第12話

「なん、で、わた、しが、こん、な、こと、をぉおおおおおおおお!!」


 カンカン! と苛立ち交じりにツルハシを振るうのは、探索者界隈で恐れられているラスボスこと氷室セツナ。

 ドレスが汚れるのが嫌だったのか、途中から作業着に着替えている。もしこの光景を他の探索者、それも彼女と同じ特級の彼女たちが見れば腹を抱えて笑うだろう。


 クロトはもう少し静かに作業できないのだろうか、と迷惑そうに見ていた。


「最近んわけもんな働き者じゃな! 特別にあんむぜ子にも給料出すど」


 現場監督の佐津間は、クロトが連れて来た友達を見に来て驚いた。

 何故なら、こんな砂埃臭い場所に美少女が居たのだから。

 しかしどういう訳かセツナは凄い速度で鉱石を掘っており、その姿に感動した佐津間は彼女に作業着を貸し与えた。他の作業員たちもセツナを見習ってさらに精力的に働いた。


 なお、彼らは探索者ではない。その為セツナを見ても可愛い女の子だな、くらいにしか思っていなかった。

 まさか作業着着てツルハシ振るっている美少女が、国が恐れる化け物とは思うまい。


 結局、クロトが当初見定めていた範囲をセツナの参戦という形で採掘し尽くした事で休憩時間となった。

 セツナの弁当は佐津間が自分の分を彼女に渡した。彼はコンビニに行って自分の分を買って来ると言って既に去っている。

 岩場に腰掛けた二人は弁当を突きながら、ようやくセツナの目的が果たせそうだった。


「今回、私が此処に来たのは貴様を手に入れる為だ」


 自分、物じゃないんですけどと唐揚げを食べながら不満そうに呟くクロト。

 セツナは白米を口の中に放り込み、咀嚼しながら彼を睨みつける。話が進まないから黙って聞いていろ、そう無言の圧力を乗せて。


「貴様の能力は異端だ。認めたくないがこの私の力よりも特異性が高い」


 だし巻き卵が甘い事に少し眉を潜めるクロト。彼は塩派だった。


「実力は私の方が上だが、それでも脅威と感じる程度にはあの影は――強い」


 次に口に入れたのは小さく切り取られた鯖焼き。冷めているが味が濃く美味しかった。


「……んぐ。意外とイケるな。……貴様はどうやら、見た武器を影を媒体に複写できるようだな。それも持ち主の能力事」


 きんぴらごぼうは普通だった。そもそもおいしいきんぴらごぼうを食べていなかった。


「これはイマイチだな。……そして、その上限は存在しないのだろう? 故に我らの武器を――我らの能力を複写した。私やあの馬鹿どもラスボスたちも大概だが、ぶっ飛んでいる能力だ」


 弁当を食べ終えたクロトは支給されたお茶のペットボトルの中身を流し込む。


「ご馳走様。……さらに貴様は持ち主と同等の力量で能力を使いこなしている。それがあの影の能力なのか、もしくは貴様自身の基礎能力の高さから来るのかは知らんが――それよりも、だ」


 お茶を飲み終えてホッとしていたクロトは、突然アゴを掴まれてグイっと無理矢理視線を合わせられる。

 冷たい瞳だった。金色に輝いているが、彼女が見ているのはクロト自身ではなく……彼を手に入れた後のその先の光景。


「改めて言おう。影森クロト。私は貴様が欲しい。私の物になれ」


 聞く者によっては、まるでプロポーズの様な言葉。

 しかし、両者共にコレはそんな甘いものでは無いことは理解している。と言うより色恋沙汰に興味が無いと言った方が正しい。

 クロトは何故そこまで自分に拘るのだろうと不思議そうにセツナの瞳を見た。

 その視線を受け止めながらセツナは己の野望を語る。彼女にとって、その事を語る事になんら忌避感は無い。


「私は全てのダンジョンを消すつもりだ」


 それは、彼女が国と袂を分かつ原因となった野望。


 国はダンジョンを資源として認識している。故に全てのダンジョンを消す事に固執している氷室セツナとは分かり合えない。

 勿論他にも色々と理由がある。例えば国会議員を十数人病院送りにしたり、国が五大クランを総動員して確保しようとしたダンジョンに眠るとある資源を確保する前に攻略して消したり……。


