アカシャの導きと魔獣領域

「アカシャ……あなたはこの『創世の残り火』の場所を知っているの?」

完全に復元された体で、私は水晶のような構造物――アカシャの本体――に向かって問いかけた。先ほどまでの絶望的な状況から一転、今は新たな目的への渇望が全身を駆け巡っていた。


『アビス・コアは広大であり、その全てを私が完全に把握しているわけではない。しかし、『創世の残り火』が放つ特有のエネルギーシグネチャは、いくつか観測記録がある。最も濃密な反応が確認されているのは、この宙域から数万光刻離れた、『嘆きの星雲』と呼ばれる領域だ』


アカシャの言葉と共に、私の目の前に立体的な星図が投影された。そこには、禍々しい色合いのガスと塵に覆われた星雲が示されている。

「数万光刻……それは、どのくらいの時間かしら?」

『あなた方の時間感覚で言えば、数百年から数千年といったところだろうか。もちろん、適切な航行手段があればの話だが』

さらりと言われたその時間に、私は軽くめまいを覚えた。宇宙規模の探索とは、こういうことなのか。


「アルゴス号は……もうないわね。何か、この魔界で使える乗り物は?」

『このアビス・コアには、かつてここを訪れた様々な知的生命体が遺した遺物や、あるいはこの環境に適応進化した生物などが存在する。幸い、あなたを捕食した魔獣が破壊した探査船の残骸から、航行システムのコアモジュールは回収できた。それを元に、このアビス・コアでも運用可能な小型艇を再構築することは可能だ。ただし、その性能は限定的だが』

アカシャはそう言うと、水晶体から光の触手のようなものを伸ばし、周囲に散らばっていたアルゴス号の残骸の一部を収集し始めた。それらがみるみるうちに分解され、再構成されていく。まるで、超高速の3Dプリンターを見ているようだ。


「あなたは……なぜ、私にそこまでしてくれるの?」

その驚異的な技術を目の当たりにしながら、私は疑問を口にした。魔獣に喰われた私を助け、こうして新たな船まで提供してくれる。ただの「観測対象」にしては、あまりにも親切すぎる。

『言ったはずだ。あなたは興味深いサンプルだと。あなたの行動原理、目的、そしてこのアビス・コアにおける適応能力……その全てが、私の計算と予測を超える可能性がある。それは、私にとって最も価値のあるデータだ』

アカシャの声には、やはり感情のようなものは感じられない。純粋な知的好奇心、あるいは計算。それが彼の行動原理なのだろう。

『それに……このアビス・コアは、永い間、停滞していた。あなたのような『異物』の到来は、この宇宙に新たな変化をもたらすかもしれない。それは、管理者として見過ごせない事象だ』


数時間後、アカシャによって新たな小型艇「ノアの方舟」(私が勝手に命名した)が完成した。元のアルゴス号よりはずっと小さいが、この異様な魔界を航行するには十分な頑丈さと、最低限の武装、そしてステルス機能が備わっているという。

「ありがとう、アカシャ。この恩は忘れないわ」

『礼は不要だ。あなたの旅の記録は、常に私と共有される。それが、あなたからの対価だ』


私と、そして同じくアカシャによって再生された(彼女は私ほどバラバラにはならなかったらしい)サヨは、ノアの方舟に乗り込んだ。セバスチャンは、アルゴス号のメインコアが無事だったため、この新しい船のシステムとも完全に同期できていた。

「ヒメカ様、この船の航行システム、及び武装システムは、セバスチャンが完全に掌握いたしました。いつでも出航可能です」

彼の頼もしい声は、この異様な状況下で唯一の心の支えだった。


「さて、行くとするか、嘆きの星雲とやらに。あたしゃ、もうあんなデカい芋虫には二度と会いたくないねぇ」

サヨは肩をすくめながら言った。彼女の顔にはまだ少し恐怖の色が残っていたが、その瞳にはいつもの不敵な光も戻っていた。


ノアの方舟は、アカシャの水晶体を後にし、血のように赤い空へと飛び立った。アカシャがインプットしてくれた航路図に従い、嘆きの星雲を目指す。周囲には、時折、おぞましい姿の魔獣たちが影のように行き交うのが見える。ステルス機能のおかげか、今のところこちらに気づく様子はない。


「この魔界……アビス・コアには、どれほどの種類の魔獣がいるのかしらね」

「セバスチャンのデータベースによれば、観測されているだけでも数百万種、未確認のものを含めればその数十倍は存在すると推定されます。その多くは、極めて高い戦闘能力と、特殊な環境適応能力を持っています」

「……気が遠くなる話ね」

人類が地球で築き上げてきた生態系など、この魔界の多様性と凶暴性の前では、まるで箱庭のように思えてくる。


数日間、私たちは比較的安全な航行を続けていた。アカシャが設定したルートは、魔獣のテリトリーを巧みに避けているようだった。しかし、そんな平穏も長くは続かないのが、この魔界の常らしい。


「ヒメカ様、前方に高エネルギー反応! 魔獣の群れです! 数、およそ三百! こちらのステルスは、彼らの特殊な感知能力には通用しない模様!」

セバスチャンの警告と共に、船内アラームが鳴り響いた。モニターには、鋭い角と刃のような翼を持つ、狼に似た魔獣の群れが、猛スピードでこちらに向かってくるのが映し出された。その目は飢えた獣のようにギラギラと輝き、明らかに私たちを獲物として認識していた。


「ったく、次から次へと……! ヒメカ、どうする!?」

サヨが武器を構えながら叫ぶ。

「逃げ切れるとは思えないわね……。セバスチャン、応戦準備! サヨ、援護をお願い!」

「了解! こいつら、さっきの芋虫よりはマシだろう!」

ノアの方舟は、小型ながらも強力なエネルギー砲を装備していた。セバスチャンが巧みな操船で魔獣の攻撃を回避しながら、正確な射撃で次々と敵を撃墜していく。私もサヨも、コックピットから援護射撃を行う。


激しい戦闘が数十分続いただろうか。私たちはなんとか魔獣の第一波を退けたが、ノアの方舟もいくつかの損傷を負い、エネルギーも大幅に消耗していた。

「ヒメカ様、このままではジリ貧です。一度、近くの小惑星帯に隠れて船体を修復し、エネルギーを再チャージすべきかと」

「……そうね。それが賢明だわ」


セバスチャンの提案に従い、私たちは近くの小惑星帯へと船を向けた。そこは、歪な形をした岩が無数に漂う、比較的静かな宙域だった。適当な大きさの小惑星の影に船を隠し、セバスチャンが自己修復機能とエネルギー再チャージを開始する。


「ふぅ……生きた心地がしなかったねぇ」

サヨが、額の汗を拭いながら息をついた。

「ええ……。でも、これがこの魔界の日常なのかもしれないわね」

私は窓の外に広がる、荒涼とした小惑星帯を眺めながら呟いた。黄金の桃の謎を追う旅は、想像を絶するほど過酷なものになりそうだ。


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