千年樹の木陰で紡がれる新たな絆
レイと博士の怪異との決闘から数日後、キョウの傷は千年種の驚異的な回復力でほぼ癒えていたが、彼の心には深い爪痕と、そして確かな変化が刻まれていた。彼は以前よりも口数が少なくなり、しかしその瞳には、どこか吹っ切れたような、穏やかな強さが宿っていた。
「なあ、ヒメカ。あの二人……レイと博士は、本当に強かったな」
千年樹の太い幹に寄りかかりながら、キョウがポツリと言った。
「ええ。彼らは、それぞれの時代で、それぞれの信念を貫いた人たちだったわ」
「俺は、あいつらに認められたんだろうか……。それとも、ただ憐れまれただけなのか……」
「どちらでもないと思うわ。彼らは、あなたの中に、私を託すに足る何かを見出したのよ。それは、強さだけじゃない。もっと……魂の奥底にある何かを」
私は、キョウの隣に座り、そっと彼の手に自分の手を重ねた。
私たちの関係は、あの月下の決闘を経て、より深く、そして確かなものになっていた。言葉にしなくても、互いの魂が共鳴し合っているのを感じる。それは、かつてレイや博士と育んだ愛とは異なる形だった。レイとの愛は、戦乱の世で刹那的に燃え上がった情熱的な炎のようであり、博士との愛は、知的好奇心と穏やかな安らぎの中で育まれた静かな灯火のようだった。そして、キョウとの愛は……まるで、荒れ狂う嵐の中で互いを支え合い、ようやく見つけた千年樹の木陰で、ゆっくりと育っていく若木のような、そんな頼りなさと、しかし確かな生命力を感じさせた。
「ヒメカ……俺は、お前みたいに、宇宙を救うなんて大それたことはできないかもしれねぇ。でも、お前のそばにいて、お前が笑っていられるように、俺ができる全てのことをする。それだけは、誓える」
キョウの言葉は、不器用だったが、彼の誠実な想いがストレートに伝わってきた。
「ありがとう、キョウ。私も……あなたのそばにいたいと思っているわ」
私たちの周りでは、相変わらず人類の愚かな争いが繰り返されていた。千年樹の力を巡る国家間の対立、千年種に対する差別や偏見。それらが完全に消え去ることは、おそらくないだろう。
しかし、以前の私なら、そんな人類の姿に絶望し、心を閉ざしてしまっていたかもしれない。だが、今は違った。レイや博士、そしてキョウとの出会いを通じて、私は人間の愚かさだけでなく、その内に秘められた可能性や、愛の深さを知ることができたからだ。
「闘いがなくなる事なんてないんだ」
レイの言葉は、ネガティブな意味だけではない。それは、生きとし生けるものが、より良く生きようとするための、避けられない葛藤でもあるのだ。大切なものを守るため、己の信念を貫くため、そして、愛する人と共に未来を築くために、人は戦い続ける。その戦いが、憎しみではなく、愛に基づいたものである限り、そこには必ず希望があるはずだ。
「ヒメカ様、ガイアポリスの議会から、正式な要請が来ております」
セバスチャンが、いつもの落ち着いた声で報告してきた。彼は、霊界への旅には同行できなかったが、私たちの帰還後も、忠実に私のサポートを続けてくれている。
「千年樹のエネルギー管理と、異世界ゲートの利用に関する国際条約の締結にあたり、千年種を代表してヒメカ様にご意見を伺いたい、とのことです」
「……また、面倒なことになりそうね」
私は苦笑した。人類は、自分たちで解決できない問題に直面すると、すぐに私たち千年種に頼ってくる。そして、問題が解決すると、またすぐに私たちの存在を疎ましく思うのだ。
「どうするんだ、ヒメカ? あいつらの話なんて、聞く必要ないんじゃないか?」
キョウは、人間たちの身勝手さに不快感を示した。
「そうかもしれないわね。でも……放っておくわけにもいかないでしょう。千年樹は、この宇宙全体の未来に関わるものなのだから」
私は、人類に対して完全に失望したわけではなかった。彼らの中にも、ルナと共に地球の自然再生に尽力する者たちや、純粋に異文化交流を願う者たちがいることを知っていたからだ。
私は、ガイアポリスの議会に出席し、人類の代表者たちと対話することを決めた。それは、決して楽な道ではないだろう。多くの誤解や偏見、そして利己的な欲望と向き合わなければならない。それでも、私は逃げたくなかった。千年を生きた者として、そして「始まりの果実」の力を継承した者として、私には果たすべき責任があると感じていた。
「キョウ、あなたも一緒に来てくれるかしら?」
「……ああ。お前が行くってんなら、どこへでも付き合うさ。それに、あいつらが妙な真似をしたら、俺が黙っちゃいない」
キョウの言葉は、何よりも心強いお守りのようだった。
議会では、予想通り、様々な国や勢力のエゴがぶつかり合った。千年樹のエネルギーを独占しようとする者、異世界ゲートの利用を軍事目的に転用しようとする者、そして、千年種を管理下に置こうとする者。彼らの主張は、あまりにも身勝手で、視野が狭かった。
私は、冷静に、しかし毅然として、彼らの主張に反論し、千年樹の真の意味、そして宇宙全体の調和の重要性を説いた。最初は聞く耳を持たなかった彼らも、私の言葉に宿る力――それは、千年を生きた者の叡智と、宇宙の調停者としての威厳――に、次第に圧倒されていった。
「私たち千年種は、あなたたち人類を支配しようとも、管理しようとも思っていません。ただ、この宇宙が、全ての生命にとって、より良い場所になることを願っているだけです。千年樹は、そのための希望の象徴。その力を、争いや欲望のために使うのではなく、共存と繁栄のために使う道を、共に探していきましょう」
私の言葉は、議場に静かな感動を広げた。もちろん、全ての者が完全に納得したわけではないだろう。しかし、少なくとも、彼らの心に小さな種を蒔くことはできたはずだ。
議会の後、私の元に、かつてアーク聖教団を率いていたソフィアが訪ねてきた。彼女は、あの一件の後、自らの信仰を見つめ直し、今は一人の巡礼者として、宇宙の様々な世界を旅しているという。
「ヒメカ様……。あなた様の言葉は、かつての私には理解できなかったかもしれません。しかし、今の私には、その真実の重みが分かります。私も、微力ながら、宇宙の調和のために尽力したいと思っています」
彼女の瞳には、かつての狂信的な光はなく、穏やかで、そして深い叡智が宿っていた。人間の変化と成長の可能性を、彼女は示してくれているようだった。
私たちは、地球に帰還した人類と、完全には分かり合えないかもしれない。彼らは、また過ちを繰り返すかもしれない。そして、私たち千年種は、再び彼らに虐げられる日が来るのかもしれない。
それでも、私たちは、彼らを愛した記憶を忘れない。レイが、博士が、そして無数の名もなき人々が見せてくれた、人間の優しさ、勇気、そして愛を。
ひそやかに、今日も生きていく。時には導き、時には見守り、そして時には共に悩みながら。それが、この宇宙で千年を生き、そしてこれからも生きていく私たちの、新たな日常なのだ。千年樹の木陰で、愛する人と共に、新たな絆を紡ぎながら。
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