第24話、雫が日本に来てから


 私は、十年近く前、この異世界にきてから……初めて、親というものを得た。



「今日からうちの子だよ。よろしくね、雫ちゃん」



 神坂雫。らいかの親戚だという女性の養子として、お世話になることになった。




「(神は本当に殺せたのか……いや、確かに殺せたはずだ。あの感覚は間違いない)」



 けれど、そこからしばらくは、寝れない日が続いた。



「(けど、消える前に何かしたのでは?)」



 神殺しを成し遂げた、それがあまりにも信じられなくて、ずっと続いた地獄の終わりに、困惑し続けていた。



「…!」



 新しい土地の文化にも、困惑したことが多かった。

 冷蔵庫。食材を冷やす家電を見て猫のようにびっくりして飛び上がったりもした。



「(小さな箱の中に人がいる…!

 違う、投影魔法…? 光、いや違う、雷鳴の属性…?)」



 テレビも、日本で初めてみたから原理などをひたすら調べて頭を痛めたのも覚えてる。



「(グレイプニルみたいなのがある…! しかも沢山、あの殺戮兵器を大量生産…! 正気の沙汰とは思えない…!)」



 道路?というところを走る車(グレイプニル)の大群に目眩すら覚えた。


 けどそれは車と言って、別に神速を越えられないって聞いて安心した。



 けれど当時、私にはとんでもない障害があった。



「雫ちゃん、アイス買いに行くけどなんか食べたいのあるー?」

「……あ、いえ…………」


「おし、一緒にいこー! うまいアイス探そうぜっ☆」



 愛ちゃんとの関係である。向こうで地獄ばかり見ていた私は、重度の人間不信を患っていた。

 ゆえに愛ちゃんとも最初は仲良くなく……よく苛立ちを覚えていた。




 ––––––そして、あるときそれは弾けた。



「あなたはっ、私の親じゃない!!」




 何故か、苛立ちが胸にあふれた。

 きっかけは覚えてない、晩御飯がどうとか、そんな話題をふってくれた愛ちゃんにいら立ったのだと思う。


 あまりにも嫌で嫌で、嫌で、ある日、つい、八つ当たりをしてしまった。



「っ、ぁ……っ」



 加護を発現させて怪我をさせてしまった。


 八つ当たりをした自分が情けなくて、どうしようもなく意味が分からなくて、そのまま逃げだした。




「(私は、何をしてるんだろう)」



 逃げ出した先は、森。私とらいかが初めにこの世界に来た時に、見た景色。



「(怒りが、苛立ちが収まらない…子供の身体だから?)」



 夜が追いかけてくるように、曇り空が森をすぐに覆い隠した。



「雨…」



 時期から、梅雨と呼ばれるものなのだと、愛ちゃんに教わっていたから、雨宿りできそうな大きな木の下にいった。



 木の下で、蹲りながら、雨を見た。



「……」



 ––––––雨だーー、雫ちゃん大丈夫? 帰ったらお風呂入ろうね。

 ––––––雫ちゃん、雨見ながら一緒にお話でもしよー。甘いもの用意したよー。

 ––––––誰かのためじゃなくて、自分のために、人助けをするの。



 靴が汚れながら、思い出すのは愛ちゃんばっかり。


 それが不快で、煩わしくて、振り払おうとするが……それが上手くいかず



「わかんない……わからないよ」




 そう、ぽつりとつぶやいた。


 夜も深くなってきて、お腹がすいてきたころ。



「…………これから、どうしよ」




 そんなことをつぶやいて




「雫ちゃーーーーん、どこーーーーーー!」




 そんな声が、遠くから聞こえたのが分かった。


 その声はやがて近づいてきて、私のことを見つけると



 ふと、目が合って




「……義務感、ですか?」



 こんな捻くれたことしか言えない、自分がいら立った。

 けれど、そんな私に愛ちゃんはしゃがんで、いつものように声をかけてくれた。




「あのね、私は、嬉しいんだ」



 雨の音が、どこか遠くに聞こえる中で、



「君が少しでも、私に怒りを見せてくれた。

 それは…私をそのくらいには信じてくれたと言うことだと思うから」



 その言葉は、透き通っていた。



「試し行為…なんて名前だったかな。

 うん…やっぱり、苦しいな」



 胸にじぐ……と、何か痛みが広がったのを、覚えている。



「けど…あはは」



 ついで、少しだけ笑って



「————なんか、嬉しいや」



 また、いつもの笑顔を浮かべたのを、今でも覚えてる。



「無事でよかった、大丈夫だよ、雫ちゃん」



 手をそっと伸ばされて、それを掴んでいいのかわからなくて、ただ見ていた。



「信頼なんて一日で築けるわけがない。

 だから、怒るのもおかしくないし、私はその怒りも愛してる」



 信じなくていい、疑っていい。

 そのあり方を決して否定しない。



「だから、うん」



 人間関係なんて、大小あれど最初はすべて疑うことから始まる。

 疑わない人間関係なんて、ひどく薄っぺらいまやかしだ。



「これから……頑張るからさ。

 雫ちゃんに認めてもらえるように」





 この時、その笑顔に籠った覚悟によって…私の中で、その認識は切り替わったのだと思う。






 愛ちゃんに背負われながら、暗い森の道を歩く。

