第36話 ギャルの朝食

 朝の食卓。

 空気は──重たい。いや、ねっとりしていると言ってもいいかもしれない。


 灯は悠斗の向かいに座って、いつものように朝ごはんを食べていた。

 でもその手には、いつもと違うものが握られていた。


 ──大きめのフランクフルト。


「……っ」


 咄嗟に悠斗の顔を見てしまい、そして……視線はそのまま、彼の“腰のあたり”に吸い寄せられる。


(……おっきかった……)


 昨日、シャワー上がりのバスタオル姿で見てしまった“それ”が、頭から離れない。

 そんな状態で目の前に出されたフランクフルトなど、もう拷問でしかない。


「…………っ」


 赤くなる顔。じっとりと汗ばむ手のひら。


「灯? フランクフルト、食べないの?」


 遥が優しく声をかけるが、灯はわずかに肩を震わせながら、


「……た、食べる……いただきます……っ」


 そっと、フランクフルトに歯を立てる。


 カプリ。


 じゅわ、と油が口に広がる。


「ん……っ……」


 思わず吐息のような声が漏れてしまう。


(……なにしてるのあたし……なにを味わってんの……!)


 灯は一人、胸の中で悶絶しながらも、もぐもぐと咀嚼を続ける。

 視線は悠斗のほうに、チラ、チラ、またチラ。


(……同じ……かたち……)


「……」


 そしてそんな娘の姿を見ていた遥は気付いてしまっていた。


 灯の視線と態度、そしてフランクフルト。

 母親の直感が、すべてを察してしまう。


(何か……あったのね……!)


 でも娘の尊厳のために、何も言わない。

 ただ、手元の味噌汁に顔を落として赤面するだけだった。




 さて、二人ともそんな状態で学校への道を歩いているのだが、灯はずっと無言だった。


「……なんか、足元おぼついてないけど……大丈夫か?」


「な、なんでもないっ……考えごとしてただけっ……!」


(……悠斗のせいだ。朝からあんなの見せるから……おかけでまともに歩けなくなっちゃう……!!)


 わずかに内股。ふわふわとした足取り。

 自分でも“変なこと”を考えていた自覚があるから、悠斗の顔がまともに見られない。


「……はぁ……」


 灯は自分の頬を叩き、なんとか気持ちを立て直そうとした──


 が。


「おはよう、悠斗」


 いつの間にか人通りの多い道に出ていた2人に突然、背後から声がかけられる。転校生にして悠斗の自称婚約者の紗夜だった。


「そういえば連絡先交換して無かったと思って」


「え? ああ、別にいいけど──」


「ありがとう。てっきり断られると思っていたから嬉しいわ」


 紗夜はそう言うと、悠斗がスマホを取り出した瞬間、流れるような動作でスマホを奪い取り、操作し始める。


「わ、ちょっ……!」


「……はい、終わったわ」


 そのまま、紗夜のスマホから悠斗のスマホに何かが転送された。


(……ん? 今の、ファイル?)


 確認しようとした瞬間、紗夜が一歩近づいてくる。

 そして、悠斗の耳元に唇を寄せ──


「……キミだけの私、だから……誰にも見せないでね」


 その言葉とともに、かすかな甘い香りが鼻をくすぐった。


 耳が真っ赤になる悠斗。


 そして紗夜は、何もなかったように背を向け、灯の方に一瞬視線を向けてその場から去っていく。


(……な、なんなんだ……朝から……)


 そんなことを思いながら、悠斗の何気なく紗夜から送られてきたファイルを見た。

 そこには──


(っ!? これって──)


 画面に表示されたのは、制服を着崩し、片方の肩がはだけた状態の紗夜が、カメラ目線で微笑んでいる写真。


 その破壊力と、灯に見られたら命の危険があると瞬時に察した悠斗は、即座にホーム画面に戻す。


「おいおいおいおい……」


 そんな悠斗の隣では、未だに


「……むり……やっぱ、むりぃ……!!」


 と呟きなら、頬を染めている灯の姿があった。






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