「魔法スキルは他人に譲渡できるんだ。その代わり──渡した人間は死ぬ」


 ダンジョン黎明期、これを用いて強力な魔法スキルを多数所持した人間が居るらしい。

 その者は老いすら克服している。死の運命から逃れている。生物としての枠から逸脱している。

 流石に全てが真実では無いだろうが、実在する外道だった。


「そんな、こと……!」

「頼む桜。お前だけが頼りだ」

「──そうやって貴女はいつもいつも」


 刹那の手にある光を桜は受け取り、それを飲み込む。心臓が痛い程熱くなり、そして新たな力が自分の中に宿るのを感じた。

 同時に刹那は自分の中から大切な物が消失したのを感じ、闇に落ちていく意識の中……最期の言葉を紡ぐ。


「──」

「──バカ。最期くらい素直になってよ」


 こうして刹那は、彼女の腕の中で息を引き取り──。




「聞いたか? 最近S級に昇格した探索者の話」

「ああ聞いた。魔法スキル持ちな上に槍術スキルも持っているらしいね」

「魔法と武器スキル両立は珍しいね」

「女の子?」

「ああ。すっごい綺麗な女の子! 確か名前は」




「探索者ネームは【氷室セツナ】だってさ!」


 これは、彼女が凍羅晩像とうらばんしょうと呼ばれる前の話である。

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