 故に彼女は特級ラスボスの中でも、最も国に嫌われている。


「……」

「理解できないか? 私の野望が。しかし別に理解を求めていない。調べさせて貰ったが、貴様は別にダンジョンに固執していないだろう? ならば報酬は払うから、私の物になれ」


 クロトは困った。何故ならダンジョンが存在しても存在しなくても、困るかどうか分からないからだ。

 理由は彼の推しである汐しお。

 彼女は別にダンジョンに興味津々という訳ではない。ただ、今の時代ダンジョンが話題なだけで、よく雑談で上がるのがダンジョン縁の物だからだ。

 そこで、もしダンジョンが消えて彼女は悲しむだろうか? 答えは不明。故にクロトは。


「保留? 優柔不断な奴だ。──そうだな」


 突然、セツナは作業着の胸元を開けてクロトに見せる。

 何しているんだろうこの人、とクロトは不思議そうにする。


「もし野望を達成した暁には──私の体を好きに貪って良いぞ」

「……」

「容姿には自信がある。どうだ? 唆るだろう? 男として優れた女を己のモノにするのは、これ以上ない程の快楽の筈だ」


 そう言ってペロリと唇を舐める動作は妖艶だ。以前ラスボスが集合した時は、胸の大きさで煽られていたが、それでも尚セツナの色香はその辺の遊女よりも強い。


 しかしクロトは別に良いッス。と白けた目でセツナを見た後に作業に戻った。


「……」


 セツナは黙々と作業を開始したクロトの背中を見て思った。この手にあるツルハシであの頭をかち割ってやろうか、と。




「ほら給料じゃ。今回はあいがとな! 気が向いたやまた此処に来な!」


 そう言って佐津間はクロトとセツナに給料が入った袋を手渡す。

 クロトはホクホク顔だが、セツナは微妙な表情を浮かべている。


 彼女は特級となってから、公共機関を使わない様にしている。正確には使用できない、と言った方が正しい。

 反人類と国家に指定された者は、国籍を抹消されている。つまり人権が無い。

 故に彼女は普段は廃棄された区画に寝泊まりし、食事はダンジョンから狩猟した素材を使って自炊している。つまり彼女に資金は必要ない。


 必要ないが、何も知らない佐津間にそんな事を言っても仕方がないと判断して黙って受け取った次第。


「影森クロト。私はお前を諦めるつもりはない。共に来て貰うぞ」


 どうやらクロトの『保留』という返答を彼女は聞かなかった事にしたらしい。

 自分の住処に連れて行き、たっぷりとどちらが上なのかを分からせるつもりな様だ。


 しかし、クロトは明確に拒絶した。この後大事な予定かあるから、と。


「大事な予定だと? この私よりもか?」


 即答するクロト。はっきり言って彼の中に優先順位は無い。ただ汐しおだけが彼の全てである。

 故に見た目麗しい少女の誘いに乗る気はさらさら無い。

 推しの配信まであと30分も無い。クロトは早く帰りたかった。


「推し? 配信? ふん。くだらん。ならば教えてやろう、私がどれだけ素晴らしいか。そして――」


 ――氷室セツナは、地雷を踏む。


「貴様の推しがどれだけ矮小なのか、を」


 ――黙れ。

 

 その結果、深淵よりも昏く、暗く、黒く、底の見えない瞳を向けられ――久方ぶりの死の恐怖を味わった。

 体が一瞬動けなくなる。己の能力を使われた訳ではないのに。

 クロトは彼女から視線を外すと、そのままその場から消えてしまった。セツナの武器を使って時間を止めて移動したのか。もしくは別の武器の能力なのかは分からない。


 しかし、セツナは今日はもうクロトを追うつもりはなかった。


「――失敗したな」


 手に入れる為に焦り過ぎてしまった。己のペースを乱されて配慮に欠けていた。

 クロトの好きな物推しの配信を貶す言葉を吐いてしまった事を、セツナは失態だと分析している。


「……ふん」


 セツナは、次に会った時の事を考えて己の拠点へと飛んだ。

 ……彼に謝らなくてはいけないな、と。

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