第20話 ギャルとお祭り

「……ちょっと、歩くの遅くない?」



 家を出て5分。


 隣で浴衣姿の灯がずっと不機嫌そうにしていた。


 肩を並べるというより、ギリギリ並ばない距離を保って歩いている。半歩程俺の後ろを俺のシャツの裾を掴みながらだけど。

 家では当たり前のようにピッタリくっついてくるのに、今日は違った。


 

「だって浴衣が着崩れたらイヤだろ? だから歩幅合わせてるんだけど……」


「別に。大丈夫だけど。ていうか、くっつかないなら意味ないし。っていうか着崩れても直してあげるくらいの気遣いないの?」


「はい?」


「なんでもない。なんでもないって言ってんでしょ、くそ鈍感が」



 はいはい出ました、毒舌。


 けど、今日は確かにいつもと違う。

 理由は簡単――今日は近所の秋祭りに来ているからだ。



 屋台が並び、人混みが多い中、灯は浴衣。

 そして隣には、灯の母――ギャルとは正反対のおっとり美人の遥さんが優雅に歩いている。



「まあまあ灯ちゃん、もっと笑って? お祭りなんだから」


「……笑えない。ムリ。イラつく」


「うふふ、それを笑顔で言うんだから、ほんと可愛いんだから。それにずっとその手、離さないのね〜」


「可愛くないし! なんでママまで! てかこの手はコイツが迷子にならないためだし!」



 やっぱりイライラしてる。

 それもそのはず――灯にとって、俺と密着できない時間は苦痛らしい。


 人混みでは自然な距離感を保たなきゃならない。

 そのせいで彼女の表情は──なんかニヤけてるな?


 まぁ、それはともかく。灯の浴衣姿は、正直言ってめちゃくちゃ可愛い。


 髪はサイドでまとめて、金魚柄の水色の浴衣で、少し幼く見える。

 俺と目が合ったあとにほんのり赤く染まった頬は、照れてるわけじゃなく多分、暑さ+イライラだろう。



(なんか、これはこれで珍しい顔だな……)


「なに、見てんの?」


「いや……浴衣、似合ってるなって」


「――っ! は? べ、別に嬉しくないし!!」


「顔真っ赤だけど」


「暑いの!! てかもう黙れ! バカ!」


 

 そのときだった。


 人混みの中、聞き慣れた声が響いた。


 


「あ〜悠斗くん!」


「あ、春日井さん」

 声の主は、俺の後ろの席の春日井雫だった。


 同じクラスの、地味でおとなしいけど胸は地味じゃない子。

 しかし最近はどこか雰囲気が変わり始めていて、ちょっと気になってたりする。

 そんな彼女の今日の格好は、黒に金の刺繍の入った浴衣。浴衣のサイズが小さいのか、春日井さんの胸のサイズが大きすぎるのか、胸元の主張が激しい。清楚な雰囲気とのアンバランスさが凄い。お祭りに来た男の子達の性癖をブレイカーしてしまいそうだ。



「よかった、会えて……っ、わっ!」


 


 笑顔で俺の元へと駆け寄ろうとした瞬間、人混みに押されて、彼女の足がもつれる。


 咄嗟に俺は手を伸ばした――


 

「危なっ!」


 

 受け止めたその瞬間、倒れ込むように俺の方飛び込んできた春日井さんは、俺の胸元と腕の中にすっぽりとおさまってしまう。簡単に言うと、抱きしめてしまった。

 そこでさらに歩いている人に押され、さらに押し付けられる。

 


「……っ!」


「……きゃ!? ゆ、悠斗くん!? ご、ごめんなさい、いきなり……」


 

 弾力。柔らかさ。香り。地味とは思えない規模の衝撃。

 さらに密着。超密着。もうこれは事故を超えた事故。


 「ご、ごめん春日井さん!」


「い、いえっ……わ、私が……その、すごく……嬉し……じゃなくって! その……はずかしいなって……」



 お互い真っ赤な顔で、視線をそらす。


 でもその様子を、灯は見ていなかった。良かった。こんな姿見られていたら殺されていたかもしれない。いや、なんでそう思うのかは俺にもよくわからないけど、何故かそんな気がした。だからほんと良かった──


「……え」


 と、思ったのに──春日井さんと体を離した瞬間、灯と目が合った。



「…………」



 彼女の眉がピクリと動いた。


 

「……は?」


 

 完全に声のトーンが変わった。

 これは危険な状態だ。雷雲が立ち込める前の空気に似ている。


 

「灯、今のは本当に事故で――」


「べっっつに? 見てなかったし? どうでもいいし? なーんでこんな空気になってるのか、全然わかんないけど? ……勝手にしてれば?」


 

 そのまま、くるりと背を向けて歩き出す。


 遥さんが「まあまあ、灯ちゃん」と慌てて追いかけようとするけど、灯は足早に人混みの中に消えていった。



「え、えっ……?」


「やっべ……完全にキレたな……」



 これはまずい。

 なんかいつもと違うキレ方でどうなるのかさっぱりわからない。

 


「……どうしよう……」


 と、俺と春日井さんは同時に呟いた。


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