第5話 いじめのターゲット

 その日、私は早朝から玉ねぎの収穫を手伝い、それから朝ご飯を食べてあわただしく登校した。畑仕事で汗をかいたがシャワーをしている時間もなかったので、下着を全部新しいものに代えて中学校の制服を着て登校したのだった。

 普段ならそこまでお手伝いをすることはないし、今日だって親から強制されたわけじゃない。自分で自主的にお手伝いしただけだ。実は昨日お父さんが畑で収穫した玉ねぎの入ったコンテナをクローラーに積み込もうとしたところでぎっくり腰になってしまったのである。ちなみにクローラーとはゴム製のキャタピラで走行する小型の運搬機のことである。

 お父さんは大丈夫だって言うけど、家の中でさえ歩くのが不自由なのに普通に畑仕事ができるとは思えない。


「なんか玉ねぎくさくねえ?」

 私の席の近くにいた男子が鼻をつまむ仕草をしてわざとらしく大げさに顔をしかめた。吉井くんだ。

 吉井君はバスケット部の1年生で背が高くてちょっとイケメンってことでクラスの女子に人気がある。テンション高くて私は苦手だけど性格が陽キャラで人気者だ。

「おい、高橋。おまえじゃね?」

 そう言いながら私に鼻をよせてクンクンと大げさに匂いを嗅ぐ仕草をした。

 それに陽キャ女子が乗って来る。

「高橋さん、なんで玉ねぎの匂い? 田舎の新しい香水なのかしら?」

 周囲の女子から笑い声が上がる。その子たちが吉井君のマネをしてタマエの周りをクンクンと鼻を鳴らして嗅ぎまわる。

「わー、くさい、くさい。玉ねぎくっさーい!」

 女の子たちがはやし立てる。私は黙って俯いていた。


 確かに玉ねぎの収穫をしたら手袋をしていても手に玉ねぎの匂いが付く。服にも匂いが付くことがある。でも下着も服も着替えてきたからそんなに玉ねぎくさいとは思っていなかった。そもそも玉ねぎの匂いを「くさい」と感じる感覚が多真恵たまえにはなかった。小学校の時は友達はみんないろんな匂いがした。それはそれぞれの家の匂いであって、誰それはいつも何々の匂いがするって普通だったし、農家なんだから当たり前だと思っていた。町の子がそんなに偉いの? って思ったら悔しくて涙が零れた。

 

「やかましい!」

 誰かが怒鳴った。さっきまで騒いでいた子たちがきょとんとして一瞬で静かになる。

くさくなんかねえ! お前らは玉ねぎ食わねえのか!?」


 怒鳴り声が聞こえた方を見る。教室の後ろの席で本を読んでいた女子、中山さんだ。下の名前は確か翔子しょうこ。私と同じバドミントン部で、小学校のときからの経験者らしく飛び抜けて上手い。みんな気後れしちゃって彼女とペアを組む人がいない。練習では先輩とペアを組んでる。でも正式なペアの相手は今のところいない。きりっとした顔立ちであんまり笑わなくて、って言うか笑ったとこを私は見たことがない。彼女はそんなちょっと近寄りがたい雰囲気があってクラスでも孤高の存在になりつつある子だった。私と同じバド部なのに挨拶以外にお喋りしたこともなかった。


「おまえらの体から匂うトイレの芳香剤みたいな匂いの方がよっぽどせーわ!」

「な!? これはラベンダーとベチバーのかおりのピローミストよ!」

「なんだよそれ。ラベンダーつったらトイレだろ?」

「な、なんですって!?……」

「吉井、お前、男のくせに女の子泣かせて、それでいいのか? 私はお前みたいな男って情けねーって思うけどな」

 吉井君はばつがわるそうに頭を掻きながら教室から出て行った。


 その場はそれでなんとなく収まった。でもそれ以降、私はめいあんに様々な嫌がらせを受けるようになる。所謂いわゆるいじめのターゲットになってしまったらしい。



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