第18話 ギャルとお着替え

 ガチャッ。


 と、雨の中走って帰ってきた俺が玄関のドアを開けた瞬間――


「……え、なにそのビジュアル。誰? 濡れ鼠コレクション2025?」


 

 待ち構えていたのは、いつも通り灯だった。


 上目遣いでこっちを見たかと思ったら、次の瞬間には顔をしかめてフルパワーでキレ始める。



「バッカじゃないの!? なんで傘さしてないの!? 普通、天気予報見てから出るよね!? それとも脳味噌まで水没した!?」


「いや……朝はまだ降ってなかったし……」


「言い訳すんなっての! てか、なに悠長に立ってんの!? ほら、服脱いで! 今すぐ着替えろし!! そこに突っ立ってたら玄関までカビるから!!」


 

 急すぎる展開についていけないまま、俺は鞄を置いた。

 確かに、俺は現在、完全なるずぶ濡れ状態である。


 

「ていうかお前、先に帰ってたのか」


「そうよ!? だからこそ超迷惑なんだけど!? 玄関に濡れた雑巾が入ってくるとか、何の罰ゲームよ!?」


「濡れ雑巾って俺のこと!?」



 心までずぶ濡れになりそうだ。 



「まったく……」



 灯は立ち上がると、当然のように俺の手を引っ張って廊下をズンズン進む。



「ちょ、おい! どこ行くんだよ!?」



「決まってんでしょ。着替え! 服、用意してあるから! ってかマジで早く脱げ、菌が繁殖する! 今お風呂も沸かしてるから早く着替えて暖かくして待ちなさいよね!」


「菌扱いはやめてくれ!!」


 

 で、引っ張られた先は、自分の部屋だった。


 すでにドライタオルとTシャツ、ジャージのズボンが用意されている。


 

「なんで準備いいの……」


「いや、絶対濡れて帰ってくると思ったから。あんた、そういうとこマジ抜けてんのよ。予知能力っていうの? あんたにら無いの?」


「あるわけないだろ……。てか、それ、俺のこと心配してたってこと……?」


「は? キモッ!? するわけないじゃん! その状態でくっついたらあたしも冷えるじゃん!」



 そう言いながらも、なぜかタオルを俺の頭にグリグリ押し当ててくる。


 ゴシゴシと乱雑だけど、優しさがある。


 

「ちょ、ちょっと待て! 自分でやるから!」


「うるさい黙れ! ほら、脱いで! 上から! 下はまだ早いでしょうが!」


「ちょっと待て待て待て待て!! お前が脱がすな!!」


 暴れる俺に構わず、燈はぐいぐいと濡れたシャツの裾を持ち上げてくる。顔を真っ赤にしながら、視線はわざと逸らしてるけど、手は全力。


 

「ちょ、マジでやめろ! 恥ずかしい!」


「お前の裸とかちょっとしか……ほんとちょっとしか興味ないし! てか羞恥心持つような身体してないっしょ!?」


「言い方ぁ!!」


 

 ようやくシャツを脱ぎ──いや、脱がされ終えると、灯は荒い息を吐いて俺を睨んできた。


「まじ、もう……なんでこっちが気ぃ遣わなきゃいけないの? 風邪引いて倒れたら、誰が面倒見ると思ってんの? あたししかいないでしょ!? バカオタ!!」


「じゃあやっぱ心配して――」


「ちがーーうし!!!!」


 ぶんぶんと顔を左右に振って否定する灯。パーマをかけたツインテールも揺れる。


 でもタオルで髪を拭いてくれるその手は、ずっと優しいまま。



「バイト禁止って言ったばっかで、今度は風邪予備軍かよ……。どんだけ手のかかるキモオタなんだよ……マジで……」


「なんで泣きそうな顔で言うんだ……」


「泣いてないし!!」


 

 こんな感じで、結局着替え終わるまでずっと手伝われた。


 俺がシャツを着ようとしたら、後ろから裾を整えられ、ズボンを変えようとしたら凝視された。


 

「ほら、終わったんなら寝てなさい。ついでにあたしも一緒にいるから。一緒に布団入るから。勘違いしないでよ? あくまでこれは凍死防止。覚えておきなさいキモオタ」


「……お前が寒がりなだけだろ」


「うっさい! 黙れ! 口開くたびキモいって言ってるのわかんないの!?」


 

 だけどそのくせ、手はしっかり俺の手を握ったまま。毒舌全開なのに、指先は熱くて、あったかかった。


 

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