 いつの間にか雨も止んでいて、湿気が冷えて、とても良い風だったのを覚えている。



「……神坂さんは、どうして私を引き取ったの?」

「んー?」



 ふいに、そんなことを問いかけた。



「私が大人になった時の見返りを求めるの?」

「うーん」



 私の知っている、親……幼いころから牢に閉じ込めて、ろくに食事も渡されず、餓死することを望まれていた。

 だから、親というものが反吐が出て仕方ない。



「そうだなー。雫ちゃんは、人助けって、どう思う?」

「…………ひとだすけ?」



 なんて説明すればいいか、分からなかったのだという。



「そう、人助け」


「…………気持ちわるい偽善?」

「あはは、正直だなあ……けど、それでいい」



 人助けに価値がないなんて言わないけれど、それでも私はそれが気色悪かった。そんなのが嫌いで嫌いで仕方なかった。




「誰を助けること、それが誰かのためであってはならない」



 その言葉を、ただ静かに聞いていた。



「誰かのために、誰かを助けちゃいけない……それをすればきっと、人は人を呪わずにはいられなくなる。

 そんな人助けは、正直言って吐き気を催すし、反吐が出る」



 ゆらゆらと足を揺らして、森を出て、町の田舎道を歩きながら、聞いていた。



「誰かのためじゃなくて、自分のためだけに、誰かを助けるんだよ」



 それがどう次の話につながるのか、私はただそれが気になって、静かにしていた。



「自分がこの子を笑顔にしたんだって、思うとさ。

 ほら」



 私に顔を向けて、嬉しそうな笑顔を浮かべながら



「なんか、誇らしくて、うれしくなるじゃない?」



 その表情が、とてもきれいだったのを覚えてる。



「雫ちゃんを笑顔にしたくて、その笑顔にした自分を全力でかっこいいって思いたいから、なのかもしれないね」



 町の明かりを遠くに見ながら、あぜ道を歩く。

 歩きながら、風を感じて、愛ちゃんの声を聴いていた。


「いや……違うな」



 そこで、ふと、足を止めて…愛ちゃんが、空を見上げた。

 



「きっと私も、その答えを探してる途中なんだよ」



 愛ちゃんの背中に揺られながら……その背中のあたたかさが、強がりなんだと気付いて……少しだけ、ほんの少しだけ、腑に落ちた。



「私が」



 だから、これはその第一歩だと、思った。



「私が……神坂さんを微塵も信用してないって、言ったら、どうしますか」



 親に言うには、怖い仮定。殴られるんじゃないか、怒鳴られるんじゃないか、そんな風に、私はおびえながら、そう聞いた。



「––––––それが普通のことだから、私はその疑心を愛するよ」



「––––––––––––」



 闇も、光も、総じて愛している。

 この人の器を垣間見えた気がしたから



「あ」

「?」


 私の人間不信は、まだ治らない。

 きっと、愛ちゃんのことを信用することはない。


 今も疑心でいっぱいだ。



「あい…」



 だけど、この人の歩みを見ていると



「ちゃん…」



 不審に思いながらも、手を伸ばしてもいいのかもしれない、そう思った。



「愛…ちゃん…」



「————」



 愛ちゃんなんて呼称、侮辱に当たるんじゃないかと思った。

 だけど、そう呼んでみたかった。






「そうだよおおおおーー!! 愛ちゃんだよーーー! んーーー、かわいいいいいい」

「ちょ」



 いった直後、爆発する感情のままに振り回された。

 持ち上げられて振り回される、大喜びする愛ちゃんの、本当に嬉しそうな顔がそこにはあった。



「いえーーーーい!! 愛ちゃんだよーー! ううーーー!!」



 でもやっぱ。うざかった。





◆◆


「(そんなこともあったなぁ)」



 縁側でお腹をだしながら寝てる愛ちゃん。

 丸首シャツに、ショートパンツ一枚で寝るのはどうなのだろうか。


 ショートパンツも途中でジッパーを下したのか、パンツも見えてるし。あと白と水色のストライブ柄なんて今時、若い子でも履かない。




「まま…」



 呼ぼうとして、恥ずかしさから諦めた言葉。



「…なんて、」



 ぽつりと口に出すも、やっぱり恥ずかしい。

 そう思い、読書の続きでもしようと立ち上がる刹那に。



「————」



 ––––––愛ちゃんと、目が合った。こいつ、いつから起きて……!



「m、ままって、いま、ままって、言った……?」

「い、いや、今のは」



 ごまかすように一歩後ずさる、何か凶暴な気配をにじませながら近寄る愛ちゃんに、また一歩後ずさる。



「聞こえた、今確かに、聞こえたぞ……!」



 そして––––––感情が爆発したように、私を思いっきり持ち上げた。



「いえーーーーい!! ままだぜーー! ううーーー!!」




 喜び方が十年たっても何も変わってない、爆上がりのテンションのままうおおおおおおおっと咆哮をあげる愛ちゃん。



「ちょ、愛ちゃん、おろして」


「やだ、ままってよばれないと返事しない」

「こ、こいつ…!」



 そして、やっぱりうざかった。十年たっても微妙にうざい。それが愛ちゃんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る