サノバサキュバス エロスキルしか使えないけど、ダンジョンは真面目に攻略したい【コミック化決定!】

揚旗 二箱

【第1章】指輪と光と犬とキスと_001

「ねえ、そこのあなた!」


 岩肌に繁茂した発光苔が薄暗く照らす洞窟内に、場違いなほど大きな声が響き渡る。


「ねえってば!あなた、ローラッドでしょ?」


 発生源を見ずとも強気と面倒くささが分かるパッキリとした女声を無視し、歩き続ける男がひとり。


「そこの黒髪のあなたのことを言っているのよ!聞こえているのでしょう?」


 男が無視しても、女は呼びかけるのをやめない。

 どれだけ無視されても、自ら男の前に回り込んだり、肩を叩いたりしないのは彼女の高いプライドの表れであった。


「ねぇ!少しお話ししてくれない!?ほんの少しでいいの!この4ヶ月間ずうっと話しかける機会を伺っていたのに、あなたは気がつくとどこかへ消えてしまう。それがようやく、お話ができそうだというのに、このまま無視を貫くつもりかしら?」

「……」

「いいわ。あなたがその気ならわたくしにも考えがある。あなたが無視を続けるなら、わたくしはこうして呼び続ける。鬼が出ようと悪魔が出ようと竜が出ようとね。いいのかしら?きっとメンドウなことになりますわよ〜?わたくし、発声には自信ありよ。なにせ8歳の頃から王立劇場に歌声を響き渡らせてきたのだから。中でも『王国誕生物語第一章:旅立ちの朝焼け』は得意中の得意!伴奏がなくたってできるくらい。3秒後から始めます。3、2……」

「わかったわかった。参りました」


 このままでは前代未聞の洞窟内アカペラオペラが始まってしまうことを察知した男は、深いため息と共に、ようやく背後を振り返った。

 伸ばしっぱなしの黒髪にやや隠れた目と、その下に染みついたドス黒いクマが、ローラッドと呼ばれた男の無気力を外観に表している。


「俺なんぞに何の用事だ。金ピカ女」

「やーっと振り向いた。ウワサ通り、目の下のクマがすごいわね。でもまずは一点、わたくし金ピカ女などという名前ではないの。アルゴノート家長女にして『光』のプライマル、エルミーナ・ウェスタリアス・アルゴノート。よく覚えておくことね」


 エルミーナは男を自らの意思で振り向かせたこととようやく名乗れたことに満足し、その堂々と張った胸に右手を置いて得意げに笑った。


「……やっぱり眩しいな」


 男が目を細めたのは、女の『本物の黄金と見紛う』と噂の瞳に魅入ったからでも、その後頭部でいくつにも分けて縦ロール状に巻かれている眩いばかりの金髪に見惚れたからでも、その自信を体現したような爆発的なプロポーションに感動したからでもない。


 その女、エルミーナは、本当に黄金色の光を放っているのだ。


 目が潰れるほどではないが、少なくとも周囲の苔が放つ緑色の光は、金ピカ光によって完全に塗りつぶされている。


「あんた、自分じゃ眩しくないのか」

「眩しくないに決まっているじゃない。各個人のプライマルが本人に及ぼす影響はコントロールできる、基本中の基本でしょ?まあでも、今はこの暗い洞窟を照らすために、普段よりもさらに『輝いている』のは確かね」

「光量を下げることは?」

「できますとも。あなたがわたくしの質問に答えると約束できるなら、ね?」

「どこの世界にストレートに脅迫してくるお嬢様がいるってんだ」

「あら?脅迫だなんて人聞きが悪い。わたくしは『あなたに浴びせる光の量は、わたくしの一存でコントロールできる』と言ったまで。ついでに、ちょっとしたお願いを聞いて欲しいだけ」


 エルミーナの妙に慣れた『交渉』に、男にはもうなす術などなかった。この女に追いつかれてしまった時点で、言ってしまえば『詰み』だったのだ。

 男がついに観念したのを察知したエルミーナは、放っていた『輝き』の量を抑えた。今は苔と同じか、それより少し強い程度の光で薄ぼんやりと発光している。


「では質問をどうぞ。金ピカお嬢サマ」

「まだ無礼な態度が残っているようだけれど、今回は気にしないことにしましょうか。貴重な機会ですもの。では、まずお名前を教えてくれる?わたくし、あなたのお名前は途中まで……『ローラッド』というところまでしか知らないの」

「逆になぜそこまでは知っているのか……は聞いても無駄そうだな」


 男は少しだけ天を仰ぎ、

「ローラッド・フィクセン・グッドナイト。これが俺の名前だ」

 と静かに答えた。


「偽名?」

「人にはさんざん無礼だなんだと言っておいてお前」

「だって『グッドナイト』なんて、そんな冗談みたいな名前の人いままで会ったことないもの」

「じゃあ俺が最初の1人だな」

「まあ……そういうことにしておきますか。あとは進みながら聞くことにするわ。時間も無限ではないのだし」


 エルミーナは鎧付きドレスといった雰囲気のスカートを軽く翻しながら、ローラッドの隣に進み出た。


「楽しい『洞窟探検』にしましょ。ローラッド」

「……勝手にしろ」


 文字通り輝く美しい笑顔に、ローラッドは目を覆って再びため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る