第二章:面会室の対峙と深まる溝
1. 留置所の孤独と後悔
パトカーのサイレンが遠ざかり、俺は薄暗い留置所の独房に押し込められた。鉄格子と冷たいコンクリートの壁に囲まれた空間は、俺の心を深く沈ませた。先ほどまでの激しい怒りは、どこか遠くへ消え去り、代わりにじわじわと後悔の念が押し寄せてくる。
「何やってんだ、俺は…」
ぼそりと呟いた声は、虚しく壁に吸い込まれていった。美咲を傷つけた間男への怒りに駆られて、俺は衝動的に暴力を振るった。美咲を守るためだった。そう信じていた。しかし、美咲のあの表情が、俺の脳裏から離れない。悲しみと、そして、俺への失望。
あの時、美咲は俺に何を求めていたのだろう。俺の行動は、本当に美咲のためになったのだろうか。いや、違う。彼女は、俺の暴力など望んでいなかった。ただ、そばにいてほしかった。一人にしないでほしかった。携帯のメッセージを見つけた時、俺が冷静に美咲に寄り添い、話を聞いていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
留置所での時間は、果てしなく長く感じられた。食事は味気なく、夜は眠れなかった。天井の小さな窓から差し込む光が、時間の流れを教えてくれる。俺は、自分の愚かさと、美咲をさらに苦しめてしまったことへの自責の念に苛まれ続けた。美咲は今、どうしているだろう。間男からの脅迫は、もう止まっただろうか。俺が逮捕されたことで、彼女の苦しみは増したのではないか。そんな考えが、俺の心を締め付けた。
2. 面会に来たヒロインの言葉
数日後、面会室に通された俺は、ガラス越しに美咲の姿を見つけた。彼女は、以前よりも痩せ細り、目元には深い影が落ちていた。その姿を見た瞬間、俺の胸は締め付けられた。彼女がどれほど苦しんでいるのか、痛いほど伝わってきた。
「美咲…」
俺は、震える声で彼女の名前を呼んだ。美咲は、ゆっくりと顔を上げ、俺の目を見つめた。その瞳は、まるで深い海の底のように、暗く、感情が読み取れなかった。俺は、美咲が俺を理解してくれると信じていた。俺の行動は、彼女を守るためだったのだと。
「悠真…どうして、あんなことしたの…」
美咲の声は、想像していたよりもずっと冷たかった。俺の期待とは裏腹に、彼女の言葉には、俺への非難と、深い悲しみが込められていた。
「美咲…俺は、お前が…あいつに、あんな目に遭わされてるって知って…っ」
俺は言葉を詰まらせながら、必死に自分の行動を説明しようとした。美咲がどれほど傷つけられていたか、俺がどれほど怒りに震えたか。
しかし、美咲は首を横に振った。
「そんなことしてほしかったわけじゃない。私は、悠真に…一緒にいてほしかったの。一人にしないでほしかった。ただ、それだけだったのに…」
彼女の言葉が、俺の胸に突き刺さる。美咲は、俺のヒーローのような行動を求めていたわけではなかった。ただ、そばにいて、話を聞いて、支えてくれることを望んでいたのだ。俺は、美咲の本当の気持ちを、全く理解していなかった。
「私は…怖かった。あいつに脅されて、誰にも言えなくて…でも、悠真に携帯を見られた時、やっと助けてもらえるって思ったのに…」
美咲の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。その涙は、俺の心を深くえぐった。俺は、美咲を救ったつもりで、さらに深い絶望の淵に突き落としていたのだ。
3. 誤解とすれ違う心
美咲の言葉は、俺の心を粉々に砕いた。俺が彼女のためにしたと信じていた行動が、結果的に彼女を深く傷つけ、俺たち二人の間に決定的な溝を生み出してしまった。面会室のガラス越しに、美咲の震える肩が見える。俺は、彼女の涙を拭ってやることも、抱きしめてやることもできない。ただ、無力な自分を呪うしかなかった。
「ごめん…美咲…俺は…」
俺は謝罪の言葉を口にしようとしたが、言葉にならなかった。どんな言葉も、美咲の心を癒すことはできないだろう。俺は、美咲が求めていた「愛」の形を、全く理解していなかった。俺が抱いていたのは、彼女を独占し、守り抜くという、歪んだ独占欲だったのかもしれない。
美咲は、涙を拭い、俺から視線を逸らした。
「もう、いいよ。悠真は、自分のことだけ考えて。私は…もう、大丈夫だから」
その言葉は、俺を突き放すようにも聞こえた。彼女の瞳には、以前のような俺への信頼や愛情は、もう宿っていなかった。ただ、冷たい諦めのようなものが漂っている。
俺たちの間に、重い沈黙が流れた。面会時間が終わりを告げ、美咲は立ち上がった。彼女は、一度も振り返ることなく、面会室のドアを後にした。その小さな背中が遠ざかっていくのを見ながら、俺は、二人の関係が、もう元には戻らないことを痛感した。俺は、美咲を失ったのだ。自分の手で、大切なものを壊してしまったのだ。
4. 弁護士との面談と今後の展開
美咲との面会の後、俺は弁護士と面談した。弁護士は、俺の顔を見るなり、厳しい表情で口を開いた。
「相手の診断書が出ました。全治二ヶ月の重傷です。さらに、被害届も提出されています。これは、かなり厳しい状況ですよ」
弁護士の言葉が、俺の頭の中で響く。全治二ヶ月。俺の衝動的な行動が、間男に想像以上の怪我を負わせていたことを知った。
「示談交渉は試みますが、相手はかなり強硬な姿勢です。慰謝料も高額になるでしょう。もし示談が成立しなければ、実刑判決の可能性も十分にあります」
実刑。その言葉が、俺の胸に重くのしかかる。俺は、まだ大学一年生だ。これから始まるはずだった大学生活、美咲との未来。全てが、俺の愚かな行動によって、一瞬にして崩れ去ろうとしていた。
弁護士は、俺の表情を見て、少しだけ声を和らげた。
「情状酌量の余地がないわけではありません。衝動的な犯行であったこと、被害者への謝罪の意思があること、そして、あなたが未成年であること。これらを考慮してもらえるよう、最大限努力します」
しかし、その言葉も、俺の心には響かなかった。俺は、美咲を傷つけ、自分の未来も、そして家族の未来も、全てを台無しにしてしまった。
弁置所での日々は、俺に現実の厳しさを突きつけ続けた。俺は、自分の犯した罪の重さと、それが引き起こす結果の大きさを、骨身に染みて理解し始めた。これから、俺の人生はどうなってしまうのだろう。美咲は、もう俺を許してくれないだろう。深い絶望の中で、俺はただ、時間だけが過ぎていくのを待つしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます